※デルモの実井くん※
馴れ初め話


 一目惚れだった。

 田舎から大都会に出てきて、大学の入学式で出来た女友達に誘われるまま運んだとあるインカレの新歓。斜め向かいに座る、あどけなさが残る青年に**は目を奪われていた。綺麗な二次曲線を描く中に収められたパーツひとつひとつが**の好みだった。なによりリスのような大きな瞳が特徴的で、彼が瞬きをするたびにきらりと輝いていた。それがくるりと自分に向けられた時、ちょうど**は烏龍茶を飲んでいていたため、ごふりとむせてしまった。お茶が唇の端を伝い、恥ずかしいところを見られてしまったものだとぬぐいながら軽く会釈をすると、相手は小首を傾かせながら微笑んだ。

「女子大の人、でしたよね。実井と言います、僕はこのインカレに入ろうかなって考えてるけど、君は?」

 実井の表情があまりにも綺麗すぎて、**の心を射止めに射止めまくって、その瞬間に、**は完膚なきまでに実井という男に“落ちた”のだった。

「……入ります!」

 思わずビシッと手を挙げて宣誓すると、周りにいた先輩たちが「おお」と喜びの声を上げる。自分のしてしまったことに気付いて慌てふためく**を見ながらまた実井が笑うので、**はますます彼に惚れ込んでしまった。

 それが、1年生の4月。どういう経歴の持ち主で、どういう性格の男なんて、その時は全く知らなかった。そんなことなんてどうでもいいと思っていた。だって、あの時彼の全てに魅せられてしまったから。




「モデル!モデルって、あの雑誌とかに載ってるやつ……」
「そうそう、今月号の、ほらこれ」
「ほ、ほんとだ」

 実井が学業の傍らモデルをやっていると知ったのは、1年生の7月。友達が雑誌のページを見せてくれた。「1週間着回せるコーデ」というありふれた特集の中で、実井は彼氏役として登場していた。前からどこか洗練されたところがあると感じていたが、こういうことだったのかと妙に納得する。写真の中の彼もとてもかっこいい。しかしモデルの可愛い女の子と仲良く手を繋いで公園を歩いているショットを見て**は悲しい気持ちになった。

「そんなに落ち込むもんじゃないって!仕事なんだし」
「そうだよね、仕事だもんね。あっこれもらっていいっすか」
「ちゃっかりしてんな。でもそんなに良い?ちょっと地味じゃない?」
「何を!この地味さの中に隠しきれない光り輝くセンスがわからない?!彼はきっとどこかの国の王子様なんだよ。そして身分を隠して平民に紛れて暮らしてるの」
「自分で地味って認めてるけど大丈夫?ていうかいつの時代よ」
「良いの!私は!」

 でもさあ、結構遊んでるらしいよと髪の毛の枝毛を探しながら友達が言う。そう、草食系に見えて、彼は意外と女性付き合いが派手という噂が流れていた。なんでもかなり年上のブランドで身を包んだ女性と歩いているのを見たとかなんとか。性格も実はあまり良くないという話も聞いた。**と喋る時、下心は一切感じられないし、とても紳士だ。背が低いところを気にしているのも可愛いと思った。

「とりあえず、あんまり集まりに参加してくれないのが難点なんだよね」
「モデルの仕事が結構忙しいらしいね」
「バイト先に突然やってきてくれないものか」
「あっあそこのカフェでバイト始めたんだっけ?かなり外れにあるとこじゃん。そんなとこ来ないでしょ」
「可能性はある……!」

 そんな話をしてバイトに向かう。今日のシフトは17時からだった。




「えっ実井くん!」
「***さんじゃないですか、こんにちは」

 なんとレジに入って3人目の客が実井だった。事務的な笑顔が即座に崩れ**は本当に彼がどうか確かめるために上から下まで何度も視線を動かした。そしてなによりその横に立っている黒髪の美人が気になってしょうがない。若作りをしているが、40はとうに超えているだろう。極彩色の超ミニのワンピースを着ているその美人は実井の腕をぎゅっと掴み、豊満な胸を押し付けている。一体誰なんだろう、この女性は。どこかで見たことがある気がするがサングラスをかけているせいでよく思い出せない。

「お友達?」
「はい、インカレの」

 そんなに顔を近づけて話さなくても良いのではないか!自分に見せる表情と違って実井もなんだか色っぽい。見とれていると先輩から「早く注文をきけ」というオーラを感じ、声を絞り出して注文を取る。その間中も2人だけの世界が広がっていて、**は気を持っていかれないよう必死だった。

 それからふたりは1時間半ほどいて、また仲良く腕を組んで出て行った。その様子を見ていた**の心は静かに絶望の淵へ向かっていった。

 バイトが終わってすぐスマホのラインを開く。友達にこの事を一刻も早く伝えたい。一人でこの悲しさを抱えきれそうにない。涙目でカフェの裏口の戸を勢いよく開けると、鈍い音がした。

「えっ、あ!実井くん?!ご、ごめん大丈夫?!」
「大丈夫ですよ。それよりちょっと良いですか?」
「う、うん」

 後頭部を抑えながら苦笑いをする実井はいつもの実井だった。近くに知っている店があるからという事で着いていく。さっきの悲劇はすっかり忘れ去ってしまい、**の足取りは軽かった。

「さっきの人のことなんですけど、みんなには言わないでもらえますか?」

 店に着くなり、実井は重い表情でそう言った。

「あ、大丈夫、言ってない」

 まだ、とは言わなかった。雰囲気から察するに何かありそうだったので、深く聞いて良いか迷う。もしかしたら彼女は人妻なのだろうか、援交的なアレとか……と嫌な想像ばかり駆け巡る。すると、辺りを見回した実井がずいっとこちらに身を乗り出してきた。

「……母親なんですよ」
「えっ!」
「もうあれで大分いってるんです。KUNIKOって聞いたことありません?」
「あ、あー!えっ嘘、えっ?あの?!どっかで見たことあるって思ったんだよね?!」

 KUNIKOは年齢不詳のモデル兼女優だ。年を感じさせない美貌から大手アンチエイジングスキンケアの広告塔でもある。経歴はほとんど明らかにされておらず、結婚しているのかすら不明なはず。

「まさかあの店に***さんがいるなんて思わなくて、みんなには秘密にしといてもらえます?」
「うん!大丈夫大丈夫絶対言わない!」
「良かった」

 2人だけの秘密です、と小指を差し出されたのでドキドキしながら小指を絡める。ほら、噂は噂なのだ。彼は**の思った通り、優しくて誠実で王子様みたいな人。にこりと笑う瞳の奥には何かが秘めている気がしなくもないけれど。

「じゃあひとまず何か食べましょうか。あっすみません、生ハムとシーザーサラダ、チーズインハンバーグ&サイコロステーキセット、カルボナーラとミックスピザ、あとデザートにイチゴクリームパフェお願いします。***さんはどうします?僕のオススメはですね」
「待ってその量を一人で食べるの?」
「はい、勿論。気を張ったらお腹が空きました」

 何がおかしいのかという顔で返すので**は笑ってしまった。彼女の王子様はどうやら大食いらしかった。それはそれで面白いお話ができそうだ。


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