〔2〕
いやん、だめえ、という複数の嬌声が聞こえ、嫌で駄目ならとっとと金的でも食らわせて帰れ!と言いたい気持ちをぐっと堪える。
了平はいつもと変わらぬ表情をしていて、相変わらずの朴念仁ぶりを発揮していたからだ。
了平は周囲の様子に気がつきもせず、颯爽と家路を急いでいた。
気付かれても困るが、気づかれなくても困る。
「ああ、あぁん!」
「〜〜〜〜っ」
矛盾にした気分と羞恥に、苛立ちが募った。
前言撤回。
どこが平和な国だ。
平和は平和だが、貧困しているわけでもないのに公共の場でことに及ぼうなどという気が知れない。
(っていうか、なんで気づかねーんだコラ!!)
心の中で罵倒した瞬間に、了平が振り返った。
「わっ……!」
「師匠?」
びくりと強張った俺の肩に、了平の手が触れる。
大きな手とその熱に、心臓が飛び跳ねた。
「……どうした?」
了平の顔が近づく。
暫くあわないうちにまた、精悍になった。自分も成長したと思ってたが、了平もそうなのだ。
「師匠?」
「……っ」
なんでびびらなきゃいけないんだ。
なんで俺が、弟子なんかにビビッて、あまつさえ男を意識しないといけないんだ。
違う。
環境が悪い。
この空気が悪い。
だって、そうじゃなきゃ、こんな変な意識のしかた、俺が弟子にするはずがない。
だって、そんなの。
あ り え な い !
「う……うるせーぞコラ!もういい!ケース返せ!」
「ししょ……ぎゃあ!」
鳩尾に膝蹴り、項に手刀を食らわせ、ケースを奪い返す。
無言でうずくまった了平を置き去りに、俺は一路、笹川家へと疾走した。
助けて京子。
(終)