ソユーズは三人乗りだ。ロシアから飛ばされる以上、たった三人の中にNASAの宇宙飛行士が入るなんて、完全な運だと言ってもいい。
 NASAが一度首相の宇宙開発費削減のとばっちりを受けて中断していたSLS開発に再度着手すると、ニュースで聞いたとき、俺の心は踊っていた。気が狂ったように。それこそ吹雪の中をコート一つで走り、前線を退いたイヴァンに会いに行く程に。
 遠慮なく打ち付ける白玉のせいで、耳も手も痛みだけしか残らず、更に気が狂いそうになった。
 ちょうど宇宙局も予算削減の煽りを受けて、ボストチヌイ宇宙基地の建設に遅れが出ていた。
 ボストチヌイの強みは、南緯から確実にロケットを軌道に乗せられる、安定性。今こそ互いに融資協力を前提とした協定を組めば、もっと多くのNASA側の宇宙飛行士が宇宙局側と共に飛べるようになる、と誰よりも一番打算的なのは俺なんじゃないのか、ってイヴァン宅で出されたたった一杯のウォッカで酔っ払う俺を鼻で笑った。
 成立した協定により、ひと月前、ボストチヌイ発射初、そしてSLS初打ち上げのため、六名の宇宙飛行士がアサインされた。NASA側から三人。宇宙局側から三人。俺は誰よりもその三人に選ばれることを望み、ひたすら連絡を待った。
 発表されたその日も、今日のこの夜みたいに、身が千切れそうなほど風が強い、雪の日だった。
「毎晩こんなに降るのか、こっちは」
「ちょっと鬱になる」
「俺には新鮮だけどな。冬は星空の代わりなんだろ、これが」
 ベッドのすぐ脇にある大きな窓は繊細なレースを貼りけたように、雪。
 深夜零時も回ったこの時間には人の気配は見事に鎮静化され、手を繋いだカップルだって熱を奪われしまえばこの街を歩く理由もない。
 こっちじゃ同性愛が法律で禁止されて、同性同士が道端じゃ手なんて繋げやしない。もし、昨日の夜の声が誰かに聞こえて通報でもされてしまえば確実に罰金ものだし、ムッちゃんの立場なら国外追放だ。それを知らない訳でもないのに、ムッちゃんは結局、最後まで声を塞ぐことはしなかった。
 それは今日も同じだった。枕はベッドの下で、役目を失って暇を持て余している。ムッちゃんは、声を枯らしながら、何度も果て、ひびと、と魘されるように幾度も紡ぎ、最後まで彼の声が聴覚を独り占めしていた。
「ムッちゃん」
「ん?」
「ヤってて思ってたけど、今日、体、あっつい、ね」
 ムッちゃんの胸に手を這わす。尖った乳首の先にわざと指の腹を押し付けながら、余った手で脇を撫でると、ぴくんと足が跳ねた。やめろ、とムッちゃんが唸る。針金が通ったように張り詰めた足にそのままするすると手を滑らせると足の指先まで、手と同じ体温だった。
「やっぱり熱、あるだろ」
「ねーよ」
「そういうの、やせ我慢っていうんだ」
「してない」
 今日のムッちゃんの体は服を脱ぐ前から火照っていた。何となく不穏を感じて一回限りで打ち止めにし、それでも互いに服も着ずにベッドで寝転んでいる。汗や出したものを吸い込んで湿ったシーツは、あまり心地いいものじゃない。
 ムッちゃんはそれが苦手だったらしく、最後まで隣でいてくれることは、奇跡と呼べるぐらい少なかった。ここにはベッドがひとつしかないから、ムッちゃんは何処にも行けずに俺の隣で、睫毛を羽ばたかせながら本を読んでいる。
「なあ、舐めてい?」
「はあ?」
「ここ」
 舐めたらちょっとは暖まるだろ、とムッちゃんの親指を小さく舌で突くと露骨に顔を歪め、すぐさま足を引こうとする。
「舐めたらちょっとは温まるかも」
「ネジを何処に落としたんだ」
「いいじゃん。冷たいと寝られない、ってよく愚痴ってたのはムッちゃんだ。よく指は舐めてあげたし、足も同じだろ」
 許可も得ず、左手で足首を持ち上げ、そのまま親指を口に含む。ん、と喉を鳴らしたムッちゃんが、腰を引いた気配がしたが、それ以上の抵抗もなく、舌でくるりと一周舐め回す。
 口内に含んだ平たい爪先を甘噛みすると、フェラをした時と同じように、ムッちゃんが魚みたいに跳ねた。バサリと乾いた音で本がベッドから落ちる。音に吸い寄せられるように伏せた瞼を持ち上げると、瞳の膜を従えた、黒点と目が合った。やめろ。そう言いたげに微かに首を降るから、指から口を離して足裏を踵からつま先に向かって、ねっとりと舐め上げた。
 俺の使ってるボディーソープの味がする。昔はいつだってムッちゃんとのセックスは俺が好んで使ったボディーソープの味がした。
 高く鳴いた声に、熱が荒ぶって、いやだ、なんてか細く言われても止められるはずもない。
 口の中で唾液塗れでぐちゅぐちゅになった指は、テーブルランプに怪しく照らされている。
 萎えていたムッちゃんの性器が持ち上がる頃には、俺も同じ状態だった。ついでに足先で血管の浮き出たそこを弄ってやったら、指先がぴん、と固まった。
「ムッちゃん、若いね。あの頃と負けてない。熱、あるのに。する?指もすぐ暖かくなるし、一石二鳥だけど」
「どうせこうなると思ってたよ。一回でやめるなんて、日々人にしてはあり得ない」
 しょうがねぇな、と言って目を閉じるから、俺はそこにがめつく噛み付いた。いつもなら柔らかいはずのそこは、連日の気候とセックスとキスのせいでがさついている。昔は最中に唇を切ってもやめられずに夢中で貪っていたが、今の彼は続けてくれるだろうか。こんなどうしようもなく意味のない行為でも。
 どうしようもないことしか出来ない俺の傍に、笑って居てくれるだろうか。
 優しい毒ように甘ったるく気を狂わせたあの場所に、まだ必死に追いすがろうとする俺に向かって、今更だな、って悲しむのだろうか。
 慣らしもせずに勢いよくピンク色の穴に突っ込んだ。ローションを使ってもぎち、ぎち、と聞いてはいけない音がする。時間を置いたせいで、少し縮んでいたのかもしれない。痛いのだろう、ムッちゃんの瞳は焦点が伴わないまま、天井で迷子になっていた。
 磁石みたいにくっ付いた身体は、再び熱を持ち始め、ゴムの滑りも次第にスムーズになる。食い込んだ爪はきっちり整えられていて背中に傷をつけてはくれないから、俺がムッちゃんの鎖骨に噛み付いた。跡なんてもんじゃない、歯型だ。
「痛いなら、言えよ、ムッちゃん。我慢なんか、すんなよ、なあ、聞いてる」
「あ、おま、っ、イくにイけねぇ、だろ、うるさくてっ」
 だったらずっと、腰振ってたらいいよ、このまま。なんて言ったらムッちゃんは苦しげに呻きながら、さいていだ、と口をぱくぱくさせた。
 前立腺を狙い続ければ、締め付けられることが嬉しくて、ムッちゃんに求められている気がして、単純に喜べる。
 セックスは、単純だからこそ良かったんだ。
 声も、言葉も、何だって。あの頃の俺は、我慢なんていう、そんな退屈な思いをさせたくなかった。
 ただ、いつも笑っていて欲しかった。


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