私の能力は「モノに命を与える」こと。 物質や液体、それこそ目に見えない空気にまで命を吹き込み使役出来る。 それがどうして人類だけでなく世界を救うことになるのか…、ナターシャの説明を何度聞いても分からない。 ヘリキャリア内部にある自分の部屋から見える空を眺めながら、ミネラルウォーターが入ったペットボトルのキャップを開ける。 自然にペットボトルから出て来た水は空中で球体を作り出したかと思うと、ゆっくりと私の周りを回っていく。 人差し指で突つくと慌てて逃げる水に思わずクスクスと笑ってしまった、その瞬間。
「エア」 『きゃあっ!?』
いきなり名前を呼ばれて驚いた私に反応した水が空中でバシャン!と弾け飛んだ。 顔面からポタポタと落ちてくる水に唖然としていると、私の名前を呼んだ彼が慌ててハンカチを差し出してくる。
「す、すまない。いきなり声をかけてしまって…」 『あ、い、いえ!わ、私の方こそごめんなさい、バナー博士』
気まずい沈黙が流れる。 正直、初めて会ったときからバナー博士とはあまり話せていなかった。 彼の中にいるもう1人のバナー博士のこともあるし、それにーー私の男性恐怖症もあるから。
「……あー、もし良かったら…コーヒーを飲まないかい?」
彼が差し出して来た赤いマグカップに入っているブラックコーヒーからは湯気が漂っている。 あぁ、と何かを思い出したかのようにバナー博士は呟きながらズボンのポケットに手を突っ込み、そこから少しクシャクシャになったスティックシュガーを何本かとミルクをいくつか取り出した。 思わず笑ってしまった私に安心したかのように、バナー博士も苦笑した。
「そうか…、君にも自分の力をコントロールする事が出来ないときが…」 『そうなんです。勝手に力が動いちゃってるというか…、中々上手くコントロール出来なくて。あ、暴走してるとかそんなんじゃなくて、ただ…私の力は戦うことには向いてないと思うんです』
ベッドに私、椅子にバナー博士が座ってブラックコーヒーと甘いコーヒーを飲みながら言葉を交わす。 最初はビクビクしていたけれど、次第に慣れてきたらしい今は彼とこうして向かい合いながら笑顔を浮かべていた。 内気で引っ込み思案な私には友達なんて呼べる人はナターシャしかいない。 だから、友達が出来たかのように嬉しかった。
『……誰かを助けたことなんてない私なんてヒーローなんかじゃないのに、どうして…』
貴女の力が必要なの、エア。 そう言われたときには私でも役に立てることが出来るんだ、って、正直嬉しかった。 でも、私よりももっと凄いヒーローがここにはいる。
「エア」
そっと、静かに手を握られた。 潤む視界の中にいるバナー博士はすごく優しい表情をしていて、それにまた泣きそうになってしまう。
「僕も同じだ。僕は、僕の中にいるもう1人の僕をコントロールすることが出来ない。それによってたくさんの人を傷つけてきた。でも、君は違う。エアの力は素晴らしいものだ」 『……素晴らしい…?』 「あぁ。物質や液体に命を与えることでたくさんの人を救い、そして何よりも癒している。君はその力によく気づいていないだけだ。それに…誰か1人が君をヒーローだと思ったのなら、それでヒーローだ」
溢れる涙を止めることは出来なかった。 今までの思いが溢れ、それは涙と形を変えていく。 バナー博士が椅子から立ち上がって私の隣に腰かけて抱きしめてくれた。 男性恐怖症の私にとってはすごく怖かったけれど、でも嬉しくて。 私はバナー博士の胸に顔を埋めて泣いた。
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