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一人の好士より三人の愚者


相変わらずこの土地は昼間はジリジリと陽の光に焼かれ、夜は極端に寒い。
ここへ来てから経過した時間は元の世界と同じように進んでいるのか、進んでいるのなら自分達の存在が元の世界でどうなっているのかはまだ分からない。

「なぁ皆、そろそろ里の外へ出てみるのはどうだろう。」

ある朝そう切り出したのは近藤だった。
彼は一歩引いたところからそれぞれを観察しており八雲、知佳、朱里の3人には特に注視している。
彼女らは飛躍的にこの世界のルールに順応しており、争い事関係とは別に文化的な現地人との交流手段として活躍を期待した提案だ。

「外っても目星はついてんのか?」
「それは空からの目に協力してもらおうと思ってな。」

近藤はニッと笑うと八雲の肩に乗るインコのあーくん≠ノ目を向ける。
その視線に気がつき八雲の耳朶を甘噛みし魔力を強請るとすぐに神鳥の姿になり言葉を交わす。

〈ボクは何をしたら?〉
「俺達を乗せて飛ぶ事は可能だろうか?」
〈…。生涯試したことがない。〉

そりゃそうだ、元はインコだ。
八雲は近藤とあーくんの表情を交互に伺う。
そんな彼女の視線に気が付いてあーくんも視線を落とした。

「あーくん!!!」

目が合うなり八雲は室外に向かって走りながら声をかけると、彼も分かっていたかのようにタイミングを合わせ助走を付けながら背を低く構える。
ピョンと飛び跳ねた八雲を横から掬い取るように背へ乗せ羽根を広げると大きく羽ばたき地面を蹴った。

「ぉ…おい!」

急な事に驚き追いかけるようにして外へ駆け出した近藤達だったが、止める声も虚しく既に空高く舞い上がった彼女らの姿を浮島から眺めるしかない。




「テメーは考え無しに飛び出しすぎだ!」
「声大っきいよ」

一通り空の散歩を楽しんできた八雲が浮島へ降り立つと、徐に肩を鷲掴んだ土方の怒号が飛ぶ。
対して彼女はそんな怒号にも慣れてきたのか全く気にしていない様子で耳をほじりながら他所を向いて真面目に取り合っていない。

「無事なんだから問題無し!」
「そぉいう問題じゃねぇ!」

八雲の態度に土方は更にヒートアップしてゆき、その様子に新八は呆れ顔を向けた。

「八雲さん、僕たちに染まってきてるような気がするんですけど…」
「いいじゃねーの、仲間らしくなってきた」

新八の呟きに銀時はあっけらかんと言い放つと、彼の言葉に複雑そうな顔をしながら近藤もどこか嬉しそうに笑っている。
そんなことはつゆ知らず口論の止まらない2人。

「落ちて取り返しのつかねぇ事になったらどーすんだよ!」
「空から落ちたら普通に即死でしょ!即死は回復出来ないんだから誰が行っても一緒じゃない!」
「分かってンなら尚更そうやって無理きかねぇ体質で突っ走るのヤメロって言ってんだよ!イノシシか?テメーは!」
「残念っ、私は亥年ではありません
っ!誰も干支の話はしてねぇ!」
「大丈夫、危なくなったらトシが助けてくれるんでしょ!信じてる!」
「助けるにも限度があるのを知れバカ!」

終わりの見えない口論改め漫才を余所に、近藤は可能性を証明したあーくんへ問う。

「俺達を乗せて浮島の外へ連れ出してくれないか?」
〈良いけれど、条件がある〉

羽繕いをしていた嘴を止めて近藤を正面から見つめる。

〈鈴を託した主人と共に行くのがボク達からの条件。魔力の補給は離れていても可能だけれど、主人が危機に直面した時側に居られないなら僕等にとって本末転倒だ。〉

近藤は提示された条件にやっぱりかと言いたげに腕を組んで見せた。
地上には同じ人間が住んでいるらしいが情報が少なすぎる為、あわよくば腕の立つ男だけで最初の偵察に出ようと考えていたがその案は捨てざるを得ない。
八雲は行くと二つ返事で了承するだろうが得体の知れない人種に貴重な力を持つ彼女を迂闊に晒したくないのが本音だ。
悪用しようとする連中というのはどんな世にも居ると考えるのが自然で、そんな奴らに力を悟られて付き纏われるような状況は1番避けたい。

「連れて行こう近藤さん。このイノシシ女には俺が付く。」

少々困り顔の近藤に歩み寄り、未だ不服申し立てをする八雲を片手であしらいながら土方が声を上げる。
若干不本意な呼ばれ方をして更に不満気な顔をする彼女だが、案に対しては遠足気分なのか期待の眼差しを向けた。

「全員で行くの?」
「最初は偵察になるからな…出来る限り少数がいいだろう。構成はトシ、任せていいか?」
「あぁ。」

少しだけ考えるように視線を動かすと土方は直ぐに顔を上げ周りを見回し、目当ての者を見つけると声をかけた。

「…万事屋、付き合え。」
「鬼の副長様から直接お声がかかるたぁどんな風の吹きまわしだ?」
「気ぃ進まねーが背に腹は変えられねぇ」
「ギャラ忘れんじゃねーぞ」

戦力だけなら自分が身を引き沖田を編成に入れたいところだが戦争に行く訳ではないのだ。
必要なのは腕が立ち咄嗟に冷静な判断も出来る奴。
少々お調子者でだらしのない男だが根は自分とよく似ており頭もキレる銀時を土方は認めている。

「よし、そうと決まれば直ぐに出発出来るか?こうも情報が無ぇんじゃ先の計画も立てられん。」
「分かった、距離にもよるが…大体7日を目処に戻るようにする。」

近藤の言葉に弾かれるように土方は各々へ準備するように指示を出すと、各自一旦家の中へ戻り思い思いの荷物を準備してくる。
土方は最低限の荷物と3枚の大きなマントを抱え、上には皮で保護されている小さな物が乗っている。

「竜の民製の防寒具だが身元を隠す事になるかもしれねぇ、借りて行こう。それとお前もこれくらいは身に付けとけ。」

不意に差し出された小さな物を受け取ると独特の重みを感じ、八雲が恐る恐る皮カバーを外してみれば銀色に鈍く光る小刀が陽の光を反射させながら顔を覗かせた。

「外ではなるべく能力を使うな。俺達が万が一近くに居られない時はそいつで己の身を守れ、こんな日の為に女のお前でも振れる軽いやつを選んだ。」
「ま、離れる気はねーけどな」

初めて手にする生々しい凶器を見つめ思わず押し黙る彼女を見て、銀時はぐしゃぐしゃと頭を撫でてやると視線を上げ緊張の色を含んだまま微笑んだ。
八雲は青い羽織の上から軽く帯を締め、帯留にウエストポーチを通すとその隙間に受け取ったばかりの小刀を挟み込み身支度を整えて行く。

「行商人を装う。…おい荷物どうした」
「俺ァ木刀と財布があれば十分。」

旅行客の様な大荷物も困るが軽装すぎるのも色々不都合なのだが、腰に木刀を刺しただけで支度は整ったとばかりにボサッと立っている銀時に土方はマントを1枚押し付けた。

「先輩コレ忘れてます!」
「朱里ちゃんありがと…でもどうしよ、もう荷物イッパイだよ」
「八雲の事だ、余計な物でも入れてるんでしょう。見せてみ!」

隣を見れば八雲は大荷物の中から選別が終わらず知佳、朱里に仕分けを手伝って貰いながら悪戦苦闘している。

「…こりゃ先が思いやられるな」





「それじゃ、1人1羽ね」

支度の整った3人を運ぶため八雲がチリンと召喚のベルを鳴らしインコを呼び寄せると、其々に魔力を与え神鳥化させてゆく。
3人はその背に乗ると皆に見送られながら一気に大空へと舞い上がった。

〈ゆっくり飛ぶから乗り方に慣れてね〉

ふわりふわりと雲の下へ出た八雲達は初めて見る地上を繁々と眺めている。
荒野を抜け森が広がる大地に沸き立つ期待感が抑えられない。

「あの先、何かボコボコしてる」

八雲が指差した先には森が開けた海沿いの平地に人工物の様な出っ張りが見える。
日が出ているので生活の光が灯っているかどうかまでは分からないが立ち寄ってみる価値はありそうだ。

「よし、少し遠くに降りて地上を伝って歩いて行こう。」
〈森を抜ける前に高度を下げるよ〉

木の陰に隠れるように低空飛行をしながら距離を測っていく。
目立たないように樹木のスレスレを抜けて行くと小さな泉が足元に現れた。

「ここで降りよう」

土方が提案すると3羽は静かに地上へ降りた。
小さな泉は薄暗い森の中に突然現れた幻のような不思議な情景を醸し出している。

〈僕達はここで待っているよ、下界ではこの羽が目立つんだ。〉

荷物を降ろすとインコ達は小さな姿に戻り高めの枝に身を寄せ合った。
その場に留まらなくともベルを鳴らせば何処でも召喚できるのだが、この泉から漂う守られたような空気に誘われでもしているのか留まる気持ちに納得がいく。

泉を後にした3人は人工物に向かって歩き出した。
森を抜けると小高い丘を下った先が街になっているようで、吹き上げてくる風に乗って仄かに潮の香りが漂ってくる。

「港か」
「また西洋な街並みだな。」

近付くにつれて鮮明に見えてきたツンと尖った屋根に煉瓦造りの建物。
その出で立ちは中世ヨーロッパを思わせる芸術的な街並みであった。

「すごいすごい!まるでお伽話の中みたい!」
「テメーは本の読みすぎだ。」

ポコンと頭を小突かれるが街並みに夢中で気がついていないのか、八雲は目をキラキラと輝かせながら先行して街の門をくぐる。
隠密行動など忘れキョロキョロとしている彼女の姿は完全に浮かれた田舎者だ。
呆れ顔の土方が捕まえるよりも早く荷運び中であろう街の女に声を掛けられた。

「あら…旅の方、行商かしら?ポールヴィラージュへようこそ。市場ならもう1つ向こうの通りよ。」

とても旅装束には思えない3人の格好であったが、其々が抱えた荷物とマントが遠征を想像させたのかニッコリと微笑みながら市場の方角を教えてくれた。

「市場!まだ市場開いているんですか?」
「えぇ、でももうそろそろ片付ける店も出てくる頃かしら。」
「ありがとう!急ぎます!」

クルリと振り返ると銀時と土方の手を掴みグイグイと引っ張った。

「お魚食べたい!」

しばらく陸地から離れた空高いところで生活していた為に魚介類はご無沙汰だ。
島国日本で育った八雲は沸き立つものが抑えられない。

「しょーがねーな…走るか。」
「おいフラグだぞコレ、手放すんじゃねぇぞ」
「うん!うん!急ごう!」

こういう時1人はぐれたりするのが定番だ。
そのフラグを拭い去るように八雲を真ん中に3人ギュッと手を握りあうと一目散に市場へ駆けて行った。

「…賑やかな人達、兄弟かしら。」

後ろ姿を見送りフフッと女は笑うと仕事に戻るのだった。




「そのスープください!!」

新鮮な魚介類を売る市場の一角に一際良い香りの漂う出店の並びがあった。
八雲は足早に駆け寄ると物の確認すらせずに注文すると店主に向かって金貨を差し出した。

「…オイ、普通まずその金貨が使えるか確認してから買わね?」
「あっそうか…」
「金貨ぁ?嬢ちゃん、銅貨か…せめて銀貨ないかね。金貨じゃ釣りが足りないぜ。」

使えるっぽいぞ!と3人で目配せすると銅貨3枚を取り出しスープと交換する。
香りで分かる朱色のトロンとした液体を八雲が一口啜る。

「やっぱり、ビスクだ!」
「美味いのか?」
「うん、私好きなんだよねー」

ハイ、と手渡されたボウルを代わる代わる味わっていく。

「美味っ」
「ちょっと、一口だけだよ」
「じゃ俺も一口」
「こら咀嚼を何度もするんじゃない!」

各自で買えばこんな争いは起きないと分かっているのに、なんだか取り合っている時間が楽しく思えてしまう。
港の料理に舌鼓をうった一行はブラブラと街を散策する。

「流石は港街だな、物量が半端ねェ」
「こりゃ情報を厳選するのも時間かかるな」

土方はタバコに火を点けると深く息を吐いた。
この世界の理、人の作る流れ、異世界の情報、学ぶには申し分ない規模の街だ。
その分虚偽の情報に埋もれる誠を自分達でふるいにかけていかなければならないが、果たしてどのくらいの時間が必要になるか。
タバコを咥えたまま腕を組み視線を八雲へ向けると、彼女もまたこちらを見て質問を投げかけてきた。

「そういえば目安は7日って言ってたけど、実際どのくらい滞在する予定なの?」
「丁度今それを考えてた。…お前次第なんだよな。」
「え?」




「よ、読みにくい…」

3人は街の書店に居座り店頭で堂々の立ち読である。
八雲の眉間には珍しく深い皺が寄っていた。

「しかもこれ童話?文献じゃない気がする。」

パタンと閉じた皮張りの本の表紙からは国の言葉で“別の世界”という意味だけ読み取れる。
メンバーの中では1番語学には強いが、特別達者という訳ではない八雲は独特な異世界の言い回しにかなり惑わされている様子だった。
頼りの単語でタイトルに目星をつけて読み始めると、実はただの空想物語だったなんていうのがさっきから3冊続いている。

「…お客さん、買わないのかい?冷やかしはゴメンだぜ。」

予定よりも長く立ち読みしてしまったせいで渋い顔をした店主が直接文句を言いに来た。
そそくさと店から逃げ出すと今度は八雲が難しい顔をする番だ。

「…これは…メッチャ時間かかる。」
「里では同じ世界の言葉で、しかも“文献”だけが集まってたんだろ、一筋縄ではいくめーよ。」

八雲の眉間の皺を指で伸ばしながら銀時は言う。
俗世間とはそういうものだ、と分かってはいたがこんな形で壁となって立ちはだかるとは思ってもみなかった。

「俺たちが手伝えるとまた話は変わるんだろうが…。言語の頼りはお前だけだ、すまねぇな。」

土方に申し訳なさそうにフワリと頭を撫でられ、その表情に八雲も視線で“大丈夫”と返す。

「取り敢えず宿を探そう、頻繁に街を出入りして怪しまれてもやりにくい。」
「そうだな。そこの街の出入口、これまでに荷運びの馬車しか通過してねぇ。」

周りを見回しながら宿のありそうな立地に目星をつけて歩き出した。
街中に歩行者は沢山いるのだが、街と外を結ぶ門を徒歩でくぐる者は殆ど居ないようだった。
視線を遠くに周りを見回しても日本のように建物が密集しているわけではなく、森や牧場のような丘が続いているだけで隣街へはとても徒歩で移動するような距離ではないのだろうと感じさせる。

散策しながら見つけた宿に連泊の申し込みをし部屋に入ると3人共早速足を投げ出した。

「いやー石畳は疲れる」
「結構歩いちまったしな」
「もう足パンパンだよ

八雲はいち早くベッドにうつ伏せで倒れ込みながら左右でそれぞれ項垂れている男達の膝に手を伸ばした。
まずは土方に触れると瞑想し力を循環させ足の疲れが早く取れるようまじないをかける。

「ホントにこの力便利ー。これも治癒か?」
「これは治癒じゃなくて自身の自然治癒力を促進させてるの。便利なだけで魔法みたいに万能じゃないみたいだけどね」

じわじわとダルさが引いていくのを感じながら土方は感心したように褒めてやると八雲は肩を竦め謙遜した。
続けて銀時の方へ手を伸ばし同じ様に瞑想する。

「これはオメー自身にもかけられるのか?」
「…わかんない」

治癒魔法をかけた時を思い出し八雲は居心地が悪そうに視線を泳がせた。
あれ以来すっかり自分に対して力を使うのが怖くなっているようで研究も滞りがちになっているのは2人とも知っている。
銀時は自分の足の足の回復が終わると投げ出された彼女の足首を持ち、自分の膝の上に乗せ脹脛を優しく掌で包み込んでみせた。

「一緒に居てやるから、やってみな」
「……うん…」

治癒を使った時は皮膚に切り傷が現れたが、今回は循環の促進。
呪いの影響で突然血管が爆ぜたりするかもしれないと思うと到底乗り気にはならないが、彼女自身も怖がってばかりでは駄目だということは分かっている。
恐る恐る膝に手を乗せて循環の魔法を自分の体内に流し込んでいった。

「………」
「どうよ?」
「…あったかい」

血行が良くなってきたのか足がポカポカしてくる。
どうやら身体の自然治癒力を伸ばす分には呪いに引っかからないらしい。

「やるじゃねーの、呪いの穴を突くことに成功したぜ?」
「ふふっ…なんだか悪い事してるみたいで可笑しい。付き合ってくれてありがとう」
「呪いってやつも案外マヌケなもんだな」

銀時の変に前向きな言い回しに3人揃ってクスクスと笑う。
照れ臭そうに八雲は足を引っ込めるとそのまま後ろに倒れこみ、ぐっと伸びをした。

「まだ昼過ぎかぁ、まだ散策行くよね?」
「待ちな。お前その靴擦れ痛ぇだろ、今日は休んだらどうだ。」

少し前から八雲の歩き方が変だったことに土方は気がついていた。
銀時も彼の提案を珍しく後押しする。

「俺甘いもん食いてーから物色がてら本読めそうな所も探してきてやんよ。」
「どうしたの…普段意見なんか合わないのに。揃って超優しい」

ビックリ顔の八雲に銀時はニヤリと笑って見せる。

「これからお前を酷使するからな、今日だけだぜ。」
「えぇー、毎日を希望する!私頑張るから、だからさ…」

思えば移動に使ったインコの巨大化から精神エネルギーを使いっぱなしで疲れていたのだろう、少し静かにしてやると喋りながらも八雲の瞼が自然と閉じていく。
やがて小さな寝息を立て始めたのを確認すると同時に互いの顔を見合わせながら彼女に毛布をかけてやる。

「この街に入ってからどうにもイヤな視線を感じる。」
「何処にでも地区を牛耳るヤクザみてぇなのは居るだろ。悪なら斬るまでだ。」
「テメーは相変わらず物騒でいけねぇや」

音を立てないように2人は立ち上がるとマントを手に静かに部屋を出た。


──。


「………アレ?」

いつのまにか寝てしまった事に気がつき部屋で1人八雲は体を起こした。
静かな部屋を見回すが土方も銀時も居ないようだ。
自分はどの位寝てしまったのか、窓を開けて外を見ると夕焼けの赤い空が広がっていた。

「2人共どこ行っちゃったんだろ…あっ」

目の前の通りを朝声をかけてきた街の女が足早に歩いて行く。
大分朝早くから働いている風だったのに夕方も元気だなぁと八雲は彼女の行き先を目で追っていると、少し奥まった建物に入って行った。
目を凝らしてみると外の古ぼけた札には"Livres"と掠れた文字で書かれているのが辛うじて読み取れた。

「んー……“書物”?」

気がつけば無意識に体が動き出し手ぶらで宿を飛び出し、その建物へと向かっていた。


──ギィ…。
古びた建物の薄暗い階段を下った先には木の扉がある。
押してみると軋みながら開き、中からは埃臭いインクの匂いが漂ってきた。

「…どなた?」
「あっ、ごめんなさい勝手に入って…」
「あら…アナタ朝の?」

来客が意外だったのか警戒を漂わせる表情を向けた彼女は八雲の顔を見るなり驚いた顔に変わった。
腕には本や原稿用紙などを抱えている。

「ここは本屋ですか?」
「ん……正しくは"だった"んだけど…。
取り敢えず中へどうぞ、お茶を淹れるわ。」

進められるまま中へと足を踏み入れると街中のような陽気なランプ等はなく、蝋燭を灯した質素な作りの部屋だった。
壁は本棚に囲まれており、収まり切らなかった本が床にも平積みにされている。
扉を開いた瞬間から分かっていた事だがとても埃っぽく床には白い筋のようになったものがそこら中に引かれていた。

「ごめんなさいね、汚い部屋で。」

テーブルに紅茶を入れたカップを置きながら彼女は申し訳なさそうに微笑んだ。

「こちらこそごめんなさい。私は八雲、お気付きの通り街で行商を行いに来た旅人一行の妹です。」
「よろしく八雲、私はシルヴィよ。ここは私の祖父が営んでいた古本屋の跡地、今は私の勉強部屋なの。」

紅茶を飲みながら互いの話を語り出す。
八雲は自身等の事を“兄の行商にド田舎から付いてきた世間知らずの妹”という設定で目的を話し出した。

「アナタこのご時世に魔術を学びたいの?」
「そう!兄さん達の役に立ちたくて、精霊様の事も学びたいの。」
「精霊…“信仰の光”はお伽話よ。」

確信的な単語に早速やらかしたかとドキリと八雲の心臓が跳ね、同時に信仰の光つながり以外で精霊を頼るのはレアケースなのだと知った。
この話題になった途端明るい表情だったシルヴィの顔には瞬間的な影が落ち込む。

「黒魔術こそ現実的で最強、学んだ者を裏切らないわ。…ただ今この街では魔女狩りが水面下で進められているようだから八雲も気をつけて。」
「魔女狩り…誰がそんな事しているの?」
「港の貿易を牛耳ってるマフィアよ。穏健派だった先代が亡くなってからというもの街の行政にまで手を出して…」

苦々しい顔をしながら頬杖をつきシルヴィは話を続ける。

「古くから魔術の栄えるこの街の魔術師に反乱でも起こされたら手を焼くものね、私がマフィアならきっと同じ事をするわ。」
「ポールヴィラージュって魔法使いの街なの!?」
「えっ、そうよ……まさかそんな事も知らないで此処へ来たの?」

再度しまった、と思いながらも八雲はワザと芋くさそうな表情をして照れてみる。
シルヴィはそんな彼女を見て呆れながら小さく笑った。

「とんでもない田舎から出て来たものね…」


───。


田舎者扱いされたが互いに違う理論に基づく魔術師、つい研究話が弾んでしまい勉強部屋を出る頃にはとっぷりと夜も更けていた。

昼間の活気とは変わってシンと静まり返る知らない街に少し恐怖心が芽生えたが宿はすぐそこなので大した問題ではない。
小走りで宿に戻り部屋の扉を開けようと手を伸ばした瞬間勢いよく開き、空を切った八雲の手首は険しい顔をした土方に握られる。

「…テメェ、今何時だと思っていやがる」
「ト…トシ…、帰ってたんだ…」

咥えているタバコのフィルター部分が噛みすぎでヨレヨレだ、これは大分動揺してる時か怒ってる時。
そんな事を考えていたら胸の襟合わせ部分をむんずと掴まれ部屋の中へ乱暴に引きずり込まれた。
ボスンとベッドの上に降ろされるとジリジリと間を詰められながら事情聴取の時間だ。

「女が夜中1人でほっつき歩くのがどれだけ危ねぇ事だか分かってんのか?」
「すみません…気がついたら夜で…」
「ハァ……で、何処行ってた?」

昼寝から目覚めての一部始終を素直に白状すると土方は2度目の深い溜息と一緒に紫煙を吐き出した。

「まず、そうやって怪しげな所だと分かってんのに1人で出向くな。」
「はい…」
「少し親切にされたからって100%他人を信じるな。そいつが密売人で万が一取引現場だったりすりゃお前は今頃ヒデェ目にあってるだろうよ。」
「……仰る通りです…」
「いい加減ココがテメーらみてぇな平和な世界とは違う事を自覚しやがれ。」

今回は自分が迂闊だったと認めている八雲はションボリと土方の説教を受け入れる。
銀時は寝てるのか起きてるのか分からない格好でベッドに横たわり背を向けていた。

「明日は部屋で謹慎してろ。」
「……術の研究の話と…この土地の魔術を知りたいって話したら滞在中は部屋の資料読みにおいでって言われて…行きたい、です。」

謹慎を言い渡されたにも関わらずこんな申し出をするのは躊躇われるが願ってもない好条件な為八雲は気まずそうに口を開く。
昼間のような手当たり次第の捜索よりも正直捗りそうな提案なだけに、迂闊が招いた結果という点が気に入らず許可しかねている土方。
そんな彼を見兼ねてか今まで動かなかった銀時が横槍を入れる。

「人目に付かなそうな古本屋だろ、いいじゃねーか使えるもん使わせてもらえりゃよ」

土方はギロリと含みのある視線を銀時に送るが、ゴロリと寝返りを打って寝あぐらをかくと更に続けた。

「んなに心配なら明日から俺が付いて行けば解決すんだろ。それともテメーが1人じゃ不服か?」
「……、勝手にしろ。」
「……」

言葉を吐き捨てた土方は窓を開けると夜風に当たりながら残りのタバコを味わうように吸い始めた。
そんな彼の後ろ姿を見て自分が怒られるだけに留まらず、何となく部屋の中の雰囲気を悪くしてしまった罪悪感からか情けない顔をしている八雲。

「…俺もヤローも帰ったら八雲の姿が見えなくてよ、手掛かりもねーし待てども戻らねェから心配してたんだ。」
「…本当にごめんなさい。」

2人に向かって深く頭を下げた。
別に心配だっただけで誰も怒っちゃいないのに、本気でしょげた顔をしている。
反省しているならそれで良し、とばかりに彼女の口に棒状の物が不意に突っ込まれた。

「っふぁんぐ…!?」
「晩飯食ってねーんだろ、俺の夜食用だけどよぉー仕方ねぇからやるわ。」

一口噛んでみるとサクッとした食感の後にチョコとカスタードクリームの濃厚な甘さが口一杯に広がる、甘い香りのするこの棒はエクレアのようだ。
寂しくなった心が少しだけ和らいだ気がした。

「おいひい…ありがほ、ぎんちぁん。」
「口に物入れたまま喋っちゃいけませーん」
「…それ食ったら寝るぞ。」

土方も伸びをしながら輪に戻ってきた。
八雲の顔は安堵から少しだけ綻び、残りのエクレアを大きな口で頬張る。
そんな彼女を横から眺めていた銀時もまた頬が緩むのだった。





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