▼バンドしてる成神/世界に行く辺見



辺見さんはまだサッカーをしている。


バンドの練習、休憩がてらコンビニ。帰り道のりの途中で河川敷が見えた。辺見さんと、不動野郎と風丸さんと、あと、大きくなったKFCのまこちゃん達。半田(不動もだがこいつにさん付けはするまい)は完全に観客として、がサッカーをしていた。
「辺見!」
「任せろ!」
辺見さんの長い三編み(後ろは伸びたのに生え際だけ変わらない)が揺れる、すごくきれいに、ボールを抜き去る。
こんなにあの人は上手だったっけ。世界に行けなかった、あの先輩は。
「行かせない!」
「ッ……つってな!風丸!」
またまたきれいなバックパスで風丸さんにパス。油断した相手を(まさに疾風そのままに)抜いていく風丸さんもきらきらしていた。シュートコースががら空きだ。

俺もあんな風にきらきらしていたのだろうか。

「スネーク、ショット!!」
ゴール。不動と辺見さんが駆け寄る。そういえば不動と風丸さんプロじゃなかったか?
「ナイス、風丸!」「いやぁ、久しぶりに必殺技使ったなぁ」「…やっぱりお前FWじゃねぇの」「えへ!」「お前下手にそういうのしないほうがモテるぞ」「えっおいそれどういう意味」

(…子供みたいに、バッカみてぇ)

「「あ」」
うわ、気付かれた。バカにしたのがバレるわけないのにバレたみたいで、居心地わるい、つか何俺も立ち止まってんだ。風丸さんを筆頭にこちらに走りよってくる。不動はくんなし。
「成神じゃないか、久しぶりだな」
「よおツンツン野郎」
「どもっす、風丸さん」
「おい俺には」
「うるっせ元モヒカン」
似たような目線の高さに目眩を感じた。なんてことだ、俺は成長してしまっていたのだ。辺見さん相手だと少しも縮まってはいないのに。無性に腹がたった。
「久しぶりついでに、一緒にサッカーやろうぜ」
「あ、無理ッス」
俺にはサッカーバカに付き合ってる暇なんかないんで。
「残念だな。サッカーやめたのか?」
「成神いっつも断んだよなー。サッカー好きだろ?」
「…サッカーより辺見さんの方好きッスね」
「ノロケかよ!リア充と不動爆発しろ!」
「風丸さんがこあいよ目がマジだよ!辺見一緒に爆死しよう!」
「だが断る!」
バカみたいじゃない、バカだ。付き合ってられない。俺は会話を振り切って早足で歩き出した。辺見さんの声が聞こえた。
「コンビニ行くなら、リップ買っといてくれ」
バカ。




…どうもバカは、俺だったみたいで。
「どういうこと」
「だからイギリス行くっつってんだろ」
さも当然、という顔でキャリーを引く辺見さんにイライラ。どういうこと、どういうこと。だって、あんた、いつもどおりじゃないか。
「昨日風丸来てたのはそういうことなんだよ。不動は単なる暇潰しらしいけどな」
別に不動とかどうでもいいし。視界には早朝3時の空気と、履き慣らされた辺見さんのお気に入りの靴。眩しい。昨日感じたものよりずっと酷い目眩。
「…明日、ちっちゃいけど、初めてのライブするって、言いましたよね」
「うん。だから今日行くんだよ」
心臓の斜め右上辺りがぺちゃんこになりそうだ。嘘だもの、なんだかんだで俺にすごく甘いんだから、すごく、優しいんだから、嘘なんだ。
「サッカーするんだ。俺の大好きなイギリスで」
そういえばあんたイギリスの試合毎回録画して何回も観てましたね。あんたの本棚の英語の辞書とか、新しい靴紐は、こういうことで。
昨日のリップもそうだったんですかね。
「だからさ、イギリスにいるだろうこのスゴい俺に届くくらい、スゴくなれよ」
成神の音楽好きなんだ。
紫色のiPodが先輩のズボンのポケットから見えた。俺みたいな色だから買ったって言ってた。あの時は死ぬほど嬉しかったけど、今は死ぬほど悲しくて寂しい象徴でしかなくて。あんたのいない布団に入るとか、うわやだ信じられない、死にそう。
「…なぁ成神。俺のものな、ある程度ここに置いているから。もし見たくなくなったら、面倒だけどイギリスに送って」
はい、って渡された英語とカタカナの住所は、やっぱり辺見さんのちょっと硬い字で書かれてる。思わず見上げた辺見さんの顔は、きらきらしててちょっとだけ目元が赤かった。
「…そんな、酷いよ先輩、置いてかないで」
「お、先輩呼びは久しぶりだな」
「先輩、やだ、いじわる、デコ、うわぁぁぁあん」
先輩のバッグのキーホルダーを、離すものかと握りしめる。涙も嗚咽も鼻水も抑えられない。ぎゅううと握りしめる手の力に比例して俺の胸も締め付けられた。
「泣くなよ…お前すぐ泣くんだから、つかデコはやめろ」
俺の我が儘だって分かってるのに手を振りほどけない辺見先輩が、今この瞬間も大好きで仕方なくて泣いてんだよ。いつもあんたといることが、俺のすぐ泣く原因なんだもの。うわぁんうわぁんという喚きが頭にぐわんぐわんする。
「俺だけが苦しいとか、ひど、やだよ、」
「そんなこと言うなよ」
泣いちゃうだろ。そうだ、泣くだけなのだ。源田先輩の車が見えた、あぁ、もう先輩は行かなくちゃいけない。ここから空港は少し遠すぎる。
でも、明日からの俺と先輩の距離は、それより遥かに遠いのだ。
「成神、俺がイギリス行ったの寺門たちには内緒だぞ。驚かしてやりたいんだ」
「ちょうしのって負けたら、ぶっころしますよ」
俺を置いてくんだからそれくらいわかってますよねほんともうあんたがかなり頑固で頑張ってたの知ってるんだそれこそばかみたいに必死に頑張ってた姿を見てしまってるんだ、先輩、
「…いってらっしゃい」
「ありがと、行ってくる」


朝焼けで燃える町にブロロと走行音がして、空にはまだ星が瞬いてて、笑えちゃうほど綺麗な光景だった。ひとしきり笑っあと俺は1人毛布にくるまるとソファに沈んだ。ソファのテーブルには昨日買ってきてそのままのリップクリームがあった。


「いじわる、」




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音楽聴くのってiPodでいいのかしら
bgmはラブレターでお送りしました


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