ペテン師の受難

私は成績も家柄も体型も、超がつくほど普通な生徒。部活は帰宅部で、見た目も校則通りの服装だ。けれどたった1つ、人には負けない特技がある

「おはようございます美空さん」
「あ、おはよう仁王くん」
「……なぜわかったぜよ」

それは私のクラスのペテン師、仁王雅治くんの変装を見破ることだ。

「なんとなく」
「部の奴らは簡単に騙せるのにのぉ」 
「赤也くんだっけ。あんまりイジメちゃだめだよ」
「それは無理な相談じゃな」

彼は変装で人を騙すのが好きだ。というか、イタズラが好きだ。クラスの子たちは殆どが彼の被害にあっている

「次は絶対に騙してみせちゃるき」
「はは、頑張ってね〜」

そんな風に語り合う日々。卒業まで続くんだろうか、私はなぜ彼がわかるんだろうかと毎日思っていた

私たちは2年生になり、そのまま3年生になった。私は相変わらずの平凡な女子中学生のまま。特に変わりたいとも思わずに、3年の夏を迎える頃、仁王くんに転機が訪れた



【全国大会準優勝】

そう書かれた段幕が学校に大きく飾られる

《全国大会三連覇、それが俺の今の夢じゃ》


誇らしそうに語る彼───


仁王くんはどうしただろうか。ふといつものニヤリとした顔が思い浮かぶ。また騙せなかったか、脳裏に蘇る彼の言葉

「おはよう、仁王くん」
「美空か。おはようさん」

朝、普通に会話をして席につく。いつものように授業を受けた。変わったことといえば前の席の彼が授業をサボったことだった。部活をしていても成績は良くて、ああ見えてノートは綺麗にとっているのを私は知っている




───キーンコーンカーンコーン♪

昼休み。私はペットボトルの麦茶を片手に中庭の大きな木に向かう

「……(何で来ちゃったんだろ)」


木に寄りかかって寝ている彼を見て、私はすぐに後悔した。平凡な私がテニスを何も知らない私が、今の彼に、夢を必死に追いかけていた彼に何を言えるのだろう。お前に何がわかるんだと言われたらそれでお終いじゃない

「……」

麦茶をそっと置いて教室へ帰る
午後も私の前の席は空いたままだった



────トゥルルルル♪

夜、私のめったに鳴らない携帯が珍しく鳴った。驚きながら画面を見るとそこには仁王雅治の文字。珍しいこともあるものだ

「もしもし」
「俺じゃ」
「うん、わかってるよ。どうしたの?」
「ちょっと外に来てくれ。お前の家の前にいるきに」

カーテンから外を見ると、Tシャツと黒い上着に七分袖のズボンにを履いた仁王雅治が手を振っていた。私はパジャマの上に上着を着て、すぐに外に向かった

「どうしたの、こんな時間に」
「散歩で近くまで来たから昼間の麦茶の礼をしに寄ったぜよ」
「気づいてたの」
「話しかけようとしたら、お前さんが行ってしまったんでのう」

一枚のガムを貰った。ペットボトルに対してガム一枚って随分と割に合わないお返しだ。

「何で授業サボったの」
「俺にもわからん」
「何よそれ」


「…なぁ、美空。少し話を聞いてくれるか?」

それは質問というよりお願いに近い気がした。両親には友達と話してくると伝えて、近くの公園に向かった

「これ着ときんしゃい」
「でも寒くない?」
「俺は暑さは苦手じゃが、寒さは平気じゃ」

仁王くんがかけてくれた上着は、サイズがブカブカだったけど暖かかった。お言葉に甘えて上着を借りることにした

「そうだ、準優勝おめでとう」
「おぉ、ありがとさん」

言い損ねていた祝いの言葉。本当は沈黙が気まずくて言ったんだけど…。それに、もしかしたら彼にとってはお祝い事ではないかもしれない

「…負けたのは悔しいが、準優勝したことは素直に嬉しいぜよ」

私の気持ちを察したのか、彼は私を横目で見て言った

「幸村も清々しそうにしておったし。真田も吹っ切れたみたいだしな」
「そうなんだ…、じゃあ何でサボったりしたの。てっきりショックだったのかと」

「考えとった。対戦相手に言われたんじゃ《本物の足下にも及ばない》とな。心のどこかで考えとった。俺のやってきたイリュージョンは偽物でしかない」
「偽物ねぇ…勝てる自信がなくなったとかじゃないんだ?」
「違うな。俺はこれからもイリュージョンは続けるきに。ただ、本物には勝てないと知らされてしまってどうしたらいいか解らなくなった」

難しいこと言うなぁ…。ようするに負けるのが決まってるのに、技を磨く意味はあるのか。ってことかな

「……すまん。なんとなく話して見たかっただけじゃ」
「あのさ」

「本物に勝つには、本物しかないと思うんだ」
「ほぅ」
「だから限りなく本物に近い偽物になればいいんじゃないかと…」

人事だから簡単に言えるけど、ようするに他人になれってことなんだよね

「技だけでなく、精神そのものをも真似るか…また無理難題を提案しおって」
「はは、スミマセン」
「まぁ努力はするぜよ…」

うーん、いまいちハッキリしない。まだ考えてることがあるなこの人

「それで」
「それでとは何じゃ」
「本当に言いたいことは何なの」
「それがわかったら苦労せんわい」
「…わからない?」
「ただ、今はテニスをする気にはなれん。とは思っとる」

負けたからやる気が出ない。なんていう人ではないことくらい、私は知っている。仁王雅治がただのイタズラが好きな中学生じゃないことを、私は知っている

「大丈夫だよ。テニスやりなよ」
「…いやじゃ」
「もう、負けたくらいで…。負けるのが怖いの?」
「…イリュージョンするのが怖いんじゃ」

子どもか!と、脳内で突っ込む。確かに彼は暑い日は日陰を探してたり、日焼けを気にしたり、男らしくない面もある。むしろ女子力は高いほうでないのか

「イリュージョンを極めるのは怖い。本当の自分がわからなくなりそうじゃ」

絞り出されたようなその声は、やっぱりどこか幼くて。誰もいない暗闇に語りかけているようだった。

「なんで?私が見破ってあげるよ」

少しの沈黙

「ぷ、」
「何よ」
「あっははははは!」
「こ、声が大きい!ご近所迷惑!」

いきなり笑いだす彼。こんな笑い方できるんだ…と、そんな場合じゃない。さっきまで悩んでいた顔が良いか悪いか、すっかり別人のようになってしまっていた

「そうじゃな、俺にはお前がついてるぜよ」
「うん?」
「真剣に悩むことなんてなかった。ありがとう」

ぐしゃぐしゃと頭をかき回す。

「いい子いい子じゃ」

もう!いい加減にして!と言って顔を見ると、ニヤニヤとしたあの顔。それを見て安堵した、かもしれない。私は心のどこかで彼を心配していたのだろうか

「テニスできる?」
「おう、面倒かけたな。じゃあ…」

「うん、また…

暗い影が近づく

…ちゅっ


一瞬触った、柔らかい何か。それは紛れもなく唇に触れて。そして離れていった。


「お別れのチューじゃ。またな、小春」


「ななな、」

「俺気づいたきに。覚悟しとくんじゃよ」
「は!?」

ニヤニヤ笑って、気づけば誰もいなかった。辺りは暗闇のままのはずなのに、ちょっと明るく見えるのは気のせいかな。ちょっと体が熱いのは、気のせいかな…


「(い、今のってキス!?
私のファーストキスだよ!?
うわっ!本当に!?)」




「……もうっ」


どう覚悟しろっていうのよ…


───俺気づいたきに


思い出すあの言葉。そして私はゆっくり口を開く


「私も気づいちゃったよ、ばか」



肩にかかる上着から彼の熱が伝わってくるような、そんな気がした


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