乙女ゲーム | ナノ

オニラの憂鬱



──先輩!


───設楽先輩!



───何だよ


───私、結婚するんです



───は?


───今までありがとうございました!


───お、おいっ!まっ…


───さようなら




「待てっ!!」



目を開き、手を伸ばすと、そこには俺の部屋の天井があった
変な汗までかいている
はぁ、とため息をつき腕を下ろす
嫌な夢を見たものだ
最近あいつのことばかり考えていたせいだろうか
まさか夢にまで彼女が登場してくるとは…

留学して一年。
俺は再び一番高い表彰台に上がるため、ピアノを弾き続ける日々を送っていた
日本には半年ほど前の夏休みに帰ったきり、一度も帰国はしていない
俺が決めたことだし、やりたいことだったから後悔はしていない
ただ、不満はあった

「……」

日本にいる愛しい、はずの人

彼女に会えないのは堪える
本人には死んでもいえないが、会いたいとは思っていた
いっそジェット機をチャーターでもしてやろうか

俺はヤケになっていた


「何やってるだアイツは」


留学前は毎日メールします!とか電話出てくださいね?とか言ってたくせに
最近は全くと言っていい程に連絡がない
アイツに限って浮気…はないだろうから
もしかして…体調でも崩したのか?
いや、何かあったらお節介な紺野が側にいるんだ。頼む前に真っ先に連絡してくることだろう

「…あ、紅茶切らしてたのか」

イライラする出来事が続く
今日はレッスンもなく、穏やかに過ごせる予定だったのだが…
全てはあの夢のせいだ

夢の中で彼女は白いドレスを着ていた
純白のウェディングドレス
髪は後ろでまとめていて、薄く化粧をし、大人の女性になっていた
問題は腕を組んでいたのが彼氏である俺ではないことだ
夢では誰だったか…

ルカ?いやコウか?…紺野か?

ダメだ。心当たりがありすぎて見当もつかない
アイツは俺と違って人付き合いはうまかったから男女の友人が多かった
ルカたちとは幼なじみだと言っていた気がするな
そして紺野は同じ大学の先輩だとも言っていた…



プルルルル…



電話をかけるが、やっぱり出なかった
まぁ出たとしても用もなく何て言えばいいなわからないから困るだけなんだが…

どうしてこんなに不安になるんだ


「…くそ、仕方ないか」


プルルルル…


「はい、もしもし。紺野です」
「ききたいことがある」
「なんだ設楽かぁ。久しぶりなんだから挨拶くらいしてもいいんじゃないか」
「うるさい」
「はは、それでこそ設楽だ。で、用件はなんだい?」
「コハル、近くにいないか」
「いないけど、美空さんなら今一大イベントのために必死になってるところじゃないかなぁ」

イベント?
まさか結婚式とか言わないよな…

「イベント?」
「あ!設楽には詳しくは言えないんだ。彼女に秘密にしてくれって頼まれたからね」

秘密…?
俺には話せずに紺野には言えることなのか

「今日は…うん。もうすぐかな。設楽」
「…なんだ。まだあるのか」
「電話したのはそっちじゃないか。今日は何の日だか知ってるかい?」
「……今日?知らないな。お前の誕生日なのか」
「全然違うよ。ま、そのうちわかるさ。またな」
「あ、あぁ」

正直紺野の会話はあまり頭に入ってこなかった
イベント?
秘密?
何のことだ


───私、結婚するんです

夢の中の彼女が言う

───さようなら



ピンポーン♪


誰か訪ねて来たようだ
今は忙しいから無視していたら、ベルが次第にうるさくなる

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン


「あぁ!もう!わかったよ!」


出ればいいんだろ!
これで新聞の勧誘だったらタダじゃおかないからな!


ガチャ…


扉を開く




「もう!いるなら早く開けてくださいよ!」



「……」
「いた!ほっぺつねらないでください!」
「北欧の幽霊か何かか?」
「違いますよ!私ですよ私。もう、忘れちゃったなんて言わせませんから」

「…お久しぶりです。設楽先輩」
「……っ!」

何かが体の中から込み上げてきて、気づいたら俺は彼女を抱きしめていた
夢じゃないのか、これは

「ふふ、苦しいですよ。先輩」

夢だったら俺は神を恨むぞ

「お元気そうで何よりです」

夢じゃないんだよな?


「先輩!」
「あ、あぁ、なんだ」
「あの、急に押しかけておいて申し訳ないんですが。寒いので中に入れてもらってもいいですか?」



俺は彼女の荷物を片手に、部屋に招き入れた
まだ夢じゃないかと疑う自分がいるが…

「お前、イベントで忙しいんじゃなかったのか」
「…イベント?紺野先輩から聞いたんですか?実行委員の仕事はみんな終わらせてきたので大丈夫です」
「実行委員?」
「今年から文化祭実行委員やってるんです。最近忙しくて…」
「じゃあ秘密がどうとかってやつは…」
「紺野先輩に設楽先輩に会いにいきたいって言ったら、先輩には秘密にしておけって。びっくりしました?」

びっくりどころか心配したわ馬鹿

「なんだよそれ…」

ひとりで悩んでた俺が馬鹿みたいだ
ということは、こいつから連絡が途絶えたのは仕事が忙しかったからなのか
なんだよ。結婚とか勝手に考えてただけ…どこまで恥ずかしいやつなんだ俺は

「先輩先輩」
「…なんだ」
「ハッピーバレンタイン、ですよ?」


目の前に差し出されたのは、ハート型の箱
カードに設楽先輩へ、と書かれている
まて、バレンタイン?
そうか…今日は2月14日
日本は今バレンタインの真っ最中というわけだ

「そんな時期か。海外にはバレンタインがないから気づかなかった」
「そんな時期かって…わざわざ持ってきたのに」
「喜んで欲しいのか?この俺に」
「まぁ期待はしていませんでしたけど」

「…!」

拗ねて横を向く彼女を再び抱き寄せる

「別に、お前だけでも嬉しかったけどな」
「…え?」
「だから!お前に会えただけで嬉しいってことだ!察しろ!」
「…ふふ」
「…笑うな」
「だって設楽先輩なんですもん」

抱き寄せた頭がすりよってくる
どんな小動物だコイツは

「俺はずっと設楽だ」
「私もずっと私のままです」
「…お前は違うだろ」
「…へ?私?」
「わからなきゃいい」

こんな時は鈍感で助かる
心配の種でもあるが…

「…来てくれてありがとう」



チュッ


───いつか、君に設楽の名を渡すその時まで





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