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三つ子百なら九つで無限大


家の屋根を覆い尽くす勢いで成長してゆく青々とした植物を男達で剪定していると銀時が思い出したように話し出した。

「そういや昨日町に出たら耳に入ったんだがよ八雲陰で “ルドラークシャ” って呼ばれてんの知ってるか?」
「ルドラークシャぁ?聞いたことねぇけどそんな名前の神がどこぞの国の話で出てきた気がする。」

土方は照りつける太陽によって吹き出した額の汗を手の甲で拭いながら、天人の押収品か何かで見たことあるような気がすると物思いに耽る。

「そういう話は姐さん自身に聞いてみた方が早いんじゃねぇですかィ?得意そうだ。」

確かに沖田の言う通り、いつも本やら活字をよく読んでいる八雲の姿を思うとここで議論するよりずっと話の裾野が広がりそうだ。
彼女を思いながら話していると白い花が銀時の目に止まった。
屋根の上の草を整えながら所々に咲いているその白い花を摘み集めてみる。

「…銀さん何乙女な事してるんですか、ちゃんと雑草を抜いてくださいよ!」
「ちゃぁーんと雑草も取ってるだろーが。綺麗に咲いたお花さんと分けてんの。」

新八の指摘に口先だけで言葉を返す。
脳裏に浮かぶのは読みかけの本から目を上げた時に向けられる八雲の花開くような笑顔。
そんな事を考えているなんてこの場の誰も知る由はないだろう。


仕事を切り上げ男達が屋根から降りてくると部屋には甘く香ばしい香りが漂っている。

「朝からお仕事ありがとう、休憩しよ!今知佳がアップルパイ焼いてくれてるの。」

男達の腹の虫がキュウと鳴くのを確認した八雲は思った通り、と頬を緩めると人数分の皿を用意し始めた。
そんな彼女に銀時は近付き屋根で雑草と選別し集めた花をぶっきらぼうに差し出す。

「上に咲いててよ。お前っぽいなと思って摘んできた。」
「え!…良い香り、これジャスミンかな?」

真っ白で可憐な花を咲かせたジャスミンを八雲は少し照れながら銀時から受け取り香りを楽しんでいる。
その一部始終を横から目撃してしまった土方は忌々しそうに銀時を睨みつけると銀時はしてやったりとイヤラシイ顔で笑ってやるのだった。

「おまたせ〜」

小さくいがみ合っていると知佳が大きなアップルパイを抱えて広間に現れた。
表面に折り重なる生地はふっくらと焼き上がり、見ているだけで空腹度が増して行く。

「シナモンいい感じだよ」
「ほんと?」

あれから八雲の調味料研究は続いている。
彼女の研究が成功すると知佳がそれを使って調理の幅を広げる最近の流れ、どうやらこのアップルパイはシナモン栽培成功の為に発生したイベントのようだ。
皿とフォークを並べながら沖田はふと思った事を口にしてみる。

「姐さん自分で調理はしねぇんですかィ?」

皿の端についたパイ生地を一足先に頬張りホッコリ顔な沖田の問い掛けに、八雲はバツが悪そうに苦笑いしながら指先で頬を掻く。

「ん〜…実はしてるし嫌いじゃないけど、知佳みたいに上手ではないからなぁ」

ここに来てから何度か八雲作のオカズがテーブルに並んでいる筈なのだが、正直なところ知佳や朱里の作る見栄えの良いメインディッシュにかき消されているような…つまり印象に残っていないのが印象だ。

「一括りに料理と言ってもやる事なんか其々違うものだからね。」

知佳は説明口調のままテーブルに置いたアップルパイを包丁で切り分ける。
断面から見える中身はしっとりと煮込まれた角切りの林檎が沢山詰まっていて実に美味しそうだ。

「私はある食材をどの様にして美味しくするか、味に1番興味がある。その“ある食材”を作るのが八雲の興味の範囲になるのかな。」

チラリと知佳が八雲を見ると彼女は腕を組みながら考えている。

「うん、私は変な物とか何でも使ってみたいタイプだから予想以上に美味しい物が突然出来たりもするし、稀に…稀にね!鬼不味い物を生み出す…かも。」

アップルパイを待ち望む男達の顔がサッと曇った。
つまりこの先の食卓にはヤバイ皿が紛れ込んでいるかもしれないロシアンルーレットが毎日行われる事に関して皆不安が拭えない。
そんな雰囲気を察した八雲は心外だとばかりにふくれっ面を向けた。

「ちょっとそんなに露骨に嫌な顔しないでよ…漢方とか薬膳とか、理屈で料理するものが好きってだけ。私だって味見はしてるからね!?」

八雲の小さな悲鳴に知佳はひと笑いすると言葉を添える。

「効能、栄養素…素材選びは八雲で、それの味を整えるのが私ってとこかな。」

絶妙な助け舟に八雲は知佳へ笑顔と一緒に掌を向ける。
知佳もまたその掌に合わせハイタッチを交わす姿は息ぴったりだ。

「ほんなら朱里はお前らでいうどっち寄りなんだよ。」
「あの子は…」

銀時に後輩の朱里について聞かれると八雲と知佳は顔を見合わせた。

「「あれは造形」」

ついハモってしまった言葉に本人達が1番ツボに入ったようで肩を震わせている。
味も素材も二の次に色形が見栄え良く完成させられることが朱里の拘りポイントらしい。

「なんつーかお前ら、バランス取れてんな。」
「そうかな?…そうかもね。」
「そうだよ。」

近藤の感心したような物言いにまた2人は吹き出し、何がそんなに面白いのかという程に笑い転げていると玄関の扉が開いた。

「ただい…あーーっ何か食べてるー!?」
「何ヨ!銀ちゃん達だけズルいアル!!」

訓練所から騒がしいのが帰ってきた。
朱里と神楽が鬼のような形相で喚きながら横取りでもする勢いでテーブルに近付いてきた。

「あるから!取ってあるから!落ち着け!」

何とか落ち着かせ目の前に切り分けたアップルパイを置くと2人の目が輝いている。
そんな女子2人の肩に色鮮やかなインコが乗っていることに八雲は気がつき目が点になった。

「2人ともフツーに帰ってきたけどさ…そのインコどうしたの?」
「歩いていたらワタシ達の肩に飛んできたヨ」
「こんな岩場に迷子ですかねぇ…」

新八がインコに指を伸ばすとガブッと噛まれ意外な痛さに大騒ぎしている。
小さいからと嘴の力を侮ってはいけない。

(昔飼ってた子に似てるなぁ)

深い青色と白いアルビノのセキセイインコ、かつて9羽の大家族にまで発展した八雲にとって忘れられない大切な家族だ。
そんなソックリな子が目の前にいてはつい熱い視線を送ってしまう。

「$▼@?○…」
「…アレ、今“八雲チャン”って言わなかった?」
「流石ゴリラは動物の言葉が分かるのか」

ゴニョゴニョと鳴いているインコの発した音に近藤が聞き取れた単語に反応すると、すかさずゴリラネタで絡む銀時。
ヤンヤと始まる男どもの口喧嘩を尻目に八雲はふと思い出した昔のサインを送ってみる。
指を2本出し交互にパタパタと動かせば我が家の“おいで”サインだ。
するとそのインコは八雲の指へ一直線に飛んできたかと思うと目を見ながらピヨリと鳴く。

「…あお?しろ?」

またピヨリと鳴くと後から白いインコも飛んできた。
側から見るとまるで1人と2羽で会話でもしてるようだった。

「鳥の知り合いとは…友好の幅が広いな。」

飛んできたインコは八雲の指から腕を伝い肩までトテトテと移動すると耳朶を齧って遊んでいるようだ。
そんな少し奇妙な光景を見るような視線で土方は言葉を零す。

「本当にあおくんとしろちゃんなのかな」
「そりゃ俺たちには測ることの出来ねーことですぜ。」
「だよねぇ」

八雲が記憶しているインコ達は幼少期にまで記憶を遡らせなければならない。
家に1人留守番をする娘の遊び相手として両親がある日番いで家へ連れ帰ってきた子達だ。
最初こそ余所余所しかったお互いだがあまり時も経たずして八雲によく懐き、また彼女もインコ達を心から愛した。

「つーか“あお”と“しろ”ってどんだけ適当な名前つけてんだよ…神楽よりセンスねーぞ」
「青いから“あお”、白いから“しろ”。分かりやすいじゃん。」
「俺たまにオメーのことサイコパスなんじゃねーかと疑う時があるわ」

銀時の言葉に弁解しようと熱くなる八雲だったが突然2羽のインコ達は解放されていた窓から外へ飛び出して行った。

「あっ!どこ行くのぉ!」

情けない声を上げて八雲も後を追う。
外に飛び出ると直ぐに彼女の指に舞い戻り、左指に強く噛み付いた。

「いっ……!?」

次の瞬間とても小鳥とは呼べない様な大きな鳥が突然目の前に現れた。
頬の模様や羽の鱗柄にインコらしさが残っているが、気持ち神々しそうな飾り羽が追加されている。

〈八雲ちゃん、大きくなったね。〉
「「「!?」」」

鼓膜からでは無い、頭に響くような、しかしその場の全員に聴こえているような変な言葉が流れ込んでくる。

〈僕達は君の元で命が尽きた後、この時が来るのをずっとこの次元で待っていた。〉

八雲の小さな家族は全部で9羽、何年も前に寿命を迎え天国へ旅立ち亡骸は彼女の手で直接庭へ埋葬している。
当時は悲しみに明け暮れ埋葬した庭の隅でよく泣いていた事を思い出すと、今はまた違う涙が溢れそうになるところをぐっと堪えた。
優しい眼差しを向けるインコはそっと嘴を八雲の頬を撫で慰めるように擦り寄る。

〈少し、説明をしようか。〉

命が尽きた後八雲を取り巻く物を見たこと。
ここは元の世界にとって死の世界ではなく、戻る方法が存在すること。
八雲の愛したインコ9羽全て、時の呪縛と敢えて契約しこの次元に留まっていること。
そして因果である八雲は契約を超えた時の呪縛に縛られていること。

「待て鳥公、“時の呪縛”ってのは何だ。」

色々突っ込みたい部分はあるがまずはココだ。
彼等は別として八雲にだけにあって他に無い物、因果とは本当に何なのか。

〈簡単に言えば呪い。皆この世界の魔術による治療の原理は知っているね、対象は時に縛られているせいで時に関係しているものが無効化される。〉

嫌な予感がした。
万物物理的な形状を維持しているものに対して使用する魔法というのは魔力を急速に“現在”へ集結させる為小さな時間干渉が発動の前後に発生している。
信仰の光はより顕著だ、本体の自己回復力を瞬間的且つ飛躍的に高める“時間操作”そのもの。

〈時の契約をした僕等と、無条件に縛られている八雲ちゃんにだけはこの世界の治療魔術は効かない。〉

八雲の心臓が大きく跳ねた。
同時に銀時と土方の眉間に力が入りその場の空気が緊張したようにギュッと引き締まる。
今まで沖田の治癒に始まり知佳や朱里、訓練中に負った打撲なんかにも八雲は治療を施していた。
しかし彼女自身の怪我については自ら言い出しもしなければ気にかける様子もなかった、故に自分で治療している姿をここにいる誰もが目にした事はない事に今気がつかせられたのだ。
銀時は八雲に歩み寄り彼女の左手を強く掴み上げると、先程噛まれた小さな傷をよく見えるように手を開かせる。

「八雲、今ここで治してみろ。」

傷口を見つめる八雲の顔色が悪い。
少し開かれた唇は微かに震えているのか、明らかに動揺しているように見える。

「…1回やった事があるの、引っ掻き傷治そうと思って。」

八雲は結果を言わなかった、しかし口振りで察しはつく。
彼女は酷く動揺し発言を躊躇っているのだから。
いつかこの里を出て行った異界人に会いに行ってみたいと八雲は話した事があった。
この結果を公に露見させる事で恐らく自らこの守られた里の外へ出るという選択肢は皆に反対される事になるだろう。
最後の足掻きのように小さな言い訳を零しながら右手にいつもの優しい光を呼び起こす。

「自分の治療ってね、気が乱れるみたいで…上手くいかないんだよね…」

指先に光をかざすとプクリと血液が浮かび上がり皮膚が閉じたような様子を見せる。
しかし次の瞬間点だった傷がまるで鋭利な刃物で切り裂いたかのように真一文字に裂け、そこからは改めて血が溢れ出てくる。

「……。」
「お前、だから医学書なんか…」

銀時はダラける素ぶりを見せながら八雲の行動を日々目で追っていた。
周りとあまり馴れ合わず広間の窓際で本を読む、しかし知佳や朱里との付き合い方を見ていると普段から孤独を好んでいる訳ではないことくらいは想像がついた。
想像通りだったとはいえ八雲は上手くいかなかった悔しさに唇を噛み締めながら傷口に光を当て続けている。
切り傷はどんどん広がりボタボタと地面に落ちて行く血液を銀時は手のひらで受け止めると、認めざるを得ない状況に立たされた八雲の手を握り止めさせた。

「自暴自棄になるんじゃねぇ」

八雲は銀時の言葉に何も返せず、ただじっと彼の指の隙間から滴る自らの赤い血の落ちて行く様を眺めている。

「前も言ったな、1人で抱え込んで解決すんのか?」

隠す気はなかった、情報に確信が無かっただけ。
自分の努力でなんとかなるなら一々周りを煩わせず自分でなんとかしたいと思っていた。

「…する筈…無かったね」

色々な思いが駆け巡る頭から絞り出せた言葉は嘲笑に似た想いを乗せた自分に向けた言葉だった。
焦点の定まらない視線はまるで何かに取り憑かれているようで、銀時は握った手を引き寄せ八雲の背を支えながら胸に抱き寄せた。

「自分が思ってるほど皆テメェの事を煩わしいなんて思っちゃいねーもんなんだ。何も弱音を吐かねぇから触れられないだけなんだよ。」

因果とは全ての元凶であり、責任は全て己にあると思っていた。
人前で弱音、吐いていいんだ。
言葉にはならなかったが銀時に支えられた八雲の背中は震えていた。
銀時は左手を放すと両手で彼女の肩と背を優しく抱き寄せてやる。
彼女にとって今まで長く孤独な世界だったのではないか、ここにいる全員がそう感じた。

「後は、皆まで言わなくても分かるな」
「分かる…よく、分かりました。」

顔を上げると全員に向かって頭を下げた。

「力を、貸してください。」




落ち着きを取り戻した八雲は元の大きさに戻したインコ達と直接血の契約を交わした。
これからは時の呪縛者同士一心同体、互いを守り守られる存在。
空からの外部偵察は今後大きな活躍を見せる事だろう。

ふとテーブルに置かれたジャスミンの花の花瓶を見た朱里は八雲に問いかける。

「この花何処に咲いてたんです?」
「屋根に咲いてたんだって、銀ちゃんが摘んできてくれたから折角だし広間に飾ったの。」
「先輩が貰ったんですね。」

八雲がくるりと銀時に向き直るとニタリと笑う。

「ふぅん、ジャスミンの花言葉は愛らしさ、官能的…」
「お、俺は花言葉なんて意識しちゃいねーぞ!」
「よく見てるなと思ってたけど…ふぅん…」

全て知ったりといった風の朱里のニンマリ顔にタジタジとする銀時。
そんな隙を突いて土方が背中からド突いた。

「テメェどさくさに紛れて何抱いてんだ、八雲にバカが移ったらどうすんだコラ。」
「ンなもんが移るワケねーだろーが!つーかそういう空気だったろ!」

また喧嘩が始まるのを余所に八雲と朱里は花の香りを楽しんでいる。

「乾燥させたらお茶にできますかね」
「イイネ!最後にやってみよっか」

長い道のりになる事を理解して朱里が2人に視線を送るとほくそ笑む土方と項垂れる銀時の姿があった。
2人の啀み合いはまだまだ続きそうだ。



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