くらくらと意識が闇の中に堕ちていって、この世界には自分しかいないような気がした。隣にいた凛は飽きてどこかへ行ってしまったのだろう。隣の席はもぬけの殻だ。図書館にある本で気になっていたものは、この2年と半分で読みきってしまった。部活はもう引退している。ああ、推薦に期待している凛はテニスをしているのだろうか。俺はまた意識を暗闇に戻す。学校が閉まるまで、あと1時間半もある。少し眠ろう。本の匂いと静かなこの部屋は眠るのにぴったりだと俺は思う。



本当に闇の中にひとりだった。帰りの時刻を知らせるチャイムはとうに鳴ってしまったようだ。「うちなータイムに飲まれたかー」先生が見回りに来てくれなかったのが少し悲しい。この図書館、下手したら学校には俺しかいない。幸い、暗いところで目が利く。これなら出られそうだ。こんなとき、他の部員なら携帯電話で連絡するのだろうが、持っていないものはしょうがない。このような時に無いと困ると言って頼み込もう。とりあえず1階まで行き、公衆電話を探そう。図書館は内側にも鍵があり、難なく開けられた。



職員室には明かりがついていた。まだ先生はいるらしい。理科室を横切ると、テーブルの上には明日の実験の準備がされてあった。俺に似ていると言われたことがある人体模型君は月の光に照らされて真っ白な歯をアピールしていた。俺は無事に帰れそうですか、きっと大丈夫だよ、ありがとう人体模型。人体君はにこりとしてくれた。



電話には母さんがでて、心配していた、夕飯はらふてー、などの話をして切った。テレフォンカードの度数にはまだ余裕がある。どうしよう。母さんの電話を切ってから急に寂しくなってしまった。ひとり。夜の学校。少しわくわくする。でも寂しい。ぐう、とお腹がだれもいない1階に響いた。凛を呼んだらきっとずっと学校で過ごす!と言うだろう。裕次郎も一緒。慧くんはお腹が空くから来ないだろう。いや、来てほしいのではない、きっと俺は誰かと話したいだけだ。永四郎は時間の無駄だと思うだろうか。生徒手帳に挟まれていた携帯電話の番号を打ち込む。プルルルルルル。
「もしもし」
「その声は…知念くんですか、どうしました」
「図書室に閉じ込められたさあ」
「どこも開いてないんですか」
「いや」
「はあ」
「いきなり電話してごめん」
「いいですよ」
ちょうど退屈していたところですし。それからこの経緯やどうでもいいことをたくさん話してさよならをした。そろそろ行こう。そう思うと、受話器が鳴った。プルルルルルル
「もしもし」
「もしもし、私が誰だかわかるかい」
「わかりません」
「私は知念というんだよ」
「知念さんですか」
「君は知念さんの寛くんだろう」
「はい」
「君の活躍は遠いところから見守っているからね、頑張るんだよ。でも無理はしないように。じゃあ。」
ツーツーツー。受話器を置いて首をかしげてみた。知念さん…親戚の叔父さんだろうか。会ったことのある親戚は片手で数えるほどしかいない。誰だろう。でも、どこか懐かしい声だった。



一通り校舎は探検し終わった。残念ながら何も、小説や映画にでてくるようなどきどきすることは起こらなかったけれど夜の学校は楽しかった。またこんな体験をしたいとは思わないが。でもあの電話はもう一回かかってきて欲しい。あの知念さんはきっとお父さんだ。公衆電話をじっと見る。



さあ、学校を出よう。職員用玄関は予想通り開いていた。外の風は緩かった。星がきれいだった。お腹の音がなり響いた。今日の話は誰にも秘密。俺だけの、いや、俺と父さんだけの秘密だ。
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