1.
ドキドキドキドキドキ………
イライライライライラ………
あぁどうしよう。いやどうすれば……。
独りでひどく深刻な顔をしつつ、マダツボミの塔の前を行ったり来たりしていると、
「ママ、あのおにーちゃん、なにしてるの?」
「コラッ!人様を指さしてはいけません」
俺は、傍から見ると不審者と映っているのだろうか。
見る人は皆「あれは、ジムリーダーのハヤt……いや、見間違いか」とか何とか自分に言い聞かせながら俺の前を素通りして行くのだろうか。
いつもの呉服は脱ぎ捨て新品のスーツを身に着けている。
遠目に見ると一見誰だか分からないだろう。
「はぁぁぁぁ……」
俺はとうとうマダツボミの塔の入り口付近で立ち止まり石段に腰を下ろした。
「ついに…この日が来てしまった……」
−1週間前−
「ハヤト!」
「うわっ!?……って何だマツバか」
妙に慌てた様子のマツバは、ジムに乗り込んで来るや否や、ガシッと俺の両肩を掴み、これでもか!とばかりに体を揺すった。
「なっ、何すっ…」
「聞いたよハヤト!君、ついに告白したんだってな!!」
告白……
その単語を聞いた途端、一気に顔に熱が集まっていくのを感じた。
「まさか君が告白とか、草食系男子の極みである君が告白とか!?チヅルからの告白とかじゃないんだよな?」
「あーっ!告白告白うるさい!!……お、俺からで悪いか………」
最後の方、恥ずかしさの余り聞き取れるか否かの極小ボリュームになってしまった。
しかし、マツバの耳にはちゃんと届いていた様でバシッ!と背中を叩かれた。痛い。
「いやー、僕も安心した。君とは長い付き合いだ。なのに未だ女の一人や二人もできないなんて、せっかくの美形が泣くよ?」
「女は一人で十分だ!」
そう切り替えすと、俺はマツバの事など放って置いて愛鳥のピジョットに餌をやりに行こうとした。
「そういやハヤト」
「まだ何か用か?」
「君とチヅルって、どこまで行ってるんだ?」
「……………は?」
俺は、全く訳が分からないと言った風にマツバを振り返った。
「さすがにキスくらいは終わってるよな?」
「キっ、キっ……キス…………だと…!?」
なんと破廉恥な!!
そんなことを考えながら俺の顔はまたしても熱くなっていった。
「……まさか、キスもまだなのか?」
「キスなど……まだ手すら握った事無いのに……」
「……………ハヤト……君、草だろ?」
「!?何をっ!俺のポケモンは草タイプになど負けぬっ!!」
「いや誰もポケモンの話とかしてないから。っていうか」
マツバは、心底呆れたといった目でこちらを見下ろしてきた。マツバの方が若干身長が高いから機械的にこうなる。
「一度もデートしたこと無いだろ」
「で、デート……だと?」
そっ、そんな、俺はまだチヅルをデートに誘う心の準備など……
「ハヤト、よく聞くんだ」
マツバは先ほどまでとは一転して真剣な表情をしている。
「今の君とチヅルは恋人同士だ。でも、今の二人を繋いでいる物は何だ?ただ好きだと一回言っただけで一生二人の関係が続いて行くと思うか?お前が未だ携帯を持って無いせいでチヅルとメールも電話もできない。会う事すらしない。これじゃあチヅルが可愛そうだ」
要するにマツバは俺に携帯電話を買えと言いたいのか?
あんな物騒な物など俺には必要ない。手紙なら全てポッポが届けてくれる。
と、突然。ガシッとマツバが俺の両肩をつかんだ。
「このままだと、二人の関係は、自然消滅するぞ?」
「んぁっ!?」
自然……消滅……だと?
冗談じゃない。俺が一体どれだけ苦労して告白にまでこぎつけたと思ってるんだ!
「分かった……チヅルをデートに誘ってみる」
それを聞いてマツバはニコリと微笑んだ。
「よし!チヅルに告白できた男がデートの一つや二つこなせないハズがない。君は男だ、ハヤト!!」
それを言い終わると、くるりとこちらに背を向けジムの出口へ向かうマツバ。
ふぅ、やっと帰ってくれるのか。そう思い、俺も今度こそピジョットの餌やりへ行こうとした……が、
「あ、そうそう。一応、デートの目標レベルも決めておかないと」
「目標レベル?」
マツバは、半身こちらを振り返り、
「せめてキスぐらいは……な」
「なっ!?」
「何も押し倒せとは言ってないんだ。せめて熱い口づけだけでも交わして来い」などと戯けた事を言い残すとヤツは風の様に去って行った。
(2へ続く)