ルシになる


薄暗い空間をただひたすら歩く男がいた。知らないはずの道を何かに引き寄せられるように歩く。どこへ向かっているのかも知らないまま歩く。行かなければいけない、そう訴えられている気がするのだ。


どれほど歩いただろうか。ようやく光が見えたと思えばそこにあるのは朱雀クリスタル。そしてそのクリスタルを見上げる女性の姿。

「セツナ卿……」
自然とシュユは彼女の名を呼んでいた。ゆっくりと振り返るセツナからはなんの感情も読み取れない。
「新たな傀儡か」
それだけ言ってじっとシュユを見つめるその視線は冷たく息をすることも忘れてしまう。候補生として朱雀ルシであるセツナを知ってはいた。だがまさか自分がルシとなる日がくるとは思っていなかった。今こうしてセツナの前に立っていることが信じられなかった。
「弱いな……」
ポツリと言ったセツナは瞳を伏せクリスタルへと向き直ってしまう。
「我をルシとしたのはそのクリスタルだ」
思わずシュユはセツナに対し口を開く。自分より遥か前に朱雀ルシだった人。彼女がまだルシとなったばかりのシュユを弱いと評価するのはそれなりの理由があるはずだった。それでも語らないセツナにシュユは真意を問いただしたくなった。
「我をルシとして相応しくないと思うか」
続けて問うがまだセツナは答えない。
「人としてのすべてを捨てここへきた」
「忘れたくはないのだろう?」
それだけ言ったセツナはどこか闇の向こうへ歩き出す。セツナの言った言葉に何も言えずシュユは突っ立ったままその背をぼんやりと眺めた。
「捨てられぬものがある故にお前は弱い」
最後闇へと消える前に言うセツナは再度言った。

(捨てられぬもの、か)
今の自分を忘れたくない。そう願い制服を身に纏うことを選んだ。ルシとなったのは守りたい人々がいるからだった。

感情を失えばどうなるのか。記憶も薄れてしまうのか。今の願いを忘れてしまうのか。守ると誓った人々が死んでしまえば残るものはあるのか。
考えもしなかったことに今初めて気が付いた。ルシとなれば孤高の存在となるということに。
(セツナ卿はすでに……)
長い時間を生きるセツナに知り合いなど残っていないだろう。感情など稀薄となっているだろう。当初の祈りなど忘れてしまっているだろう。

なんの覚悟もなかったシュユをクリスタルの輝きが責めているような気さえした。それでもシュユは新たな決意を胸に刻む。

セツナを一人にはしないと。時代が流れていくのならばその変化を共に見届けようと。






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