***本文より一部抜粋****




 小十郎……――小十郎
 おそろしく耳の良い狼がどれだけ名を呼んでも返事をしないのはこのときだけだ。
 乱れた着物から露になった首筋から背にかけて、たてがみが現れている。汗に濡れたそれに指を絡めながら政宗はもう一度名前を呼んだ。
 絶対にいけないとかたくなに拒む小十郎に、なにがいけない。おまえがいい、おまえでなくては嫌だと、道理もわからぬまま迫ったあの夜から二年ばかり。
 政宗を押し退け、仕舞いには噛みつかんばかりの形相であったのをなだめすかし、どうにかしてぎこちない口吸いだけをした。
 それから少しずつ――
 一時はふたりきりになったとたん、警戒心露わに唸り声を上がる狼に近づくことさえ難しかったが、なだめすかし、おまえにしか打ち明けられないことがあると度々側へ引き寄せ、懐柔した。
 無愛想すぎてわかり難いが、小十郎は主人然と強気ででるよりも、素直に甘えられる方が弱いらしく、バカらしいと思いつつも政宗は度々、梵天丸の時のように無邪気さを装う。そうすると懐にすり寄ってきてくれる狼の尻尾を掴んで離さないのだった。
 根気のいい躾が功を奏してか、時折口を吸ったり、夜に政宗が眠るまでのしばらくの間、褥の中で肌を触れ合わせ、互いの欲を放つことすら、許すまでになっていた。
 だがそこまでだ。そこから先に進めない。
「ったく、強情だよな」
 指を絡めていたたてがみをひっぱると強引にこちらを向かせ、そのまま小十郎にくちづける。
 幾度か口を吸うことを繰り返すうち、露になっていた耳やたてがみが消えてゆく。いったいどんな道理で出し入れするのだと聞くたび、猫が爪を仕舞うのと同じではないですかと、至極当然な顔をされてしまうのでいまだによくわからない。どうみても違う気がする。出現するタイミングだけは、怒った猫が爪を出すのによく似ているが。
「まだ駄目か?」
 ねだった声は意図したよりもさらに甘ったるくなった。
 再び兆し始めたものを腿へ擦りつけ、まだ一度も許されたことのない奥へわざと濡れた音をたてながら先端を押し当てる。小十郎の喉の奥が鳴り、眉がきつく寄せられた。
 うつつ世の生き物ではないような、超然とした空気を持つ人狼もヒトと同じ生き物で、同じだけの欲を持っていることを政宗はすでに暴いている。
「……では女の代わりをせよと命ぜられるがよろしい。小十郎ごときが、主の命に背くことなどできませぬ」
「チッ、それ以上の嫌味は言い様がねぇって程の嫌味だな」
 そう開き直ってしまえば、かえって政宗が手出し出来ないと承知の上なのだから、なかなかに狼も狡賢い。
 親父には抱かれてオレは嫌だとはどんな了見だと責める、人道的に最低の策もとうに打ってしまった。
 結果は不発である。大殿は主として当然のことしか御命じになられず、このような悪趣味はお持ちではなかったと冷ややかに返され、己の品位を下げただけだった。
 ただ、長年の悋気はどうやら無意味であったと気がついたのは収穫だ。
 ならばと切り口を替える。
 では操立てする相手もいないではないか。それともヒトでも狼でも、他に想いを通わせている者があるのか。ならば潔く諦めよう。
 必死すぎる。これはひどい。一国の主の行いではない。 
 さあどうなんだと詰め寄る政宗を、小十郎は暫し呆けたように眺めたあと、ぽつりと呟いた。
「想いを通わせた相手と言われましても……小十郎の心に在るのは政宗さまだけでありますが」
 その科白には嘘も建前も感じられなかった。
 思いがけない告白に歓喜したのも束の間、小十郎はやはり頑なに、最後の一線だけは許そうとしない。 
 愛撫しあい、政宗が逐情するまで奉仕さえするのに、身体を結ぶことだけは認めないのである。露骨に言えば挿入を伴う行為だけを拒まれる。意味が解らない。
 本当に女も知らなかったあの夜とはもう違う。
 初恋の相手に捧げようとした純情はつれないことに、受け取ってはもらえなかったのだ。そうなれば致し方ないと、少なくはない数の情事をこなしてきた。女も、時には男もあえて手馴れた者ばかり相手にしてきたのは、すべてこの強情な狼を籠絡し、きたるべき時に備えてのためなのだから、我ながら泣けてくる。泣けてくるが性急にことを進めるつもりもなかった。
 憶測であるが、輝宗の手が付いていなかったのならば、小十郎は男と寝たことなど無いのではなかろうか。教えられたことはどんな些細なことも忘れない狼である。だが政宗に対しての閨での対応は、正直まるでなっていない。良くも悪くもされるが儘である。人狼という特殊さゆえか、女がいた気配を感じ取ったこともない。
 他者との関わりに、ひどく淡白な狼はひょっとして誰とも契りを交わしたことがないのではなかろうか。確認しないままでいるのは、もしそうだと答えられてしまったら、政宗は己の行動に自信が持てないからだ。才ある家臣を囲って閉じ込めて、誰にも見せない。そんな暗君にならぬと言い切れないあたり、恋と呼ばれる病はかなり進行している。
「……小十郎」
 返事はない。もう慣れてしまった。ゆっくり、ゆっくりと我がものにしていけばいいと思えるようにもなった。儀礼的な作法など、端から教えるつもりもない。
 時間はある。小十郎は政宗しか見ていない。これは自惚れではなく確信であった。まどろっこしいが、焦ることはないのだ。
 抽送するようにして尾の付け根や内腿に熱を擦れば、徐々に息が荒くなるのは政宗だけではないことはせめてもの救いか。一度放った後だ。この程度の刺激では中々達することが出来ない。もどかしさを察した小十郎が主の吐精を手助けしようとして、遠慮がちに下肢へ伸ばしてきた手を捕まえた。
「こうするんだって……教えて、あるだろ。覚えろ」
「ンっ……ぁ」
 互いの雄のしるしを握りこんで扱かせる。萎えていた小十郎もいつの間にか硬度を取り戻していた。噛み締めたくちびるから尖った牙がのぞく。膝裏を抱えあげて腰を送り、ひたすら絶頂を目指せば男など単純なもので、思考が掠れると共に虚しさも薄れてくる。
「……――」
 小十郎のくちびるが、政宗の名を呼ぶ形に動くが、音になることはない。戦慄く腕が甘えて縋ることもない。
「手のかかる奴だな……」
 最も難儀なのはどれほど趣向を凝らし、房術に長けた美貌の相手と快楽の限りを尽くしても、この狼との稚拙な交わり以上に満たされることは無い事実である。
 一体いつからこんなにも惚れてしまっていたのだろう。





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