Before Valentine day


「…はぁ」
「どうしたんじゃ美空、ため息なんかついて」

ある日の放課後、部室を掃除しながら私はため息をついていた。真田くんの目を盗んでやってきたらしい仁王くんは、うつむく私を覗き込んだ。

「…何やってるの。練習しなきゃ駄目でしょ」
「気になって練習できん。何かあったのか?」

ほうきを片手に、チラッと仁王くんをみる。心配しているというより、興味津々といった表情をしている。というかニヤニヤしている。このまま引き下がるとは思えないし、少し話してみることにする


「さっきね、柳くんに甘いもの好き?ってきいたら」

──和菓子は好きだな。

「って」
「柳は真田に次ぐじいさんキャラだからな」

「手作りの和菓子って…無理じゃない?」


明日は年に一度の決戦の日
全国の女子が男子に思いを伝える日

そう、明日はバレンタインデーだ


「つまり、お前さんは柳にチョコを渡したいが、奴はチョコより和菓子派。そんなもん作れるか!ってことだな」
「…はい」

確かにチョコを食べてる柳くんより、和菓子を丁寧に食べてる柳くんのが美しいしカッコイいけど。でも凡人の女子高生に和菓子はハードルが高いといいますか…

「何でもっと早く聞いとかなかったんじゃ」
「だ、だって…恥ずかしい///」
「チョコを渡す時の方が恥ずかしいと思うけどな」
「…おっしゃるとーりです」

真田くんや幸村くんに聞くって手もあったけど、勘の鋭い柳くんのことだからすぐ気づかれそうで…。
去年はマネージャーの仕事が大変でチョコを渡す余裕なんかなかったけど、今年は大丈夫そうだったのにな。

「ま、頑張りんしゃい。余ったら俺が貰っちゃるき」

ポンと頭に手を置いて、彼は部室から出て行ってしまった。何だかちょと残念な自分がいる。いつもはもうちょっとお話ししてくれるんだけど


バタンッ!!


「仁王ぉおおおおーーっ!」

「ひぃ!」

静かになった部屋に真田くんの怒号が響く。まさに鬼の形相である。は、般若!?

「美空!仁王はどこだぁ!」
「ささ、さっき出て行きました」
「くそ!あの阿呆、絶対に許さん!!」

バタンッ!!

嵐が過ぎ去ったみたいだ…。赤也くんでもなかなかあそこまで怒らないでしょうに

「に、仁王くんは一体何を…」



「真田の宿題をすべて消しゴムで消したらしい」
「はぁ。何でそんなことを」
「さぁな」
「さぁなって…、…?…」

振り返ると立海大のジャージ姿。恐る恐る首を上に上げていくと、キラリと光る黒い瞳が私を見つめていた

「やっ!?やややや」
「まぁ、仁王のイタズラに理由があるかは調べてみたいところだな」
「柳くん!?」
「なんだ」
「いつからそこに!」
「弦一郎と一緒に入ってきたが」
「……(気づかなかった)」

私としたことが!そもそも真田くんの印象が強すぎるのが問題なんじゃないのか…って
ちょっと待って、今この部室に私と柳くん2人っきりじゃない…?みるみる体温が上がっていくのがわかる。心臓もドキドキしっぱなしだ…

「……」

これはあれだ!チャンスだ!柳くんにバレンタインについて意見を聞くチャンス。明日なんだし、今しかない。今しかないぞ私!

「あ、あのっ!」

思い切って口を開く。声裏返えりませんように…!

「柳くんはチョコは…好きですか」
「…カカオの濃度が高いものはよく食べる」
「そそ、そっかぁ」
「なる程、明日はバレンタインデーか」

「へ!?」

声裏返ったー(泣)

「お前は誰かに渡すのか」
「わ、渡したいけど…。迷惑じゃないかなって心配してるんだ」
「大丈夫だろう。少なくとも男子に喜ばない奴はいないはずだ」
「…柳くんも?」
「あぁ」

テニス部のみんなは女子にモテる。特に幸村くんはアイドルのような人気だ。去年のバレンタインは戦争だった。赤也くんは嬉しそうだけど、仁王くんあたりはちょと迷惑そうだった
でも柳くんは嬉しいってことだよね

「じゃあ俺は練習に戻るとしよう」
「う、うん。またね」

たった数分だったけど、とてつもなく長く感じた。息が詰まる思いだった。いい意味で。まだ顔が赤いだろうか

「美空」

ドアに手をかけた柳くんが私を呼んだ
慌てて彼の方を向くと、彼も私を見ていた




「楽しみにしている」





バタンッ…




はっと気がつき、今起きた出来事を振り返る。楽しみにしている?や、やっぱり私が渡したがっているってバレちゃったかな…。


「…ふふ」


でもいっか!

バレて恥ずかしいはずなのに、私は晴れやかな気持ちだった。さっきまでモヤモヤしてたのに、目の前がキラキラし始めた。


…明日、喜んでくれるといいな






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