※グロ注意





 それが深く食い込むような、そんな手応えを確かに感じた。ひとを刺すときの感覚は動物の肉をきる感覚とは異なるのだと、昔の友人が言っていたのを思い出す。
 頬をくっつけて向き合っているぼくらは端から見ると抱き合っているように見えるかもしれない。けれどそれは大きな間違いというもので。
「あっ……」
 密着した彼は潰れた声であえいだ。やっぱり痛むのだろうか、腹部。彼の真っ白なシャツに広がる紅。まるで花が咲いたような……なんてありきたりな例え方はしたくなかったけれど生憎これしか思い浮かばなかったもので、ぼくが刺した包丁の柄から花びらが一滴冷たい床に垂れた。
 がくん。
 彼が膝をついた。ぼくは包丁を抜いてやることもなく、彼と一緒に崩れおちた。耳元に荒れた呼吸と熱い吐息。どうしてか照れるものだからぼくはなるべく彼の視界にうつらないよう努めた。
 彼の震える指先がぼくのかたく握った手に触れた。探るように撫でたあと、手首をぎゅっと掴む。そうされた途端、ぼくの包丁を握る力がすぅっと抜けていった。
「……ん、で」
 なに。ぼくはできるだけ優しく問掛けた。
「なんで……」
 包丁から手を離す。それはまだ彼の腹部に刺さったまま。彼は背中を丸め柄を撫でる。撫でるばかりで抜こうとしない。いやな声でうめきながら彼はぼくを見た。呪いや憎悪よりも、疑問の多い表情だった。
「すき……だった、のに」
 たえだえの声が紡ぐ彼の一世一代の告白。性別の壁はベルリンの壁よりも越えがたいものだった。お互いにずっと秘め合って、本心を隠しあってきた。彼の指がぼくの頬をなぞる。
「ほんと、に、す、きで……」
 シャッターのように彼のまぶたがゆっくりとおりた。目尻から伝う一筋の涙。ぼくは雫に口付けたあと、動かなくなった彼の躯を抱き寄せた。背を撫でる。頭を胸に抱いた。
 すきだなんて今更。そんなこと、ぼくはとうの昔から知っていたよ。彼もそうだったはずだ。
 世間の目はぼくらのような人間にとってあまりにも冷たすぎる。得られない理解、同情。だからこうするしかなかった。彼がきえて、ぼくがきえて、向こうの世界で結ばれるしか、それしかなかった。
 彼の短い髪をすく。彼はぼくにこうやってしてもらうのが好きだった。ぼくの優しさを感じられるのだと言って、ぼくの胸に頭を寄せて、猫のようにすり寄ってくる。ぼくもまた、そんな可愛い仕草を見せる彼が好きだった。けれどもう見ることはできない。仕方のないことだった。仕方、ない。そんな単純な言葉で終わらせられるほどの想いでしかなかったなんて思いたくないけれどでも、仕方のないことだった。
 今からぼくも死のう。彼を向こうに独りにしておくことはできない。包丁を抜いて、それで自身の喉を貫こう。でもその前に、もう少し彼を抱いていたい。



この胸に眠れ
(夢の世界であおうね)



20091210



お題をおかりしました:カカリア




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