乙女ゲーム | ナノ

もうひとりの恋人

「お、お邪魔します!!」
「そんなに緊張しなくても、誰もいませんよ?私たち以外」
「だから緊張するんじゃないか!」

今日は八月を過ぎてから初めてのデート
外の世界にまだ不安があるらしいウキョウさんは嫌がったけれど、私の部屋でお家デートはOKしてくれた
久しぶりの二人での休日だ
一緒にゆっくりできるといいな

「やっぱり綺麗にしてるんだね。アイツは残念がるかも」
「ふふ!そうかな?」

アイツとはもう1人のウキョウさん
普段のウキョウさんは掃除が苦手なんだけど、もう1人の人は得意みたい
彼とはいろいろあったけど、和解できたみたいで嬉しいな

「紅茶にする?コーヒーにする?」
「じゃあたまには紅茶で。砂糖はいらないよ」
「はーい」

お店以外でウキョウさんにお茶をだすのは初めてだ
今日のために買った特別なティーカップに紅茶を注ぐ
私が好きなアールグレイを用意してみた

「お待ちどうさまです」
「ありがとう」
「珍しいですね、ウキョウさんが紅茶なんて」

いつも店で注文するのはブラックコーヒーだ
大人の男性はやっぱり好きなのかな…
私も飲めるようになりたいけど、なかなか難しい

「せっかく君の部屋に招待されたんだし、いつもとは違う雰囲気を味わいたくてね。これ美味しいね」
「ふふ、ありがとう。私の好きな銘柄なの」
「そっか、じゃあ俺の家にも用意しておくよ。君がいつでも来られるように」
「う、うん」

さらっと恥ずかしいことを言えるのも…大人の魅力、なんだよね
本人からしたら何ともないんだろうけど

「こういう時ってDVDとか見るってきいたから何枚か持ってきたんだ」
「わぁ!いっぱいあるね」
「結構アングルとか参考になるから、ついつい買っちゃうんだ」
「あ!これ見たいな」

吸血鬼と人間のラブストーリー
種族の垣根を越えて惹かれあう2人
狼男との三角関係に揺れ動く主人公
前に見たくても見れなかった作品だ
原作の小説は全て読破している

「やっぱりね。君ならこれを選ぶと思ったよ」
「何でわかったの?」
「前にサワちゃんたちと話題にしてたのをきいたんだ。一緒に見ようか」

ディスクを入れて映画が始まる
私たちは肩を並べてベットに寄りかかって一緒に見た
何度か指が触れそうになって、ときどき集中できない場面もあったけど、なんとか見終わることができた

「衝撃的だったね」
「うん、面白かった」
「良かった。あれ、もう夕食の時間だね。どこか食べに行こうか」
「大丈夫。材料買ってあるから私が作るよ」
「まさか君の手料理!?うわぁ、嬉しいなぁ」

あの八月を過ぎてから、一緒に笑ったり話したりできることが素直に嬉しい
大変な一ヶ月だったけど、私たちはかけがえのないものを得た

「ハンバーグなんだけど…」
「いいね。俺好きなんだ」
「ちょっと待っててね」
「うん」

私はエプロンをつけて、キッチンに向かった
冷蔵庫から材料を取り出して料理にとりかかる

「(せっかくの機会だし、頑張って美味しくつくらなきゃ)」

玉ねぎを細かく刻んで、常温にしたひき肉と混ぜる
ちょっと高い卵にキメの細かいパン粉も混ぜる
食べてくれる人が待っててくれると作りがいがあるなぁ

「おい、混ぜすぎだ」
「へ…?」
「もう混ぜんな。焼け」
「ううう、ウキョウさん!?」

背後に立っていたのは雰囲気の違うもうひとりのウキョウさん
腕を組んでじっとボウルの中を見つめている

「あと牛乳入れてねえだろ。さっさと入れろ」
「そ、そうだった」

慌てて冷蔵庫から牛乳を取り出して、少量ボウルに加える
ちょっと急ぎすぎちゃってたみたいだ
もう一度優しくこねて混ぜる

「おい」
「はい!」
「…フライパン、温めておけ」
「……」

この人、もしかして私より料理に慣れているんじゃないだろうか
さっきから細かいところによく気がついてくれる

「あ、あの…」
「なんだ」
「これ、どうぞ…」

私が手渡したのは、ひよこ柄のエプロンだった




「片面は中火で、もう片面は弱火?」
「裏返したら少量の水を加えて少し蒸せ」
「ふむふむ…」

私はメモを片手に彼の横に立っていた
エプロンを巻いたウキョウさんは手際よくハンバーグを焼いていく
あるく料理本みたいな人だな…

「おい、フタ」
「はい!」

じゅーっとする音をフライパンに閉じ込める
あとは数分待つだけのようだ
よかった、美味しくできそう

「あのー」
「……」
「どうして入れ替わったんですか?」
「お前が料理に失敗する様子を笑うためだよ」
「…アドバイスありがとうございます」
「……」

言ってることとやってることが矛盾してるけど…
要するに私を心配してくれたみたいだ
ドジを踏むことが多い私だから、心配されちゃうのも仕方ない

「あの、一緒にハンバーグ食べましょう」
「はぁ?あいつはどうするんだよ」
「大丈夫です!三つ作ったので!」

せっかくこうして一緒にいるんだし、やっぱり食べてもらいたい

「…仕方ねえな」
「ふふ、ありがとう」

ちょっと迷ったみたいだけど一緒に食べてくれるみたい
盛りつけも一緒にして、ご飯もよそってくれた
テーブルに並べると、いつもの数倍みごとな食卓のできあがりだ

「いただきます」
「…いただきます」

ドキドキしながらハンバーグを口に運ぶ
口の中に広がる味に、私は思わず笑顔がこぼれる
いつもと同じ材料なのに全然味が違う!

「ぶっ!」
「…?」
「お前笑いすぎだ、顔がブサイクになってるぞ」
「えっ!でも美味しいんだもの」
「まぁまぁだな」
「ウキョウさん料理上手なんだね。美味しい〜」

二人で食べているってこともあるだろうけど、美味しい
今日のことを参考に、後日もう一度作ってみようかな

「あいつは家事全般がダメだからな。俺がやらねえと家が廃墟になる」
「ふふ、上手くいってるみたいだね」

最初は敵対していた二人も今は一人の人間として生活している
二人とも私の大好きな人だから、私にとっても嬉しい

「…お前、いいのかよ」
「何が?」
「俺に早く交代しろって言わなくて」
「いつもはなかなか貴方と話せないから、いい機会だと思って」
「いい機会だと?」
「あなたに言いたいことがあるの」

私はいつも思っていた
愛する人が私のために一生懸命頑張ってくれたこと
私の幸せをいつも願ってくれたこと
それがどんなに嬉しくて、私が感謝しているか


「…ありがとう、私は今幸せです」


この一言をあなたに伝えたかった
私がどんなに幸せか、知ってもらいたい

「……っ」

彼は目を見開いて固まってしまった

「あの…」




「んっ!」


突然口を塞がれた
彼の暖かい唇で

「次、会ったとき覚えとけよ」

そう言って彼は入れ替わってしまった
キスしたときの彼の顔、真っ赤なトマトみたいだった
照れてたのかな…

「あれっ!ねえ、俺何かしてた!?」
「ううん、一緒にご飯食べただけだよ」
「そっか、あいつ何だか黙って何も話さないみたいだ」
「照れてるんだよ…きっと」
「照れてる??」


私の唇には、まだ温もりが残っていた


―――――ありがとう


入れ替わる前、そう彼の唇が動いたこと
ずっと私は忘れないだろう



prev / next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -