「海が見たい」
 姉さんがそう言うから少し遠出をした。冬に海に行くなんて、僕もなかなか酔狂な人間だと思う。
 それにしてもどうして姉さんは海が見たいなんて言い出したんだろう。確かに病院に籠りっぱなしで退屈なのは分かる。けれど冬に海を見たって寒くなるだけじゃないか。
 冷たい潮風に当たりながら波打ち際に近付く。手には小さい瓶を持って。
 きっと冷たいんだろうなあ、と白く泡立つ波を眺めながら考える。覚悟を決めて「えいっ」と砂ごと海を掬った。指先が触れた。とても冷たい。
 掬い上げた海を太陽の光に高らかに翳(かざ)した。きらきらと輝く小さな海は、ふと夏を思い出させた。今年の夏までは姉さんの体調は大分良かったから、海に誘ったんだっけ。手を差し出すと、嬉しそうな顔をして手を握ってくれたんだ。

「来年も一緒に来たいね」

 目を細めて言う姉さんの穏やかな横顔は、今でも鮮明に思い出せる。
 来年。
 来年ははたして姉さんは居てくれるのだろうか。
 そう考えると海を見たいといった姉さんの言葉が随分重たく感じられた。
「姉……さん……」
 ほろりと涙が伝った。風が凪ぐと涙の伝ったところがスースーして、そこだけ寒い。
 とてつもない哀しみが津波のごとく押し寄せてきた。そして衝動的に瓶を叩き付けてやりたくなる。そんな最期のお願いじみたもの、聞けるわけないだろうと。けれど姉さんに見せてあげたい。瓶サイズでちっぽけだけどこれだって立派な海だ。僕が姉さんのために作った、瓶詰めの海。
「姉さん……」
 これは次の夏まで待ちきれない姉さんのためのプレゼント。次もきっとまた一緒に海を歩くんだ。また手を繋いで、来年も、再来年も。
 僕の海が煌めいた。





(瓶詰めにされた)
お題はカカリアさまより





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