買えないモノ
「ちょっと散歩いってくる」
「(いってらっしゃい先生)」
「おう、ジェノスが来たら上手いこと言っといてくれ」
──番外編
──買えないモノ
月曜日の昼。サイタマ先生は暇だからと、散歩に出掛けていった。ジェノスくんは協会の集まりで朝から出掛けている。今、この家には私ひとりが残されている。
「(〜♪〜♪)」
脳内で好きなアーティストの曲を流しながら皿洗いをする。いつもは横でジェノスくんに内蔵されているドライヤーみたいなので乾かしてもらってるけど、今日はしっかりとタオルで拭いた
「(え〜っと、今日の夕食は…)」
ガチャリと冷蔵庫を開くと、そこには真っ白い空間が。そういえば、そろそろ買い出しに行かなくてはいけない頃だ。
今日は特に予定とかないし、明るいうちから外出は済ませておこうかな…
夜は何かと物騒なこのZ市。おかげで宅配物などはパラシュートで送られてくる始末だ。
「(火元おっけー、電気おっけー、戸締まりも完璧!いってきまーす)」
買い物リストを片手に、私は我が家を出発した。
──一方そのころ
「……足りねえ」
散歩に出掛けたサイタマは、1人自販機と格闘していた。敵はあずきサイダー120円。前々からこの商品が気になっていた彼は、散歩で寄った公園でヤツを見つけた
「(…へ、どうせ不味いに決まってるだろ)」
現在の資金では買うことが出来なかった。ヒーローである反面、彼は25歳無職の男なのだから
カチャ…
釣り銭がないかを確認する。
ザザッ…
自販機の下に金が落ちてないかを確認する。
「……っち」
なかった
──はたまたそのころ
「(……ああ!)」
街にやってきた小春は、財布の中を見て唖然とした。なんと残金200円。これでは夕食どころか昼食すらままならない。金に困っていないとはいえ、金銭感覚がおかしくなっていたのだろうか。
先に銀行に行くしかないかなぁ…
スーパーに向かっていた足先を変え、銀行へ向かう。街を歩くのもずいぶん慣れてきた。初めは一々タブレットでマップを見ながら歩いていたけど、今はスムーズに移動できる。これも私を守ってくれる人たちのお陰だな…
「番号三番でお待ちのお客様ー」
月末のせいか銀行は少し混んでいた。昼間なのに子供連れや老夫婦が順番を待っている。
「(…あ、あれ…?)」
1つの窓口に見慣れた背中があった。
何よりあの光り輝く頭…!あれは…!
「(せんせ…
「オラァァッ!!!全員伏せろォ!」
「きゃぁああ!」
「な、なんだぁ!?」
「金を出せぇっ!」
「(!!)」
「ご、強盗団《牛の胃袋》だ!」
ドアが蹴破られ、牛柄の服を着た男たちが銀行に押し入ってきた。店内をあっという間に制圧したところをみると常習犯らしい
「うぇぇぇぇえん!!」
近くにいた男の子が泣き出す。人質に取られかねない。早く泣きやませないと…!
「待ったぁ!」
店内に声が響く
「十字キー&喪服サスペンダー見参!!」
客の中から2人の男が飛び出す。メガネと仮面を付けた二人組だ。口調からして2人はヒーローらしい
「(よかった…ヒーローがいてくれたんだ)」
胸をなで下ろし、小春は泣いていた男の子に近づく。ヒーローに釘付けになっていて、今は泣き止んでくれたみたいだ
「うぉおおおお!」
「(大丈夫だよ。ヒーローが来てくれたから)」
「…ぅう…ぐすっ…」
文字を読んだ男の子だが、また泣きそうな表情をする。振り返ると、さっきいたヒーローたちがボスらしき男に気絶させられていた
「うわぁぁあん!ママー!」
「(あぁっ!)」
再び泣き出す。声が出ない私は、彼を泣きやます方法が思いつかなかった。すこし遠くに母親らしき人がいるが、強盗団がいて近づけないみたい
「おい、行くぞ。人質連れてこい」
「…はい!おい、ついて来い!」
「ママー!うぇぇぇぇん!!」
「(だ、だめ!)」
連れていかれそうな男の子を抱きしめる。彼を離したらこのまま連れて行かれちゃう!
「くっそ、離れろ!」
「タフに2人まとめて連れてこい」
「はい!ブルブルさん!」
「(わ、わわ!)」
「ぐすっ…ぅう…」
私の体が浮いて、気がついた時には車の中に運び込まれていた。
「(大丈夫?)」
「…うん…」
車の中で男の子は私から離れなかった。可哀想に、今頃お母さん心配してるだろうな…。車内じゃホイッスルも吹けないから助けも呼べないし…
「(私がついてるからね。一緒に頑張ろう)」
「うん。頑張る…」
「ブルブルさん!人質はどうしますか?」
「しばらくしたら山に捨てるぞ」
「はい!」
話を聞いていると、命は狙われていないようだ。このまま黙っていたら助かるかもしれない…
「…お姉ちゃん、喋れないの?」
「……(こくん」
頷く私。声について聞かれるのは慣れてる。すると男の子はどうして、と尋ねたけど私は苦笑いをした。私にもわからないから。幼い自分に一体何があったのか…
「そっか…」
なんだかしゅんとしてる…。気を使わせちゃったかな
「うわぁっ!!」
「どうした!」
「ハ、ハンドルが効きませんん!」
「(っ!)」
「な、何…!?」
男の子が私の体にしがみついてくる。急に車内が騒がしくなり始めた。よくわからないけど、トラブルが起こったらしい
「(しっかり捕まってて!)」
「うん…!」
大丈夫。
「なんだなんだぁっ!」
「とっ、止まれええ!」
大丈夫。
「なにが起こってやがる!」
「くそぉっ!」
そう自身に言い聞かせながら、男の子を抱きしめる。怖くない。怖くない。
「うわぁあああ!!すみませんすみません!」
「ブレーキを踏めよ!」
「止まりませんん!」
ガッシャガシャと車体が揺れている。窓の外を少しのぞくと、歩道を走っているみたいだ。それになんだか…
この車…浮いてる?
次の瞬間。
ドガッシャッ!!
「わぁあああ!」
「んだぁ!?」
と、止まった…?
車内の揺れが収まったみたいだ。中にいた盗賊団は次々と外へ出て行く。隙を見て私達はドア付近に移動し、外の様子を見た
「テメェの仕業か?」
「銀行の金には大事な俺の金も含まれてんだ。黙って渡すかよ」
──先生…!
紛れもなくそこにいたのは先生だった。銀行で見たのはやっぱり先生だったんだ
「あのおじさん誰?」
「(サイタマって知らない?)」
「知らない」
「……」
先生、知名度低すぎます…
「死ね!」
私はとっさに両手で男の子の目を塞いだ
──30秒後
盗賊団は先生の手であっという間に倒されてしまった。ものの数十秒でだ。あまりの呆気なさにポカンとしていると、男の子が自動車のドアを開け放つ
「ありがとう!」
「!」
「ありがとうおじさん!」
「お、おう。怪我ないか?」
「うん」
先生…札束を凝視して…。さてはよくないこと考えてましたね…!
「お前も無事だな」
「(…先生、窃盗は犯罪ですよ!)」
「まだ何もしてねぇよ!」
「おじさん!お世話になったらお礼しなさいってママに言われてるから…これ」
ポケットの中を探り取りだしたのは緑のお財布だった。がま口の子供らしいデザインだ
「少ししかないけど…。おじさんにあげる!ありがとう!」
ポンっ
「そんじゃあ有り難く頂いて…お前にやる。もっと大事に使え」
男の子の頭に手を置いて、先生は少し笑った。一瞬ちょっと疑ってしまったけど…。
そうだ、この人はこういう人だったんだ
「いいの!?」
「おう」
「やったー!ありがとうおじさん!」
「おじさんではない」
こだわるのそこなんですね(笑)
「お姉ちゃんもありがとう。あとその…変なこと聞いてごめんなさい」
「…(気にしないで。それに…)」
「(私にはヒーローがついていてくれるから大丈夫)」
ニコッと笑うと、彼の顔もぱぁっと明るくなった。しばらくして母親が迎えに来て、無事に彼は家に帰ることができたみたいだ
「(助けてくれてありがとうございました)」
「おう」
「(先生今日はかっこよかったです)」
「あぁ、いや。普通だろ…」
ふふ、ちょっと照れてる。
すごく強いのに、謙虚な一面もあったりして…彼は本当のヒーローだと思う。そんな人に守ってもらえるのだから私は幸せ者だ
「(夕食は奮発してハンバーグにしましょう!)」
「おっ、いいな。俺残金110円だけど大丈夫か?」
「……」
───つづく
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