×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



スーブニール・レクイエム


アルテール邸の手前まで駆けつけた銀時と土方は付近の植え込みの間に身を隠しながら敷地の中の様子を伺っている。
既に入江からのボートは敷地内へ入っているようで裏の桟橋へと繋がれているが、その水際はコンテナヤードから街の方まで続いており船だらけだ。

「入船がねェんだからよぉ…港のヤツら休もうぜ」

相手に見つかったって街中と同じように蹴散らして行けばいいのだが、意味のわからない“魔法”というものがいつ繰り出されるか分からない限り出来るだけ衝突は避けたい。
おまけに邸宅から港まで敷地が繋がっているということは一般市民以外にもアルテールの息のかかった者が多数出入りしている事は間違いないだろう。
銀時がメンドくさそうに顔を歪める隣で土方は小さく笑みを浮かべた。

「港が動いてんなら好都合だ」
「…何オマエ、マゾだったの?」
「違ぇーよ!アルテール邸にはコンテナが定時運搬されている」

土方の言葉に銀時はピンと来たのか港の動きに目を凝らしてみると各方面からせわしなくコンテナが一箇所に集められ始めている。

「次の定時便って何時よ」
「…あと10分もねェな」
「もっと早く言いやがれ!」

2人は慌しく植え込みの中から飛び出すとコンテナターミナルへ向かい積み荷の影へまた身を潜め短く言葉を交わす。

「荷物か、運び屋か。」
「時間がねぇ運び屋だ。」

トラクターがエンジンをふかしてやって来た。
コンテナの塊の近くで止まると2名の作業員が牽引する為の準備を行っている背後から忍び寄り、一方的に叩きのめすと作業員の身包みを剥ぎ取り乗っ取る。

「さぁて、出発。」



──。


「………痛っ!」

八雲が目を覚ますとそこは研究施設のようなシンプルな壁沿いには身の丈程の大きなビーカーのような筒型の容器が並んでいる。
培養、保存、生産、様々であったが並びの中に一際厳重を装ったものが見えた。
中身はウネウネとしており既視感に訴えかけるような物ではないソレに八雲は注視してみると、上の方に目玉のような物が付いている事に気が付き息を飲んだ。

「脳みそ…脊柱…」
「大正解♪」

突然声をかけられ慄きながら周囲を見回すと、脊髄の浮かぶ容器の裏から声の主は現れた。

「目が覚めて良かった。僕はスフル・アルテール、部下がレディに乱暴を働いたようで悪かったよ。」

ハッとして体を動かそうとすると手首に痛みが走り、後ろ手に拘束されている事に気がつき顔をしかめた。
そんな彼女の表情を楽しそうに眺めながらスフルは台の上からピョンと飛び降り八雲の側までやってくる。

「わ、私に何か…」
「お連れ様が来るのを待ってる、その間に君の力を借りようと思って。」

顎を掴まれると労わるように肌を撫で、視線を先程の大きな容器へ向けさせた。

「アレは何をしているか分かるかい?」

皆目見当もつかない。
グロテスクに見えるそれから思わず目を逸らすとその先には赤毛の女の子が無数の打たれ傷を負った状態で転がっているのに気がついた。

「あの子…」
「余所見してんじゃねーよ!!」

スフルの声色が豹変するや否や彼の膝が八雲の顔面を襲った。
衝撃のあまりに起こした上半身が後ろ向きに仰け反り背中が床に叩きつけられる。

「あぁ…ごめんね、でも君が僕から意識を逸らしたのがいけないんだよ?僕は注目されるべき人間なんだから。」

鼻の奥の方がツンとして熱く疼く。
八雲は頭をもたげるとポタリポタリと赤い雫が鼻から頬を伝い落ちる感覚に気がついた。
そんな彼女にスフルはまるで子供をあやす様な手付きで頭を撫でながら抱き起こす。

「あの子のことが気になる?なら僕が説明してあげるから意識を僕から逸らしてはダメだよ、分かった?」

肩越しに囁く彼の狂気に触れ声が出ぬまま首を縦に振り恐怖を帯びた視線を送るとスフルはニタリと笑った。

「あっ…その怯えた視線、イイ…もっと僕に向けて…」

身体をビクビクと僅かに震わせながら自らの手で首から胸、腰、足の付け根をねっとりと撫であげてゆく。
感じているのか彼のズボンには上向きに仕舞われているであろう男根が主張し始めているのに気がついた。

(へ…変態じゃん!)

恐怖のあまり頭がおかしくなりそうな八雲は泣きそうで笑い出したくなる様な変な感覚をぐっと堪える。
一方スフルは一通り一人で息を荒げたかと思うと、未だ自分に酔いながら見世物でも始めるかの様に解説を始めた。

「まずそこに転がってるのはシルヴィア・バルカローレ、君を食べようとした悪い魔女だ。」
「シルヴィア!?」

全く別人になってしまった人をシルヴィアだと言われ困惑のあまり視線をスフルから外してしまうと強烈な拳が横から飛んできた。
今度は口の中が切れたようで鉄の味が八雲の口一杯に広がる。

「そして水槽の中に居るのはラング・バルカローレ、魔法都市ポールヴィラージュの総帥、彼女のお祖父さんだった物だね。」

スフルの冷たい物言いに床に項垂れていたシルヴィアが身動いだ。

「今は意識もないけれど僕の商売を手伝ってもらっていてね、歴代でも伝説級の魔術のノウハウを僕の錬金術でスクロールに仕上げて大量生産してるってワケ。」

何を言っているのか分からないといった表情の八雲にスフルは呆れた様に説明を足す。

「驚いた、君は覚醒者の癖に何も分かってないんだな。
スクロールに仕上げるということはそれを所持し、発動させるだけで習得し得ない強力な魔術も使えるということだよ。
この強力な兵器は街だけでなく国、この世界の争いをも左右させてるんだ。」

八雲は唖然とするしかなかった。
僕天才じゃない?と自分にウットリしているスフルの奥ではシルヴィアは肩を震わせて泣いている。
その後もよく喋るスフルはバルカローレの血統の話と自分の野望を惜しげもなく語った。


船乗りを生業としてきたバルカローレの一族が海の咒を大切に受け継ぎ、街を発展させた。
やがて一族の中に咒が得意な体質の者が度々産まれ時を重ね魔術士として生計を立てるようになる。
中でも大変才能に恵まれたラングは街を魔法都市として確立させ、血縁以外からも才能を有する者を集め魔術を説いた。
その中の一人が孤児のスフルであった。
息子には全く才能が無かったが孫のシルヴィアは大変魔術に熱心だった為にスフルらと訓練に励む。

スフルは本当に優秀だった。
それとは対照的にシルヴィアはバルカローレの血統というのに大して芽が出ず、独自で得た“信仰の光”の噂を信じて祈る毎日。
年老いたラングに総帥として世代交代の影がチラつくと街の誰もがスフルの名を挙げた。
しかしラングが選んだ後継は孫娘のシルヴィアだった。



「納得いかなかったのは僕だけじゃない、街の者等も疑問だった。宗教に思い馳せて魔術の道から脱線している出来損ないに何故?」

語り続けるスフルの目には怒りが帯びている。
何をしでかすか分からない彼に八雲は黙って聞く他なかった。

「僕は有志を募って僕自身の政党を作ったんだ。そうして力を見せつけてもジジイの決定は覆らなかった。だから殺した。」

心底可笑しそうにケラケラと笑う彼は最早人の顔をしていない。

「僕はね、世の中等しく便利になればいいと思ってこの研究を始めたんだ。でもすぐに辞めたよ。
手を差し伸べた力の無い者達が、ジジイを殺した時から寄ってたかって僕を批判するんだからね。
今は批判した力を前になす術も無く右往左往する弱者が滑稽で仕方ない!」

つかつかと八雲へ歩み寄ると彼女の胸ぐらを掴み上げ自らの身体へ引き寄せると身体を擦り付ける。

「お待たせ、次は君の番だ。
その信仰の光を僕に…僕の物になれ!!」

──ドガァンッ

爆発のような爆音と共に横の壁が崩れ落ち、トラクター率いるコンテナの山が突如現れた。

「ウィーッス定時便でぇーす」
「何時ものやつお届けに参りましたァ!」

銀時が積荷の紐を切ると乱雑に積まれたコンテナはバランスを崩して研究室の中に散乱していく。
ドサクサに紛れて土方が八雲の首根っこを掴み退避するとコンテナの及ばない場所で降ろしてやる。

「おい、大丈夫か」

後ろ手に縛られた紐を解いてやると彼女の手首からは血が滲んでいた。
顔から床へポタポタと血の雫を垂らしながら首を擡げる八雲の表情を見て土方は言葉を詰まらせる。

「お前…」
「……」

目に見える程の魔力を練り込み身体に纏わせた八雲の目は瞳孔が開いたような淀みを見せていた。
背後から足音が近づいてくると土方は咄嗟に彼女を背に隠し音の主へ刃を向ける。

「随分とダイナミックな登場だなぁ…ま、稼ぎ頭のジジイの容器が壊れなくて良かったよ。」

声に反応しゆっくりと視線を上げた八雲は土方越しにスフルと目が合うや否や水飛沫を弾丸のように四方から弾き飛ばすが、足元の地面を盾のように伸ばし難を逃れていた。
間髪入れず繰り出された水龍がスフルの頭上に呼び起こし逃げ道を塞ぐが、足元の地面を錬金術で飛び出させその勢いで華麗に宙を舞い躱していく。

「水に地は流石に不利か」

身を低く地面に手を着くとスフルは呪文を唱えた。

「“Gravitation field”」
「!!」

2人の体はずっしりと重たくなり土方は片膝を付く。
瞬間地面が突き上がり爆発が起きると爆風に乗った石片が八雲を屋外へ突き飛ばし、それと同時に水の束が土方を重力の外へ押し出した。

「八雲!」
「呆気ない、…!?」

勝ち誇ったようにスフルは口を開いたが直ぐに外から水の迫るような音が轟々と聞こえる。
アルテール邸の外は直ぐ海だ。
土方は聞き覚えのあるこの音に気がつくと、シルヴィアの拘束を解いている銀時へ喚呼する。

「伏せろ!」
「!」

察知した銀時は近くにあった脊髄の浮く容器に掴まりシルヴィアを抱えた。
しかし轟音が響くだけで衝撃は来ない。
2人は恐る恐る顔を上げてみるとシャボン玉のように丸い水の膜が守るように包み込み、その外では大量の水が暴れている。
一通り暴れ終えた水は引いてゆくが水の膜は変わらずモヤモヤと波紋を広げながらその場に留まり続けていた。

「これは…」
「安心しな、アイツの力だ。」
「八雲、私は貴女を…」

シルヴィアが水膜に手を触れると幕は弾け、飛び散った水が撃たれた傷口にかかるとその箇所を即座に治療していく。

「これが…信仰の光の力なのね…」

自らが犯した愚かな手段と、かつては目指し途中で投げ出した神秘の力を目の当たりにしてシルヴィアはその場に頭を垂れた。
大波に呑まれ水に弄ばれていたスフルだったが、錬金術を駆使し脱出すると一連の様子に腹を抱えて笑い始め声を荒げた。

「おまえぇぇ!!お人好しにも程があるだろ!
コイツはおまえの生血を啜ろうとしていたのに!!!」

笑っているのか怒っているのか最早分からないスフルは錬金術で武器を作り上げると魔法を打ち込みながら特攻してくる。
魔法を躱す事に夢中になっていた八雲にはスフルの特攻まで気が回らず横から突然現れた切っ先に驚き目を見開くが、ソレを弾き返す黒い影が間に素早く入り込んできた。
銀色に輝く刀身の陰から鋭い視線が光る。

「俺がいる限り、コイツに物理が通ると思うなよ」

土方は薄く笑いスフルの粗末な武器を刀で叩き折ると怯んだ拍子に強烈な牙突で利き腕を貫いた。
そのまま壁まで追い詰め刃先を捻り傷口を抉る。

「ぐっ…!ぶ、部下を殺ったのは貴様だなっ」
「あぁ、躾のなってねー無礼な奴だったぜ」

気配を感じ土方がスフルの前から退避すると電気を帯びた鋭い水弾が降り注ぎ、着弾すると一帯に電流が迸った。
前方へ気を使いながら背後にいる八雲に目をやると息が上がっているのがよく分かる。

「おい、今俺も巻き込む気だったんじゃねーだろうな」
「トシなら…避けるから…平気だって信じてた」
「適当抜かすんじゃねーよ」

色々異議を唱えたい気分だったが、余裕のない笑顔を横目で返され今はそれで納得してやることにした。

「はっ…多分、次で最後。」
「大丈夫だ、連れて帰ってやる。」

スタミナの残量を土方に小さく告げると優しい返事が返ってきた。
ひと息つく間もなく床に残った水が小さな爆発音と共に水蒸気となって半壊の室内に充満する。
真っ白になってしまった視界の中、魔法を使わない土方や銀時にも分かるくらい大きな魔力の揺れを感じた。
咄嗟に八雲は霧状になった細かな水に魔力を流し込むとその範囲をどんどんと拡大させてゆきソナーの要領でスフルの動きを掴む。

「魔法は囮」
「来るか」

八雲は刀を構える土方に手で制止すると自身の魔力を手足に溜めていく。

「私がやる。」

水蒸気を割って飛んできたのは瓦礫を使って造り上げた石の矢だった。
溜めた魔力によって怪力化している八雲はそれらを一つ一つ叩き潰すと、飛んできた方向とは逆に数歩前に出た。
魔力を張り巡らせた範囲の中では相手の動きが手に取るように分かる。
煙った視界から飛び出てきたスフルは予想よりも近くに待ち構えている八雲に驚く。

「なっ…に…」
「私、近接だって出来るの。」

掌の付け根を相手の鳩尾に全身の重心ごと叩き込む。
信仰の光によって強化されたその力は現実では考えられないような怪力となって彼の体を軽々と屋敷の壁へ突き飛ばし勢いのままめり込ませていった。
今の一撃で全魔力を使い切り足も腰もガクガクと震え、初っ端に蹴られた傷まで開いたのか改めて鼻血まで垂れてくる始末に八雲は少しだけ情けない気持ちに苛まれる。
フラリと力なく倒れかけると背後から抱きとめられた。

「…っ…はっ…」

手の主が分かると震える手で身体に回された彼の腕に触れ、彼もまた八雲の顔を流れる血を拭いながら労わる。

「遅くなって悪かった。」
「ごめん…力、使った…」
「あぁ。」

何か言おうと開いた唇を彼のものが優しく塞ぎ、そのまま舌をねじ込むと土方の口内に鉄の味が広がった。
怪我を負わされた事に苛立ちながら傷口を探り当てると溢れ出る血液を遮るように彼の温かな舌がそこを押さえ舐めとる。

「よく生きててくれた、今はここまでだ。」

八雲の下唇を自らの唇で優しく吸い上げ、その感触に彼女が身を震わせたことを確認するとゆっくりと唇を解放し鋭い視線を煙の中のスフルへ向ける。
視界を曇らせていた水蒸気が晴れてくると肋骨が折れているのか、向かいの壁でヒューヒューと喉を鳴らし血を吐き出しているスフルの姿がそれぞれの目に入った。

「ひゅ…ゴフッ……」
「スフル…」

銀時の手によって解放されたシルヴィアは小さく名前を呼ぶと彼に近づき目の前に立ちはだかる。
スフルは何か言いたそうに唇を動かしているが空気が漏れるだけで最早何も聞き取れない。

「…私ね、貴方の支えになりたかった。
お爺様は貴方の力を本当によく褒めていて、この街に留めるのは惜しいと言っていたの。」

シルヴィアは懐かしそうに目を細めて語る。

「才能の無い私が貴方の力になるには光にすがるしかなかった…でもそれがスフルにとって目障りであったこと、謝る。」

彼女の言葉に反応してか苦々しげに顔を歪めたスフルは気管支へ入り込んだ血液を2回吐き出した。

「 でもスフル、貴方の選んだ道は人の道に反する。
この街の長として私が責任を持って貴方を裁きます。」

彼の頭に手を乗せると目を見つめたままシルヴィアは唱える。

「“血よ沸け 肉よ裂き踊れ” 。…苦しんで死んで。」

スフルは自ら瞼をゆっくりと閉じ瞳から一粒の涙を流した。
呪いの言霊を送ると灼熱のような熱さが彼の体内を駆け巡り、しばらく苦しんだ後に内側から破裂するようにして生き絶えていった。

「……シルヴィア、」

目の前で肉体が弾け飛び血飛沫を浴びるシルヴィアの表情は見えなかった。
駆け寄ろうと身動いだ八雲に銀時は手のひらで制止を促す。

「そっとしといてやりな、オマエが行ったところで今のアイツにとって何の救いにもなりゃしねぇんだ。
…最も、歩けたもんじゃなさそうだがな。」

シルヴィアの後ろ姿を見つめながら銀時は言葉を投げかけた。
八雲は己の無力さを痛感しながら土方の腕を離れ地面にへたり込むと、小さな声で歌う。

《── Kyrie eleison.》

同じ言葉を繰り返し心のままに音階を繋ぐと、やがてそれは鎮魂歌となり寂しげに八雲は歌う。
溢れ出した生理的な涙が彼女の頬を流れると歌声へ光が宿り、その光は憐れむようにスフルとラングの亡骸を天に導いていった。

「おじいちゃ…約束、守れなかった…、スフル…」

嗚咽と共に溢れた涙は洪水のようにシルヴィアの瞼から流れ落ち、その雫は魂に寄り添う様に天へと登っていった。


「八雲…おいっ」

八雲もまた電源が切れた様にその場へ倒れ込み瞼を閉ざした。







[*prev] [next#]
[しおりを挟む]

[目次]
[長編top]