06
俺が彼女と出会ったのは小学校四年のころ。クラスのみんなが転校生が来ると騒ぎ出し始め、俺は昨日見た引越しのトラックを思い出した。確か通学路にあった空家に止まったはずだ。窓の外を眺めながら、どんな奴が来るんだろうかと胸を高鳴らせた。家が近いから仲良くなれるかもしれない。放課後は一緒にサッカーやテニスだってできるかもしれない。
その日、俺は帰りに空家だった家に寄ってみることにした。
「…うーん、誰もおらん」
寄ってみると言っても呼び鈴を鳴らして堂々と入るわけではない。家の庭に忍び込み、窓から中をこっそり覗いた。誰にもバレないようにしなくてはいけない、そんな気持ちが男のロマンを感じさせたのだ。思えばやんちゃな時期もあった。今の俺だったら必ず呼び鈴を鳴らすだろう。
(裏庭の方も見てみるか…)
家を確認しただけでは飽き足らず、裏庭の方へ回り込む。ここまで来たら意地でも転校生を一目見てやるという気持ちがいっそう高まっていた。
その家には見かけによらず大きな庭がついていた。まだ前の住人が引っ越してから日にちが経ってないせいか、庭の芝生は綺麗なままだったはずだ。
「……!?」
裏庭には透明の大きなテントのようなものがあった。ビニールハウスとはちょっと違うようだ。温室とでも言うのだろうか…。今朝はなかったのに数時間で一体何があったのだろうか。まるで見たことのないものを見るように、俺の目は泳いだ。扉もあるし、ちょっとした窓のようなものもある。こっそり息をひそめて近づいてみる。誰かの話し声がした。大人の男の声だ。窓から少し覗くと、そこに男の姿はなかった。
「……………」
そこにいたのは、幸せそうに花に微笑む女の子だった。
桃色の花がついた麦わら帽子がよく似合う。
小さくて肌の白い女の子だった。
数分ほど経った頃。はっと気がつき、いっきに顔が真っ赤になった俺は音を気にすることもなく家まで全力疾走した。母親にもう少し静かに階段を登れと怒鳴られながら部屋に駆け込んだ。見てはいけないようなものを見たような気がした。ランドセルをほおり投げ、ベッドにダイブする。天井を見ながら、あの子のことを思い出した。ふわふわしたような、もわもわしたような気持ちになる。あの子が明日、俺の学校に…。どんな声をしているのだろうか。どこから来たのだろうか。次々と疑問が浮かんできて、俺の思考回路を埋め尽くす。
そして俺は何度もこう思ったのだ。
(神様、ホンマおおきに…!)
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