〔1〕
前を歩く了平が、ごろごろとキャリーケースを引いていく。
それは了平のものではなく、俺の荷物だ。
自慢じゃないが腕力には自信があるし、イタリアと日本の往復も慣れたもので、旅疲れなんてものもない。
昔は「なんで弟子に荷物持ってもらわなきゃいけねーんだ」といって固辞していたが、それをランボに怒られて以来大人しく了平に荷物を渡すことにしていた。
持ってもらうのも可愛げのひとつ、らしい。
いや、別に了平に可愛いなんて思ってもらおうとは思ってないぞコラ。
師弟関係に、そんなもんはなくていいからな。
それに、以前あったときはまだ京子より全然背が低かったが、今は京子とおなじくらいには成長した。
おっきくなったな、と笑ってくれるもんかと思ったが、了平はなんにも言わず、ただ俺をじっと見るだけだった。
別にきにしてねーけどな。
「師匠、飯くってくか」
「京子が作って待っててくれんじゃねーのかコラ」
「あ? ……ああ、そうだな。やっぱり帰るか」
「どっちにしろ飯食う時間でもねーぞ」
時計を見てから、日本時間に合わせるのを忘れていたことに気づいたが、今はもう真っ暗だ。
「あー、そう、だな。じゃあ帰るか」
ばりばりと頭をかいて、了平はまた前を向く。
なんだか様子がおかしい。
それにしても、真夜中に武器も持たずに歩けるのだから日本という国に驚いてしまう。母国と違って、なんと健全な国か。
「あ、ぁん」
突如耳に入った声に、ぎくりとする。
周囲に気を配ると、そこかしこに人の気配がした。
どれも皆男女の二人組みで、死角にもならないような場所でもつれ合っている。
(……こ、れは)
まさかな、と思ったが、もっとはっきりと聞こえてきた嬌声に、冷や汗をかく。