〈レノックスの指示に従って人命救助を優先することが大事だ、エア。戦闘に参加する必要性は無い、それを忘れるな。分かったな?〉 『ラチェット…、オプティマスやアイアンハイドからも同じこと言われたんだけど…』
片膝をついて私を見下ろしてくるオートボットの軍医であり科学者であるラチェットを少しげんなりとした表情で見上げながら呟くと、彼は苦笑しつつも指先で頭を撫でてくれた。
〈それほど私も心配しているということだ。お前が任務に参加することは初めてではないが…、今回の任務は戦闘も含まれると聞いたからな〉
プリデンターと呼ばれるトランスフォーマーは人間に擬態が出来る。 だからこそ軍にとってはトランスフォーマーたちと同様…否、彼らよりも大変貴重な存在だった。 何しろ金属生命体で人間ではない、と気づかれることが無いから。 それに、相手が私たちと同様の金属生命体でなければ滅多に死ぬことはない。 だからこそ軍はもっと激しい任務を私に与えようとしているのだけど、レノックスさんやオプティマスが首を縦には振らずに横に振って断り続けていた。 私には「軍人」であって欲しいから。
『無理はしないって約束するから心配しないで、ラチェット。ね?それに、これ以上リペアする人が増えると大変でしょ?』 〈……お前は良い子だな、エア。オプティマスたちにも見習ってもらいたいものだ。まぁ、実験体が少なくなるという意味では多少困るがな〉
その言葉には思わず大きな声で笑ってしまい、それを見たラチェットも小さく笑った。
「エア、聞こえるか?そろそろ時間だ。準備が終わったのならすぐに来い」 『あ、はい!』
レノックスさんからの通信に答え、同じくその通信を聞いていたラチェットを改めて見上げる。 綺麗な青い光を放つカメラアイにニッコリと微笑んだ。
『それじゃ、行ってきます!』
それを最後に、私の記憶は一度途切れた。
〈エア。…エア〉
ジジッ!と自分のカメラアイにノイズが走ると同時に視界がクリアになっていく。 見上げる先に広がるラチェットの顔を呆然と見つめると、彼はゆっくりと頷いて私の頭をまた指先で撫でた。
『……ラチェット…?』 〈エア…、気がついたか〉 『うん…、あ、れ…?私、確か任務に…?』 〈あぁ。あの任務から四時間程過ぎている〉 『……はぇっ!?よ、四時間!?』
任務終了予定日は潜伏期間まで合わせて一週間程だ、とレノックスさんが言っていたのを思い出した私が横たわっていたベッドからガバッ!と体を起こすとバチバチと激しい電流が身体中に流れた。 あまりの激痛に呻きながら慌てて自分自身を抱きしめようと腕を伸ばそうとしたのだけれど、違和感を感じた。 違和感を感じた左側にはあるはずの腕が無く、代わりに腕の繋ぎ目からはバチバチと火花が散っている。
〈今はまだその状態だが治らない訳ではない。…危うくスパークまで失う所だったからな〉 『……へ、へぇ、そうなんだ…』 〈……意外と冷静だな〉 『冷静というか…、も、もしかして私またヘマしちゃった!?』 〈ヘマをする所か同じ任務に参加していた人間の兵士を守ったことで攻撃を受けて負傷したのだ。地雷に巻き込まれて、な〉
ラチェットがボディからウネウネと触手を伸ばして左腕の治療を始めた。 私はただジッとベッドに腰かけたまま大人しくしていることにする。 そこで気づいたのは、ラチェットの様子がどこか変だということ。 何となく…、怒っているような気がする。
〈……〉 『……あ、の、ラチェット?』 〈……何だ〉 『お、怒ってる…?』
沈黙の後、ラチェットはいきなり治療を中断してロボットモードから最近導入されたヒューマノイドへとトランスフォームした…かと思うと私をギュッと抱きしめてきた。 あまりの出来事にただカメラアイをカシャンカシャンと瞬かせる。
〈……エア〉 『ラ、ラチェット…』 〈無理はしないと約束したはずだ…っ!〉
ここに運び込まれて来たとき、私はそれほど酷かったのだろう。 だって、あのラチェットがこんなにも感情を乱しているのだから。 右腕を伸ばしてラチェットを抱きしめ返すと、彼は私を更に抱きしめた。
『心配かけてごめんなさい。…ありがとう、ラチェット』 〈……エア〉
眼鏡の奥にある青い光がジッと私を見つめる。 そしてスッと頬に手を添えてくるラチェットにスパークが激しく高なった。
〈エア、私は…〉 『ちょ、ちょっと待〈エアーーー!!〉わぁっ!?』
彼の顔が近づいて来たと思った瞬間、ドンッ!と激しく誰かに抱きつかれた私はバランスを崩して倒れてしまった。
〈エアエアエアーー!酷い怪我したって聞いて、おいら飛ばして来たんだよ!もうおいらどうにかなりそうだったんだからね!〉 『バ、バンブルビー…!?ちょ、重い…ってコラ!ど、どこ触ってるの!』
胸にグイグイと顔を押しつけながらぴぃぴぃ泣き喚くオートボットの末っ子バンブルビーを押し退けようとヒューマンモード姿の彼の金髪の頭に手を置く。 それでもバンブルビーは離れようとはせず、更に顔を押しつけてきた。
『ちょっと、ビー!や、止め〈邪魔をするなこのマルハナバチ〉きゃあああバンブルビー!』
ラチェットがいきなり低く囁いたかと思うとどこからか取り出したペンチでバンブルビーの頭をガツンッ!と殴った。 あまりの衝撃に耐えきれなかったバンブルビーがぐったりと私の上で意識を失う。 唖然と見ていた私をラチェットが抱き起こし、そのまま唇に触れるだけのキスをしてきた。 小さなリップ音で意識を取り戻した私が驚愕の視線でラチェットを見つめる。
〈おかえり、エア〉
優しい微笑みを浮かべながらそう言った彼にもはや何も言えなかった私は、ただ頷くことしか出来なかった。
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