「ごきげんよう姫さま。相も変わらず眠そうですね」
「"姫"ってなんですか"姫"って。……こんにちは、先輩」
 ぼくたちが殆ど日課のように交わす会話だ。現在進行系で保健室のソファに横柄に寝転がっているのはいっこ下の後輩の"姫"。勿論、これは本名ではない。ぼくが彼女に勝手につけたあだ名だ。毎日眠そうで、行けばいつもソファでうたた寝している。眠り姫からもじって"姫"。こういうことだ。
「いつもいつもよくそんな寝てられるな。テストとか後で困らない? それともあれ、センセの話なんて聞かなくても余裕、みたいなカンジ?」
「あ、ちょっと先輩」
 言いながら姫が占領するソファの僅かな隙間に座ろうとした時、いきなり呼び止められた。
「私の半径五メートル以内に入ったらぶっとばしますよ」
「え? なんで」
 言ってから理解した。なるほど。テーソーカンネンとかいうやつか。
「……だったらぼくもうすでにぶっとばされるくない?」
「? そうなんですか? なら今からぶっとばしに」
「いやいや、落ち着け。落ち着くんだ。ぼくは決してきみに乱暴しようとか考えてないしだいたい今のはきみが目測を誤っただけでしょうが……」
「むぅ……。それもそうですね」
 納得したのか、ぼくをぶっとばす為に起こしていた上半身を再びソファに寝かせる。いやぁ、危なかった。ぼくはソファに座ることを諦め、その場で立つことにした。
「テストは毎回赤点ですよ」
「え? ……あぁ」
 一瞬分からなかった。姫はさっきのぼくの質問に答えているんだ。毎回赤点。そりゃまぁ、そうだろ。もし「先輩の言う通りに先生の話なんて聞くまでもないですよ」なんて言ったら殆ど条件反射であーんなことやこーんなことをしてしまっていたかもしれない。
「先輩こそ、ここ最近は毎日のようにやって来ますけど、サボりですか?」
「うーん……。ぼくはどっちかっていうと授業を大事にするほうなんだけどなぁ。でも来ちゃうんだよ。姫に会いに」
「うわぁ先輩プレイボーイですねー」
 ぼくはにやりと笑った。姫、からかうか照れるかどっちかにしろ。暫くソファの上でむぅむぅ唸っていた姫が突然「おいお前」と言ってきた。先輩に対してなんて口のききかただ!
「毛布、取ってください。ベッドのところから」
「お前先輩ぱしるなよ」
「先輩、さっきからセンパイセンパイ言ってますけど一年や二年早く産まれてきただけで何威張っちゃってるんですか」
「なにを! 一年二年の差はでかいぞ! それに日本は昔から年功序列だ」
 文句言いながらも持ってきてあげるぼくはなんて優しい先輩なのだろうか。さっきぶっとばす宣言されたばかりなので遠くから投げて寄越そうとしたら「投げるなここまできて持ってこい」と言われた。一体どうしろっていうんだ。
 仕方なしにぼくは姫に毛布をかけてやった。
「うむ。ご苦労」
「何様だお前」
 おでこをぴんっと指先で弾いてやったら不愉快そうな顔をした。
「……眠いんならさ、ベッド行けよ」
「ヤです。私はここがいいんです」
「あっそ」
 姫はふわふわの毛布に潜るようにして縮まった。そして暫くしないうちにすぅすぅと眠ってしまったのだ。全く、若さの足りない奴だなぁ。
 呆れながらもぼくは毎日やってくる。姫が夢の世界に旅立つまでこうやって側でみててやるのだ。




保健室の眠り姫
夢の世界へお帰り。




20091215





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