油断せずに行こう2


「手塚くんおめでとうございます」
「あぁ」
「沖縄に旅行に来た時は、ぜひ私にご連絡ください。最高のおもてなしをお約束しますよ」
「木手」
「なんでしょう」
「帰れ」
「なっ!」


あの日の翌日から、手塚くんによく人が会いに来る
決まって理由は、彼女ができておめでとう
真っ先に飛んできたのは、ラッキーが口癖の面白い人だった
そして今日は、この木手くんだ

「彼女さんにうつつを抜かしていると、俺に足元をすくわれますよ!はーっはっは!」

そうして彼は去って行った
わざわざ沖縄から来たってことは、よほど仲が良いのだろうか

「…すまないな、騒がしくて」
「ううん、なんだか楽しいよ」

あの日の夜に、テニス部の部員たちに目撃されたことが原因らしい
翌日になって学校中にバレていることに驚いた手塚くんは、光の速さでテニス部に乗り込んでいった

その後しばらく、彼らの姿は見ていない

「帰ろっか?」
「そうだな」

放課後は毎日駅まで一緒に帰っている
彼が4月にロンドンへ留学してしまうので、それまでなるべく一緒にいたいから

「もうすぐテストだね」
「あぁ。勉強ははかどっているのか」
「まぁまぁかな。いつもよりは良好!」

学校でも放課後でも、基本的に彼は無口だ
私ばかり話してしまって退屈してないかきいたことがある
でも彼曰わく、私の声を聴くと安心するらしい
嬉しいからよしとしよう



ブブブブブブブ!!


ぶわっと辺りの落ち葉が舞う

「わぁっ!」
「……来たか」

突然大きなプロペラ音とともに、強い風がおこった
よろけてしまったところを手塚くんが支えてくれた

「よう、手塚」

ヘリコプターから降りたその人は、輝かしいくらいの美形で、氷帝の制服を着ていた

「…跡部」

なんだろう
手塚くんがすごく嫌そう

「初めまして、お嬢さん」
「あ、初めまして…うわぁ」

挨拶と一緒に、薔薇の花束を手渡された
見たことのないくらい真っ赤な薔薇だ
いい香が辺りに広がっていく

「何の用だ」
「おいおい手塚、彼女ができたらしいな。俺様に何の報告もないとは、水臭い野郎だぜ」
「跡部よ」
「なんだ」
「帰れ」
「珍しいな、照れ隠しか」
「…違う」

跡部さんは私を見て、

「お嬢さんも大変だとは思うが、手塚を宜しく頼む」
「は、はい。頑張ります」

実家に挨拶に来たみたいな緊張感だ
この二人の間には、私の知らない何かがあるのだろう

「悪いな手塚、俺様は忙しい。そろそろ帰らせてもらうぞ」
「早く帰れ」

ブブブブブブブ!

はーっはっは!という笑い声を残して、彼は再びヘリコプターで帰って行った
じかに見られないくらい輝かしい人だった
跡部さんって確かすごいお金持ちってきいたことがあるけど…

「…これ、家に飾っていいかな」
「好きにするといい」
「やった」

手に溢れるくらいの薔薇は、私の家へ飾ることにした
きっと周りから浮くだろうけど、花束はやっぱり嬉しい
花に顔を埋めてみると、薔薇の香りがいっそう私を満たした

「………」

あれ…何かじっと見られている、気がする
それに心なしか手塚くんが無口だ
いやいつも無口なんだけど、それ以上に無口だ
何か難しいことを考えてるのかな…

「手塚くん」
「…あ、あぁ」
「何か気になることがあったら言って欲しいな。…その、気になっちゃって」
「……」

少し悩んだ後に、わかったと言って公園に連れて行かれた
夕方の公園は人がまばらで、1日の終わりを感じさせていた
ベンチに座った私たちは、少し話をすることになった

「たいしたことではないんだが」
「うん」
「俺は無口だ」
「そうだね」
「表情も少ないから、相手に気持ちが伝わりにくい」

自虐的になり始めたぞ…?
彼は落ち込むと自虐的になるのかな

「跡部のように気配りができるわけでもない。だから…」
「……」
「美空が俺に飽きるんじゃないかと、不安になった」
「……!」
「それだけだ」

それだけって!
それって私の気持ちに不安を感じてるってことだよね
少女漫画とかで別れるきっかけになりかねない…!

「そ、それだけじゃないよ!重要なことだよ!」

私はとっさに彼の手を握って、目を見た
いつもよりちょっと揺れている瞳
それを見て少し私は安心してしまった
あぁ、やっぱり彼は私と同じなんだと
普段人より冷静なだけで、不安も、モヤモヤする気持ちも感じるんだと

「手塚くんは気がついてないかもしれないけど、魅力的な部分はいっぱいあるよ。気配りとかだって、いつも道路側を歩いてくれたり、私に歩くスピードを合わせてくれてるでしょ。お昼休みも一緒に話してくれるし、メールも返事してくれるし…」
「……あぁ」
「私はわかってるよ。手塚くんの魅力。逆に言うと、魅力がありすぎて心配しちゃうこともあるよ。いっぱい仲のいい友達がいるし、私はテニスのこと何にもわからないし…」
「……」

あれ、励ますつもりが会話が変な方向に…

「だから何も悩むことはないっていうか、むしろ私が手塚くんが素敵で不安になるというか、私ももっと手塚くんのことを知っていきたいといいますか、その…」

言葉に詰まる
つまり私は何が言いたいんだろう
自分の国語力のなさが恨めしい

「…小春」
「……はい…」

ん?今名前で呼ばれた?
あの日以来ずっと名字だったのに…

「…すまない」

彼はそう言って私を抱きしめた
告白された日のように強く

「ありがとう、小春」
「…うん」

涙を滲ませながら、私も背中に手を回す
彼の背中は大きくて、やっぱり暖かかった


(いけ!そこだ手塚!)
(まだっすよ、大石先輩。あと一息)
(ふふ。やるね、手塚)
(手塚が溺愛してる確率、99.9%)
(いやぁ、すごい現場だね)
(これは明日跡部さんに報告しなきゃな)
(なっな、何してんスか部長ぉ!?)
(海童先輩、うるさいっす)

「……」
「……」

茂みの中から会話が丸聞こえだ


「すまん、美空。少し席を外す」
「…どうぞ(また名字に戻った…」


その後、公園中に彼らの断末魔が響き渡った



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