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消極的より積極的


「それにしても昨日のは凄かったな」

翌朝、朝食を取りながら近藤が口を開いた。
というのも昨日の夕方、双龍から弾け飛んだ水滴は生命のスープとなって浮島中に飛び散って以来その跡から草や木がぐんぐんと成長し続けている。
この借りている家も外側は長年手入れのされてないような風貌、無法地帯のグリーンハウスと化していた。

「なんか朝起きたら凄いことになってたネ」
「でも環境に良さそう」
「温暖化対策になりますよ」

言われてみれば日中はムワムワと蒸し暑かったこの室内も今日はなんだか涼しいような気もする。
そんな事を思いながら今日も知佳の作った味噌汁は美味いなと啜るのだった。
こんな長閑な朝は元の次元の日常のよう。

「つくづく思うけどみんな同じ文化圏で良かったね。毎日食戦争の起こる食卓だと困る。」

違いない、と笑い合う中寂しげな顔が2人。

「糖分…が…」
「マヨネーズが切れた…」

気持ちげっそりとした顔付きの銀時と土方は顔の影が濃くなっている。
禁断症状だろうか。
ちょっと小馬鹿にしたように笑いながら八雲は問いかける。

「何、2人共好物ないと死んじゃうの?」

自分にだって好物はあるがこの環境で作るには相当な手間がかかる、故にぐっと我慢しているのだ。
きっと他の皆もそうであろうこの状態で、2人だけそんな我儘が通るものか。
威勢良く返ってくるであろう反論に身構えていると予想外に返ってきたの悲しい視線。

「「………。」」

「えぇ…何その視線…」

反論されるでもなく、ただ物悲しそうに見られただけ。
2人の視線につられて何故か他の者も揃って八雲を見る。
なんだか悪者の気分だ。

「うーん…じゃあ作る?」

少し時間はかかるけど、と続けるが見た事無いくらい2人の顔が輝いている。

(いつも他人を挑発するような顔してる2人がこんな顔するなんて相当重症だ…)

「いい?何もないところから作るからどっちも時間かかるからね!
研究の合間にやるから思ってるよりかかるかもしれないからね!」

あんまり期待させてはいけないと思い作成期間を告げるもコクコクと激しく頷く、2人は既に期待で胸いっぱいといった表情を八雲に向ける。

そうと決まれば買い物だ。
最近は好意で貰う物以外にも町の奉仕活動なんかをして少し賃金を稼いでいるので多少自由が利く。
そんな事を考えながら八雲は朝食を食べ終えサッサと片付けると身支度を始めた。
いつもの様に髪を結んで籠を抱えたところで銀時と土方も彼女の様子に気がつくと途端に彼等もバタバタと朝食を片付け身支度を始める。

「籠、貸せよ俺が持つ」
「外は日差しが強いぞ、日除けは持ったか?」
「足元に気をつけろ」
「転んだら危ない、手を貸せ」

左右から籠を奪われ、日除けの頭巾を被され、終いには両手を取られまるで囚われた宇宙人のようだ。

「買い出しに!」
「行ってくる!」

銀時と土方は爽やかな笑みで八雲をズリズリと引きずるようにして家を出て行く。
そんな3人の姿を見て残された面々は思わず失笑するのだった。




────バタンッ!

1時間もすると3人は帰ってきた。
ただし先陣切って扉を開いた八雲はムスッと不機嫌顔である。

「…ただいま。」
「お帰り、目当てのものはあった?」
「うん…」

ジロリと後ろを見る。
知佳と朱里は八雲の後ろを覗き込むとあっと口元を手で覆う。
銀時と土方は互いにボコボコ、そして啀み合いながら玄関をくぐる。

「俺の甘味が先だ!今日八雲の足元を気遣って歩いたのは俺だからな、貢献度が高い!」
「何言ってんだ、テメェの物まで入った籠を抱えて歩いたのはこの俺だ!マヨネーズが先に決まってんだろ!」

部屋に入っても尚、ギャアギャアと口喧嘩している2人に八雲は深い溜息と共に渾身の舌打ちをかます。

「チッ…ウッゼ。」

ビクッと喧嘩の手が止まる2人はソロリと八雲の方を見る。
そこにはいつものような穏やかな表情ではなく不良のような顔つきに片手で籠の中身を適当なボウルに移している彼女の姿があった。

「マジさその喧嘩、どんだけ恥ずかしかったと思ってんの?」

2人の様子を見たら分かる、出かけてからずーっとこの不毛な争いを続けていたのだろう。
八雲の性格的に最初は真面目に仲裁していたがいい加減呆れ返っている様子だ。
材料を抱えたまま大きな足音を立てて2階の自分の部屋へ上がっていく。

「その怪我も治さないし、どっちも作らないから。」

─バタン!

銀時と土方は強く閉じられた部屋の扉を見つめると横目で互いを見合う。

「オマエがしつこいから」
「オマエが過保護だから」

更に言い合いを加速させる2人の後ろでは沖田がニヤついている事に近藤が気がついた。

「意外と調教し甲斐のありそうな姐さんだ…ゾクゾクしやすねィ」
「やめとけ総悟、あれはお妙さんと同じ匂いがした…」

この日、夜まで八雲を見る者は居なかった。




「晩ごはんだよー!」

知佳が広間で声をかけるとゾロゾロと同居人達が集まってきた。
手伝いをしていた新八や朱里の手によって運ばれる皿からはいい香りが漂ってくる。
この世界の調味料は元より過ごしていた世界とは全く異なり、味付けのできそうなものと言えば塩と胡椒に似たスパイス、後はこの里でよく使われている香草の様な乾いた植物の葉があるくらいだ。
日々の食事は知佳の料理人としての勘と試行錯誤のお陰で成り立っていると言っても過言ではない。

「本当に知佳さんは料理が得意なんですね。」
「へへっ、褒めても何も出ないよ」

新八に感心され少し得意げに知佳は笑うとそのまま2階の閉じられたままの部屋に目を向けた。

「でもね、食の真髄を求める者は私じゃないんだよ。」

新八の頭の上に疑問符が浮かぶ。
開かぬ扉に小さな溜息を吐きながら気を取り直して配膳を進める知佳。
集まった者たちが全員着席すると近藤が号令をかけるのがこの家でのお決まりになっている。

「今日も温かな食事に感謝しよう、いただき…」

「その食事、待ったーー!」

近藤が号令をかけようとした瞬間、朝の一件から部屋に篭りきりだった八雲が勢いよく飛び出してきた。
手には何やら液体状の物が入った瓶や小皿を沢山盆に乗せている。

「やーっと出てきた!早く降りといで!」

手招きする知佳に引き寄せられるようにそろりそろりとやって来る。
少し満足気な笑顔を見せるとテーブルに次々とその液体達を並べてゆく。
その中でも一際目を引く黒い液体に神楽は手を伸ばした。

「ナニコレ?」
「おい、まさかこりゃ…」

「ソイソース(仮)であります!」

全員揃って雄叫びを上げる。
約ひと月ぶりになるであろう故郷の味であるのだから当然だ。

「外に生やしちゃった植物を見て気がついたの。光の力が成長に干渉できるなら発酵だって早めたり出来るんじゃないかって!」

醤油のついでに味噌や酒、味醂等次々馴染みの調味料を紹介していくと八雲は改めて知佳の方へ向き直り申し訳なさそうに正面で手を合わせた。

「支度の時間に間に合わなくてゴメンね、何回かやり過ぎて失敗しちゃって…」
「八雲なら部屋で何かやってるんだろうなって思ってた。この短時間でコレは凄いよ!」

知佳に褒められ照れ隠しに頭をポリポリ掻く八雲を余所に、醤油だ!卵かけご飯が!寿司が食える!照り焼きだ!と盛り上がる食卓の影に隠れて気まずそうにしている2人に八雲は目を移す。

「…ねぇ銀ちゃん、仲直りはしたの?」
「えっ、あぁ…そりゃまぁ…イテテテ!」

唐突な質問に対して彼の露骨な態度を見ると八雲は目を細め、まだ喧嘩の撃たれた跡が痛々しく残る銀時の頬を抓る。

「仲直り順調?トシ。」
「お、おぉ…。ンギィ!!」

銀時の頬から指を離し振り向きながら今度は土方に同じ質問を投げかけた。
口の端をへの字に曲げスッキリしない返事を聞くと、やっぱりなと目を細め切傷の残る鼻を摘んで引っ張る。

「さっさと仲直らない人にはお預け。」

言い残すと八雲は紹介しきれなかった残りの調味料を持って台所に消えていった。
2人は八雲に摘まれた自分の傷跡を摩るが互いにアッと声を上げる。
ボンヤリとした暖かな光が傷跡に残っており鮮明だった痛みがみるみるうちに引いて行く。
調味料の件もそうだ、何だかんだと言いながらも最終的には放っておけない彼女の優しさに互いに頬が緩む。

「…悪かったよ。」
「俺も熱くなりすぎた。」

言いにくそうにそっぽ向きながら謝り合っている姿を台所の影からソッと覗いていた八雲が2つの小鉢を持って戻ってきた。

「2人ともよく出来ました。」

目の前に置かれたのは豆の甘露煮とマヨネーズ。
驚愕して銀時と土方は八雲の顔を伺う。

「煮るのに時間かかったから餡子じゃなくて甘露煮。トシのマヨは油の精製に時間が足りなかった。」

今度は完璧な物を一緒に作ろう、と八雲は笑った。

「美味い」
「美味ぇ」

彼女の笑顔につられて進んだ箸は其々置かれた小鉢の中身を掬い取り口へ運ぶ。
少し照れながら述べられた感想は一言だけだったが八雲は満足だった。
彩の増えた食卓へ共に混ざりながら今度こそ全員で夕飯の時。

『いただきまーす!』

いつにも増して会話の絶えない楽しい食卓となった。







「治らない…どうして…」

八雲は夜中、部屋で1人治癒を練習している。
練習しようと思ってやっている訳ではない、彼女自身が調味料作成中に指を切ったからだ。
ボンヤリとした光の中に切れた指を入れてみるが塞がるどころかパックリと割れ、滲んでいただけの血が溢れ出してくる。
ジクジクと痛むようにまで悪化した指を見ながら思い耽る。

「…わからーん」

匙を投げるようにベッドへ身を投げた。
今の知識量では何がいけないのか全く分からない。
最近は精霊の記述ばかりに気を取られて治療をサボっていたのもまた事実、明日は医学書を探そうと考えながら眠りについた。



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