「あたしに触るな!」
 感情に任せて叫ぶと、お前はいつも困ったように微笑むんだ。おろおろと視線を泳がせながら、それでもあたしを受け入れる、優しい男でいようとするその姿勢が気に入らない。
 懲りずにあたしに手を伸ばしてくるあいつの手を振り払って、上靴を投げ付けてやった。
「ふん! ざまあ見な!」
 おまけに腹に蹴りを入れて、あたしは階段を駆け降りた。
「は、はは……!」
 思わず声が漏れる。他の生徒があたしを気味悪そうに見るけれどそんなの気にもならない。
「あはは! あははは!」
 今頃あいつはどんな顔してるだろう。
 あなたが好きです、なんて真っ直ぐなダサい言葉を平気で吐くあいつは、どんな顔をしてるだろう。しつこい割りにあいつは打たれ弱いから、きっとめそめそ泣いてやがるんだわ。
 階段を一気に駆け降りて、辿り着いたのは校内の中庭だった。季節が季節なだけに、花の種類も豊富だった。赤やら黄やら、目がちかちかして仕方ない。
「きったない色してんの」
 鼻で笑って、蹴飛ばしてやった。紙吹雪みたいに、鮮やかな色の花弁たちがみっともなく散っていく。その花弁たちの中に、さっき蹴りを喰らわせてやったあいつの顔を見た。
 ふいに足を止める。上靴を無くした片方の足に、土や花弁が張り付いて汚い。
「胸糞悪い」
 あたしはひとりだった。今までずっと。嘲笑癖のある女なんて面倒臭くてかなわないだろう。だからみんなあたしを嫌って離れていく。あたしも構わなかったんだ、それで。もともとひとりの方が好きだし、他人と馴れ合うなんて真っ平御免だ。
 花壇に腰を下ろして、校舎を見上げた。黒くくすんで罅(ひび)だらけの古い校舎はまるで収容所だ。あたしはここが大嫌い。
 チャイムが鳴ったけどかまやしない。あたしが居ないことで誰が困るわけでもない。むしろ邪魔者が居なくなって嬉しいことこの上ないでしょうよ。
 ただ。
 上靴を無くした右足だけが寂しかった。
 足がすうすうして寒い。泥だらけの靴下の上から、足を擦る。校舎の壁を跳ね返って遠くへ消えていく、チャイムの音が寂しかった。
「おーい」
「う!?」
 声が出たのは無意識。嫌というほど聞いてきたあの声がどんどん近付いてくる。
「あ、見つけた」
 そう言って笑顔で擦りよって来たのは、ああ、こいつ、ホントに懲りないな。
「何しに来たのよ」
 馬鹿らしい。
「あんた、そもそも授業どうしたのよ」
「あれ、僕のこと心配してくれるの?」
「はあ?」
 何を食べたらそんな前向きに生きていけるのか。流石に笑い飛ばせず、本気で頭の方を心配してしまった。
「あんたね、一回その……」
「上靴」
 生意気にもあたしの言葉を遮る。顔の真ん前に靴を押し付けられ、不愉快この上ない。
「忘れていったでしょう」
「忘れてないわよ! わざと置いてったのよ!」
 正しくは「投げ付けてやった」だけどね。
 腹が立って睨んでいると、あいつはしゃがみこんで、あたしの足に触れた。触れられた場所から、何か気持ち悪いものが這い上がってくるようだ。
「あーあ。靴下汚くなっちゃって」
 あたしの気持ちも知らず、ぺたぺたと触ってくる。蹴っ飛ばしてやろうと思ったのに、意外に強い力で掴まれていて出来なかった。
 されるがままはあたしの性分じゃない。思い付く限りの罵声を浴びせて引き剥がしてやろうとしたのに、こいつは全く動じない。
「離せこの変態!」
「……ちょっと待ってね」
 一秒だって待てるかと叫んだと同時だった。右足に、懐かしい温かさが帰ってきた。目を丸くしながら足の先を動かしていると、目を細めて笑い掛けてきた。
「もう忘れて行っちゃ駄目だよ」
「だから、」
 わざとだってば。
 上手く声に出して言えなかった。そのことがとても悔しくて、恥ずかしかった。
「靴も届けに来たし、一緒に帰ろうよ」
 手を差し伸べてくるけど、絶対に取ってなんかやるものか。まるであたしの我が儘が迷惑をかけてるみたいじゃないか。
 やっぱり気に入らなくてその手を払い落として鼻で笑ってやる。あいつは相変わらずへらへらと笑っていた。
 ……少しだけ、右足が気になった。










ガラスの靴
(あんな靴、叩き割ってやれば良かった)




Chatelet様に提出


20110221


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