ひと夏の思い出
「大変だ!足から血がでてるよ」
「さっき砂浜で切っちゃって…」
「痕になる前に治療しよう。さぁ、こっちへ」
あの夏、私は彼に恋をした───
「もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます…っ」
海で遊んでいた私は、砂浜で足を切ってしまった。その時に親切に手当てをしてくれたのが彼。年齢は同じくらいで、地元の中学生らしい。夏休みの間、私は他の県から祖父の家に遊びに来ているので会えるのは夏だけだ。あの後美味しい麦茶をいただいて、私は祖父の家に帰ったけれど、未だに彼のことが忘れられなかった
「(これが恋かなぁ…)」
今まで少女漫画でしか体験したことなかったけど、この胸が熱くなる感じ。あの人の顔を思い出すと顔が熱くなる。
「小春ちゃん」
「……はぁ」
「小春ちゃんってば」
「あぁ、おばあちゃん」
あまりにぼーっとしてたから気がつかなかった。おばあちゃんはスイカをお皿に乗せて、私に持ってきてくれたらしい
「大丈夫?ため息ばかりついて」
「うん、スイカありがとう」
「たくさんあるからね」
しゃくしゃくと音をたてて、縁側でスイカを食べる。スイカのみずみずしさに思わず微笑んだ。おばあちゃんのスイカは相変わらず美味しいなぁ…
「……はぁ」
美味しいスイカを食べても、ため息は口からこぼれた。スイカは美味しくても、気持ちは晴れないものだなぁ…。明日お礼も兼ねてまた行ってみようか。けどお礼を言うだけじゃ会話に困りそうだし…。うーん…
シャクシャク
うーん……?
シャクシャク
「ん!(ゴックン)、そうだ!」
翌日、私は昨日治療してもらった小屋にいた。スイカを片手に。何故スイカを持ってきたかというと、お礼にどうぞと手渡せるからだ。男子だから物より食べ物が好きだろうから、おばあちゃんにひと玉貰ってきた。結構重い…
「あれ、女の子だ!どうかしたんですか?」
「ここは海の家じゃないぞー」
天パの人と坊主頭の男の子が海から歩いてきた。格好からするに、海に素潜りに行ってきたみたい。
「すみません、灰色の髪の人いますか?」
「灰色〜?あぁ、サエさんか。サエさんなら町に行ってるよ」
「なんだサエの彼女か?」
「ちちち違います!!」
あの人サエさんって言うんだ…。爽やかそうな名前だなぁ。町に行ってるんじゃしばらくは戻って来ないかもしれない。せっかく会えると思ってたのにな…
「実は昨日足を怪我したところを手当してもらって…」
「あぁ、確かにそんなこと言ってたかも!」
「お礼にスイカでもどうかと…」
「え!スイカぁ!?」
「それはわざわざ、ありがたいな剣太郎」
坊主頭の子は私の手元をキラキラした目で見る。海の子って感じの男の子だから、スイカ好きなのかな…。すると海から茶髪と黒い髪の長い人がやってきた。次々とやってくる…
「ちょうどいい、ダビデ!この子のスイカ、冷やしておいてくれねえか!」
「そのスイカ、おいすぃか?(美味しいか)ぶっ!」
「つまんねえんだよ!!」
ドカッ!!
「ぶふぉっ!!」
「(個性的な人たちだなぁ…)」
「(もしこのまま俺がスイカを持ってあげたら『きゃあ〜力持ちぃ!』って言ってくれるかな。そしたらそしたら、俺に対して興味を持ってくれちゃったりしてetc)」
スイカを茶髪の人に手渡して、私は麦茶をいただくことになった。昨日ももらったけど、ここで飲む麦茶はなんだか美味しい気がする
「ぷは〜」
「美味しいでしょ?ここの麦茶!」
「とっても。なんでだろう」
「市販の麦茶なんだけど、海の風を感じると一層美味しくなるんだよねぇ」
なるほど。確かに海の家で食べる食べ物は一段と美味しいかも。
「なあ君、よかったらあさりの味噌汁作るから飲んでってくれ」
天パの人がベンチに座っていた私に話しかけてくれた。ホントはもう帰った方がいいかもしれないけど…。せっかく頑張って来たからサエさんに会って帰りたい。私はお言葉に甘えて味噌汁を飲んでいくことにした
「えーっと、どうするんだっけ」
「砂抜きだよ砂抜き。昨日砂抜きしたあさりを味噌汁にして、今日獲ったやつは砂抜きだ」
「どうやるの?」
「…いつもサエがやってるからなぁ」
背後の小屋から悩む声が聞こえる。砂抜きは水に対して約3%の塩を加えた塩水で1〜2時間放置だよなんて言えない…。図々しすぎるでしょ私
「砂抜きって言うからには、こじ開けるんだよ」
「それじゃあ一晩置く意味がないだろ」
「うーん」
「……(ちがうよ!どうしたらこじ開けるなんて発想に!)」
「とりあえずやってみる?」
「何でやるんだ。ハンマーとか用意してないぞ」
「いいんじゃないかな、石で」
「…あの!!私、やりましょうか…?」
***
「これで暗いところに置いておくんですよ」
「へえ、自然と貝が砂を出すのか」
「僕ら獲って食べる専門だから、なんにも知らなかったね」
我慢できなかった…。私としたことが…!砂抜きだけでなく味噌汁まで完成させちゃうなんて!前におばあちゃんに教えてもらった知識が仇になってしまった
「ただいまー」
「!?」
こ!この声って…!
「あ、サエさんお帰り」
「お客さんが来てるのねー」
「君は…昨日の!足はもう大丈夫かい?」
「は、はい!」
覚えててくれたんだ〜!嬉しい!…けどこのタイミングで会っちゃったら気まずい…。私はエプロンをして小屋でお玉を片手に味噌汁を混ぜている
「サエが来ないから代わりに味噌汁作ってくれたんだよ」
「そうなんだ。ありがとう。美味しそうだね!」
「いいい、いえ!お口に合えばいいんですが!」
さっきから緊張で滑舌が悪すぎるぞ私!もうちょっと冷静に冷静に…
「スイカも持ってきてくれたんだよー、ダビデさん切って〜」
「スイカをスイっとキッか(切るか)」
「…ひでえな今日の出来は」
スイカを切る間に私はベンチで一休みさせてもらった。味噌汁とスイカって微妙な組み合わせだなぁ。ご飯系持ってくればよかった…
「君名前は?」
「は、はい!美空小春と言います!」
「ははは、ゆっくりでいいよ。俺は佐伯虎次郎。よろしく」
佐伯だからサエさんなのかな。近くでみても名前負けしないくらいカッコイイ人だ。
「これ持ってて」
「…?」
佐伯くんから渡されたのは氷水が入ったビニール袋
「重いスイカを持ってきて手を痛めちゃったかもしれないから一応ね。大丈夫だったかい?」
「ありがとうございます、全然平気でした(冷静に冷静に…!)」
「よかった。足も大丈夫そうだね。ごめんね怪我させちゃって」
「わ、私が勝手に怪我したのに…。どうして謝るんですか?」
「俺たちここの海の清掃もしてるんだ。ガラスの破片拾い忘れた俺たちの責任だよ」
やばい!佐伯さんが落ち込んでいる!何か話題を変えて空気を盛り上げなければ…
「気にしないでください!ほら、味噌汁でも飲んで忘れましょう!」
私のばかあああああああああ!!!味噌汁の材料は佐伯さんたちのものなのに!何で『でも』なんて…!!
「はは、そうだね。一緒に飲もうか」
わ、笑われた…。『この子馬鹿だ』と思われてそうで怖い
「ん〜!このスイカ美味しい!」
「うまいなぁ、どこのスイカだ?ほら。サエたちも食えよ」
二つスイカを手渡されて、一つ食べる。さすがおばあちゃんのスイカだ。相変わらずのみずみずしさ
「これ、よし子さんのスイカじゃない?」
「……(よし子?」
「あー!そう言えばそうかも!」
「君よし子さんの知り合いだったのか」
話を聞いてみると、地元でよし子さんと言えばスイカ。スイカといえばよし子さんというくらいおばあちゃんのスイカは有名らしい。みんなもよくおすそ分けしてもらうんだとか…。そんなに有名だったんだ。大きなスイカはあっという間に消えてなくなってしまった
「(あんなに大きかったのに…いっぱい食べるなぁ)」
「そろそろ暗くなってきたから送っていくよ小春ちゃん」
「へ?」
「あー!サエさんずるい!」
「剣太郎は片付けが残ってるだろ。さ、行こう」
「ええ?」
「また遊びに来いよー」
よくわからないまま小屋を連れ出されて、帰路についた。…もう帰るのかぁ。さっき佐伯さんに会ったばかりなのに残念だな
「よし子さんに宜しく言っておいてね」
「あ、はい。きっと喜ぶと思います」
おばあちゃんありがとうありがとうありがとう!会話の種にも、つながりにもなってくれて…!家に帰ったら頭があがらないなぁ私
「小春ちゃんは夏の間ここにいるの?」
「はい、夏休みに遊びに来てるだけですから…」
終わったら帰ります…。なんて言えなくて。私は下を向いてしまった。この道が終わる頃には佐伯さんともお別れ…。昨日は顔を見れるだけでいいって思ってたのに、もっと話していたいって今は思う。いつからこんな欲張りになったんだ私
「じゃあまた遊びにおいでよ」
「……え?」
「だって遊びにきてるんでしょ?だったらまた遊びにおいで。あの場所に」
「いいんですか?」
「もちろんだよ。みんなも喜ぶだろうし、俺も…君に会いたいからね」
そのとき見た佐伯さんの顔が少し赤かったのと、翌日みんなでビーチバレーしたり、花火をしたり、スイカ割りをしたり…いろんなことをして遊んだ。その時あの小屋がテニス部の部室だって知ってひどく驚いたんだっけ。
今でも思い出せるくらい、あの夏の思い出は心に深く刻まれている
最終日にみんなと撮った写真は、私の大切な宝物だ
「何見てるんだい?」
横から夫がのぞいてくる
「写真…ちょっと懐かしいなって思って」
「君は写真を見るのが好きだね
写真で見なくても俺はここにいるよ」
「ふふ、そうだね」
あの夏、私は彼に恋をした
そしてこれからも、ずっと――――私は彼に恋をする