ある日の午後

私が彼に惹かれ始めたのは、9歳のときだった


───俺はサムライになる!


学校の作文で将来の夢をサムライと書いた彼は、ひどく笑われた
けれど私は、笑われても気にせず目を輝かせていた彼を笑うことはできなくて


──弦ちゃんならなれるよ!


そのとき私は素直にそう思ったのだ
そのときは…


「キェェェェーーッ!」

「まさかアンタがこんなになるなんて思わなかったさ」
「ん?何か言ったか」
「いや。どうぞ続けて…」
「む、そうか」

あのときのサムライの卵は、今や立派な宇宙人です
時の流れとは恐ろしいもので、私は年齢と釣り合わない顔の成長スピードに驚きを隠せなかった

「赤也!貴様また赤点をとったらしいな!」
「ひぃぃい!真田部長!?」
「その根性叩き直してくれるわ!」

「誰よあの頑固おじいさん」
「どうした美空。死んだ魚のような目をしているぞ」
「柳くん…あのおじいさんどうにかしてよ」
「弦一郎の扱いはお前のが慣れているだろう」
「若い頃の弦ちゃんは子供だったの」
「そうだろうな」
「老いた弦ちゃんなんか知らない」
「まだ15歳だが」

私の記憶だと中学一年生の時はまだ若々しさがあった気がするなぁ
髪もまともだったのに、どうしてこうなったのか…

「やぁ、美空。どうかしたのかい」
「幸村くん…」

彼も昔からの付き合いだ
幸村くんの場合は老いるどころか、日々進化しているように見える

「幸村くん、弦ちゃんの生命力吸収してるんじゃないの」
「ははは、面白いことを言うね。真田の生命力なんていらないよ」
「……」

目の前では赤也くんが弦ちゃんのサーブを受けまくっている
恒例行事なので私たちは何事もなかったのように部活を続ける

「美空先輩ぁあい!助けて下さいよ!」
「頑張れ!」
「そんなぁあ!」


今日の部活も無事に終わりそうだ



***



「また明日〜」

みんなと別れて帰路につく
家が近い弦ちゃんとはかなりの確率で一緒に帰る

「弦ちゃん今日もお疲れ様」
「うむ。赤也も懲りない奴だ」

大抵の話題はテニスのことか、互いの家のことだ
本当は趣味の話とかできればいいんだけど、習字や剣道は正直楽しめなさそうだ

「そういえば、母さんがお前に会いたいと言っていたぞ。料理を教えたいとか」
「うわ、嬉しい。それは是非とも行きたいな」
「そうか。では週末にでも来るといい」
「うん、わかった」


…週末にでも来るといい、か
確かに私は昔から弦ちゃんの家にはお邪魔してるけど
もう少し照れたりしないのかな…
脈ナシだと実感させられて、ちょっと悲しくなる

「どうした」
「ううん、なんでもないよ」
「そうか」


沈黙が続く

あれ、いつもこんな気まずかったかな
何か!何か話題探さないと…!

「小春」
「は、はい」

あ、なんか敬語になった

「お前はたまに、その、悲しそうにしているな」
「へ?そんなことないよ?」
「いや。部活で幸村や蓮二といる時より、悲しそうだ」

表情に出ちゃってたかな…
これじゃあガッカリしてるのバレバレなんじゃ…

「俺といると、辛いか」

ん!?

「ちょっと!弦ちゃん何言ってるの!?」
「幸村に小春は俺といると辛いのだろうかと聞いたら、『胸がドキドキしたり、締め付けられてたりするかもね』と言われた」

幸村くんんんん!!
あの人何言ってくれてんじゃぁああ!!
それじゃ、流石に疎い弦ちゃんでもわかっちゃうよ!

「何かの病気なのか」


ははは、ダメでしたー

私は脳内で泣いた

「ち、違うよ。元気だよ。幸村くんの言ったことは気にしないで」
「しかし母さんに伝えたらだな」
「言ったんかい」
「俺も思い当たる節がある」
「え、弦ちゃん病気?」
「お前を見るとモヤモヤすることがある。いつもは邪心を消すために赤也にサーブを打っているが」

赤也くん…可哀想な子

「モヤモヤ、ねぇ…」

嫉妬か?
いやいや。期待するのはやめとこう
もうガッカリするのはこりごりだし

「体に悪いものでも食べたんじゃないかな」

そうだよ、弦ちゃんのことだし抹茶とか飲んだりしてお腹壊したんだ

「その顔だ」


ふと弦ちゃんが呟いた


「俺はその顔を見ると不安になる」
「そんなこと言われても」

生まれ持った顔だし
整形するべき?

「お前は何をしてる時が楽しいのだ」
「うーん…」

……私の楽しいこと?

目を閉じて、脳裏に現れたのは弦ちゃんのテニスをしている姿だった
力強くて、男らしくて…

──私の好きな人の姿

「…たぶんね、弦ちゃんが楽しい時は私も楽しいよ」
「赤也を鍛えることか?」
「ソレハチガウ」

赤也くん…可哀想な子

「何かあったら俺に言え。不安のタネを蹴散らしてくれる」
「ふふ、弦ちゃんが?」
「ああ。任せておけ」

私のために頑張ってくれるのか
ちょっと、いやかなり嬉しい…

「そっかー、ふふ」
「なんだ急に」
「そういえば、弦ちゃんまだ剣道やってるの?」
「あぁ」

弦ちゃんが剣道をしているのは、彼の憧れのお爺さんが剣道をしているからだ
その教訓はサムライだそうで

「サムライにはなれた?」
「まだまだだ。あと数十年はかかるな」
「大丈夫、弦ちゃんならなれるよ」
「…あぁ。ありがとう」

帽子を深くかぶり直す弦ちゃん
この帽子もお爺さんに貰った宝物だとか
見た目はこうだけど、こういうところが可愛いなぁ…

「小春」
「なに?」
「お前は昔から俺といるが、退屈しないのか」

何だか今日はいっぱい質問してくれる
いつも私が話すばかりだから嬉しいけど、どうかしたのかな

「しないよ。弦ちゃん面白いもん」

いろんな意味で

「そ、そうか…」

また帽子を深くかぶり直す
顔をこちらに向けてくれない
ちょっと耳が赤くなってない…?

「弦ちゃん?」

こ、これは……

「弦ちゃんったら」
「な、なななんだ!」

無理やりこちらを向かせると、ゆでだこのような顔

照れてるーっ!!!
あの堅物でお爺さんで頑固な弦ちゃんが照れてるーっ!!
やだ、なんか嬉しい…

自分まで顔が赤くなるのを感じる

「かっ、帰るぞ」
「あ!待ってよ!」

走ろうとする弦ちゃんの手をつかむ

「は、離せ!たわけ!」
「いーや!」

また真っ赤になってる
何この面白い生き物!
見た目はお爺さんだけど、中はやっぱり中学生だ

「くそう!」
「ふふ」

ちょっと先が見えてきたかもしれない


そんなある日の午後でした




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