天気がよかったから、という理由で屋上に出た。みんなは部活に精を出している時間だ。金管楽器のロングトーン、ランニングの掛け声など、様々な音がこの学校に響く。この時間、ここにいるのもなかなか良いものだ。耳を澄ませていると、きれいな歌声が聴こえてくる。音楽部の人が外で練習しているのだろうか。しかし屋上にはわたし以外誰もいない。音楽室からここまで聴こえてくる程の声量なわけがないし。うろうろしているとわたしの中で1つの答えがでた。その人は貯水タンクの上にいる。よいしょ、とよじ登ると、テニスウェアの仁王くんが気持ち良さそうに歌っていた。

「続き、歌ってよ」「なっ…」聴かれて恥ずかしかったのか、部活をサボっていることがバレたのがまずかったのかはわからないけど、慌てて顔の周りをぺたぺたと触っている。「仁王くんにはホクロしかついてないよ」「はあ」呟いてから、タンクの上にころんと横になる。なんだか猫みたいに。「さっきの、合唱コンクールの課題曲だよね」「…」「もう一回聞きたいな、ハミングじゃないやつ」仁王くんは横になったまま、すう、と息を吸い込むと、きれいなテノールパートを歌ってくれた。さっきのハミングとは違う。合唱部もびっくりしちゃうビブラート。先生に言われた抑揚とか、ブレスもしっかりしている。

「サボって課題曲歌ってるなんて熱心だね」「プリッ」「柳生くんだったら何て言うの?」「このこと、真田くんや幸村くんには言わないでいただけますか」わたしも仁王くんの姿の柳生くんの隣に寝そべる。「自由に歌ってよ。内緒にしてあげる」柳生くん相手にこんなに上から目線でものを言うことなんてもう二度とないと思う。でもどうしても、柳生くんの歌が聞きたかった。「わたしは横で寝てるから」

沈黙のあと、あまり大きな声ではなかったけれど、柳生くんは歌ってくれた。音楽の時間に担当が決められた、さっき歌っていたパートではなく、メインとなる旋律。ハミングと同じ。楽譜に書いてあったこと、授業中に先生にしつこく注意されたこととは全然違っていて、柳生くんの歌いかたであのつまらない課題曲もこうなるのかとか、そんなじゃない。なんだか胸が苦しい。なにもできずに横になっていると、直ぐに歌が終わる。「こっちの柳生くんの方がすき」柳生くんはなにも言わず、ぱちぱちとわたしの拍手と言葉が空に吸い込まれていく。ゆっくりと起き上がり、スッと立ち上がると、彼は仁王くんの声色で言った。
「最近ようわからんのじゃ、柳生比呂士が」

なんだか小さく感じる背中をぼうっと見送りながら感じてしまった。紳士と自分に言い聞かせて、優等生であろうとして、みんなと同じパートを歌って。仁王くんの仮面を被って柳生くんが言わないことを言う。いいんだよ、そうじゃなくても。

そうは思ったもののしかし、期待に応えようとしない柳生くんは、なにもないような、空っぽな、そんな気がしてしまったのだ。



不器用にしか生きられない
(20140430)


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