幼馴染みが突如帰ってきた。そりゃあまあ年末だから、他県に下宿している学生が地元に帰省するのは、別段おかしくなんともない。それが一般人の場合は、だが。幼馴染みである神威は見た目からして、どう見ても人から一歩距離を置かれるような出で立ちをしているし、血を見ると興奮する、が口癖だったように中身も相当変わっている。そんな彼が年末にきちんと帰省するという事は、これは明日世界が滅びるのかもしれない。

「寒いんだから早く入れてよ。なに呆けてるの」
「え、いやなんで帰ってきたの」
「年末だろう?俺が帰ってきて何かいけないわけ?」
「というかあんたの家は隣じゃん」
「鍵が閉まってて中に入れなかったんだよね」
「そりゃあまあ今神威の家とうちの家は絶賛年末旅行中だからね」
「そういえば毎年の恒例だったけ」

 今年も行かなかったんだ、その言葉に喉が鳴る。なぜ、と聞かれたら私は答えられない。でも大丈夫だ。神威はその理由を知る気がない。そもそも私の行動、いや私自体に神威は昔から興味ない。神威は強い人が好きなのだ。私は、強くない。
 年末に家でひとりきりだった為か、神威の姿を見た途端、寂しさがわっと心の中で散らばり私の涙腺を緩めさせた。神威が何も言わなくなった私に気付き、持っていた傘の柄で私の頭を叩いた。こつん。とっさに見上げると、神威はいつもどおりにこにこ笑みを浮かべていた。なんにも変わっていない、たぶん。

「痛かったんだけど」

 嘘だ。痛くなんか全然ない。

「入れてくれなきゃもっと痛い事するよ」
「なに」
「なんだろう?ああでも途中から気持よくなるかも?」
「セクハラ!気持ち悪い!早く入れば!」

 玄関の扉を大きく開け、入るように促す。神威は表情を変えないまま我が物顔で中に入るので、私も慌てて後に続く。扉の施錠を終え、振り返ると、神威が玄関の式台に座り靴紐を解いていた。いつも通り過ぎてなんだか腹が立つ。しかし約二年ぶりとなるその姿に、本当に帰ってきてくれたのだと、私は今更ながら実感し、なんとも言えない嬉しさがこみ上げてきた。
 神威の隣に座り、足をぶらぶらさせながらふふっと笑うと、神威は笑みをたたえたまま横に置いていた傘の、今度は先で私の額を一回強くつついた。先ほどとは打って変わってとても痛い。おでこを両手で押さえ、苦悶の表情を浮かべていると、神威がやっと面白そうに笑った。

「そっちの方がいいよ」
「え?え?」

 立ち上がってリビングへ向かう神威に、私はまだ言葉の意味が分からず、神威の背中を見つめるだけになる。やはり振り回されてしまうなあ、とため息混じりに、ふと置かれた傘を見てみると、それは神威が出て行く時に、私が餞別であげた傘だった。あげたといっても、神威が愛用していた傘と全くおんなじ傘の新しいのをあげたため、一瞬では分からなかった。しかし、傘の柄に巻かれているうさぎのマスキングテープは、紛れも無く私が巻いたものだ。見分けがつきやすいように、と。あとで取るからお好きにどうぞ。神威はその時確かにそういったはずなのに。傘を傘立てに入れて、リビングへ向かう足取りはとても軽かった。

「わっもうこたつ星人になってる」
「やっぱ冬はこたつに限るよね。俺のアパートこたつないから死にそうだった」
「みかん食べる?」
「剥いてくれるの?」
「そのくらい自分で剥きなよ」

 体の全部をこたつに入れた神威の目の前にみかんをお供え物のように置く。それから、神威の向かい側からこたつに入ると、案の定彼の足が当たった。思ったより神威の足先は冷たい。

「神威、もう少し足引っ込めてよ」
「んー?」
「ねえ聞いてる?狭いんだけど」
「んー」

 寝っ転がっているため、神威の様子がよく見えない。神威がわざとらしく私の足を蹴ってくるので、私は机に手をつき、身を乗り出して文句を言おうとした。同時に神威がばっと起き上がってきて、私と神威の距離が限りなくゼロになる。神威の唇が目の前に。私は思わず顔を逸らした。

「だから彼氏ができないんだよ」

 神威が机の上に頬杖をつき、からかって言った。私は耳が熱くなるのを感じた。

「い、いるし」
「誰?」

 間髪入れずに神威は尋ねる。

「別に神威が知る必要なくない?」
「あるよ」
「なんで」
「そうだなァ強いやつだったら俺が楽しい」

 なんだ、どうせそんな事だろうと思った。私は机の上に突っ伏して、あーと声を漏らした。

「どうせいませんよ。私なんて彼氏は一生できません」
「よく分かってるね。やっぱ俺のせいじゃないじゃん」
「は?」
「ほら、彼氏ができない理由俺のせいにしてただろ。”神威みたいな変な奴と付き合ってるから男が寄ってこない”って」
「そうでした」

 その通り。神威がいなくなっても私の日常はちっとも変らない。変な輩に絡まれる事はなくなったが、ただそれだけだ。たまに物足りさを感じるけれど。

「そういえば髪染めた?」
「うんちょっと」
「染めないって言ってたのにネ」
「うるさいな」

 神威が髪の毛の先っぽをつまみ、私の髪の毛をまじまじと見る。私の髪は人より弱いせいか、かなり傷んでいるので、あまりよく見られると恥ずかしい。神威の手首を掴み、制すると、神威が、今度は私の髪の中に手を入れ込んで、すっと後ろに梳いた。

「触り心地悪いから染めない方がいい」
「神威の意見は聞いてない」
「男は誰だって髪質のいい女が好きだよ」
 
 そう言いながら、神威はもう一度私の髪を梳く。細く開かれた目が私を見ているのが分かり、耐え切れなくなって、私はとっさにリモコンを取り、テレビをつけた。

「あっそうだカミ使見てたの忘れてた!わ〜どうなったかな〜」
「チャンネル思いっきり紅白」
「CMの時紅白に変えたんだってば!」
「へェ」

 私が無視をしてテレビの画面を見入るふりをすると、神威の舌打ちが聞こえた。しかし、芸人が丁度ケツバットを盛大に食らった為、そのまま私達の意識はテレビ画面に移っていった。





 数時間が経ち、内容のマンネリ化に飽きてきた頃、時計を見ると、あと少しで十時を迎えようとしていた。私は唐突に思い立つ。

「神威!初詣に行こう、初詣!」
「俺はパス。ひとりで行ってきて」
「やだよ、神威がいなきゃ意味、ない、じゃん」

 言葉はだんだん尻すぼみになっていく。頬が熱い。面白そうに神威がこちらを見てきたので、ますます私の顔は火照り、心臓の鼓動が早くなった。これだと、まるで、私が。

「いいよ。行ってあげる。ついでに何か食べようか。もちろんそちらの奢りでね」
「神威と行くと私のお財布が破産する!」
「この寒い中行ってあげるんだからそのくらいはしてもらわないと」

 やっぱり行かない!と言いながらも支度をする。先ほどちらりと見た天気予報で結野アナが雪などと言っていたので、持っているコートの中で一番分厚いのを着込む。私の姿を見て神威はひとことふたこと茶々を入れてきたが、そんな事で私の気分は害さない。むしろどんどん気分は高まっていく。初詣に行くのは毎年残された私達の中学からの恒例で、だからこそ去年私はとても寂しかったから。

「うわ、雪結構降ってるね」
「さむっ」
「そんな薄着で来るからだよ。仕方ないな、マフラー貸してあげる」

 神威はちょっと不機嫌そうにいらないと言って、傘を開いた。私の方へ少し差し出してくるのでこれは入れと行っているのだろうか。よく分からないまま入ると、神威が歩き出し、つられて私も歩き出す。無言の時間がしばらく続き、小さい頃通った商店街までやってきた。

「相変わらずしょぼいね、ここのイルミネーション」
「ちっちゃい頃はこんなんでも毎年わくわくしてたのに」
「でもなんも変わんないなァ」
「そういえば私達がよく行ってた古本屋さんは今年の春、店を閉めちゃった。なんだか変わってないようでやっぱり変わってるのかも」

 私と神威の関係性はどうなんだろう。このまま少しずつ変わっていってしまうのだろうか。そもそも神威は来年も帰ってきてくれる?神威は大学を卒業したあとここに戻ってきてくれる?ずっと一緒にいたのに、大学生になってから神威と全く会わなくなり、寂しさはあったけれど、しかし慣れてきた自分がいる。神威がいない日常に何にも思わなくなって、そのうち神威がいない事が当たり前になって。いま横に神威がいるのに、私は急にひとぼっちになってしまった気がした。神威に巻こうとしていたマフラーを握りしめ、歩みを止める。

「**?」

 今日初めて神威が私の名前を呼ぶ。私はその響きが懐かしくて、迫り上がっていた涙をぼろぼろと溢してしまった。神威の白い息が視界の隅で見える。きっと呆れている。なんで私はこんなにも弱いのだろう。強く、なりたいのに。

「**、行くよ」

 神威はしわの寄ったマフラーを私の手から抜き取ってぐるぐると私の首元に乱雑に巻いた。その間も涙が溢れる。手持ちぶたさになった神威が、頭をかきながら首を回し、声を漏らした。神威の視線の先にはひとくみのカップルがいた。それは、近所に住む幼馴染のお姉さんだった。手を振ってきてくれたので、笑みを作り上げながらなんとか振り返す。どうかばれませんようにと祈りながら。
 お姉さんのおかげで先ほどあった空気はほぐれ、また私達は無言で歩き出した。神威が左にある車道側を歩き、私がその右を歩く。小さい頃、二人で入るには充分すぎた傘は、今はもうお互いの肩が触れるか触れないかである。

「**」
「なに」
「約束したじゃん」
「なにを」
「帰ってくるって」

 思わず見上げると、神威が、ね、と私の頭に積もった雪を払って笑った。今の私には、それだけで充分だ。

「う、うん!約束だからね!絶対だからね!」
「はいはい」

 そのあと神社辿り着き、毎年飲んでいた甘酒を少し並んで買って飲む。座るところはいつも決まって境内の近くにある大きな石の上だ。神威はすぐ甘酒を飲み終え、私の財布を奪い取り人混みに消えた。そんな姿を見ながら、iPhoneのボタンを押すと、もう十一時を過ぎていた。だから人も増えてきたのだろう。ほどなくすると、たくさんの食べ物を抱えた神威が帰ってきた。他愛のない会話が続いては途切れまた続く。雪は止む気配がなく、だんだんと周りを白い世界に変えていく。除夜の鐘の音が鳴り響く。なにげなしに神社の敷地をぐるっと見渡すとあるものが目に入った。

「ちょっと神威待ってて!」

 神威の返事も聞かずに、私は人混みをかいくぐりながら、そこへ走り、そばに立っていた神社の人にお金を払い、ひとつもらう。ペンも貸してくれたので、私は急いで神威の元へ戻ろうと体を来た道へ向けた。頭が人にぶつかる。

「わっすみません。って神威か」
「急にいなくならないでよ」
「待っててって言ったよ。それより見て!ほら絵馬!来年の干支は午だから、この絵馬の形も馬なんだよ!」
「まだ年明けてないけど?」
「いいの、気持ちの問題」

 私が絵馬に文字を書き出すと、神威は諦めたように絵馬掛けの柱に背を預けた。

「できた!はいここに神威の名前書いて」
「なにこれ。こんなの飾るの?」
「いいから、ほら。あっ細い方は駄目!太い方!私と同じ大きさで書いて」
「文句が多いなァ」

 ぶつぶつ言いながらも神威は私と同じように書いてくれた。完成した絵馬を見て私はほくそ笑んだ。

「あ、年明ける」
「うそ、もう!?」

 スマートフォンを神威が私に見せてきたので見ると、紅白の後のゆく年くる年が流れていた。カウントダウンの声が聞こえる。さん、に、いち。ゴーンと音と共に、周りが一斉に新年のあいさつを始め出した。

「心の準備が!ええと、とりあえず今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「ああこれだとがらんがらんするの、かなり並ぶね」

 神威、嫌がるだろうなあ。絵馬を絵馬掛けに括りつけながら、並ぶ人の列を見る。

「つけれた?」
「うん」
「行くよ」
「どこに」
「お参りするんでしょ」

 ほら、と手を引かれる。突然のことにびっくりしたが、こちらを向かないまますたすたと神威が足を進めるので、半ば引きずられるようして私も歩く。人混みに埋もれていく私達の絵馬は、遠くからでも目立って見えた。
 彼の左肩に雪の融けた後を見つけて、私は笑みを漏らす。ああ、繋がれた手が、あったかい。

はじけて、しずんで

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