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なんだか不思議だ。
昨日、真夏のマウンドに立っていた沢村と、隣で白目になりながら寝ている沢村は、本当に同一人物なのかと疑ってしまう。
沢村が、『俺はエースになる!』 って教室で宣言していたのも、つい二ヵ月くらい前のこと。
その時はまだ見習い部員だったらしくて、クラスのみんなは呆れ顔で笑っていたっけ。

でも、私はひとしきり笑われた後の沢村の眼差しが真剣だったのを見逃さなかった。
本当になるつもりなんだ、エースに。
たぶん、クラスのみんなが笑っている時に唯一私だけがそう確信していた。

その時からだったろうか、沢村からいつの間にか目が離せなくなってしまったのは。


「さーむら、休み時間だよ。起きなって」
「……ッザイマス! ボス! 」
「ボスじゃないし、なんの夢見てんの」

口元にはよだれのあと、寝癖までついてるし、ツッコミどころ満載で思わず吹き出してしまう。
ユニフォームを着て、マウンドで投げている姿と似ても似つかない。
フェンス越しに見る沢村は、とても遠くて、眩しくて、寂しかった。
まるで知らない人みたいな真剣な顔をしていて、胸がざわざわした。
マウンドに立っている沢村を思い出してみると、普段教室で見てる姿とのギャップが大きいなと思う。
ちらりと隣を盗み見る。沢村は居眠りしないと誓いを立てた直後の寝落ちだったので、自分自身を叱責してる最中だ。

「そういえばさ、昨日の試合のときに沢村の名前呼んだの、聞こえてた?」

ボリュームの大きな独り言が止まりそうもないので、静止に入るついでに気になっていたことを聞いてみる。
昨日の試合、沢村がベンチを飛び出してマウンドに上がる時にスタンドから勇気を出して声をかけてみたのだった。

『沢村、頑張れ!』

野球部の声援に紛れて、私の高いソプラノが響いた。
思っていたより声が大きくなってしまって恥ずかしい。
自業自得なんだけど、野球部員たちにジロジロと見られてしまった。
沢村はというと、マウンドに上がってからすぐにキャッチャーのミットに集中して、私の声に振り返ることもなかった。
あんなに大きな声で名前を呼んだのに聞こえてなかったのかな?
それとも、シカトされてしまったんだろうか。
そもそも、私が応援に来てるって気づいてないのかもしれない。
少しモヤモヤしたけど、白熱する試合展開に夢中になって、いつの間にか胸に込み上げたモヤモヤも忘れていた。

「……悪ぃ、集中してたから聞こえなかった」
「そっか、別に気にしないでよ」

申し訳なさそうに頭をかく姿がしょんぼりして見えて、なんだか怒られて耳が垂れてる犬みたいに見える。
なんだか微笑ましくって、口元が緩んでしまう。

「あ! そういえば!」
「え、なに?」
「お前、スタンドであんまはしゃぐなよ! 階段で転けそうになってただろ!」

大きな瞳にキッと睨まれて、思わず息を飲む。
たくさんの観客に紛れていたのに、私がいたことに気づいていたんだ。
というか、トイレから戻る時に急いで階段を駆け下りて足を踏み外した瞬間を見られていたのか。
恥ずかしすぎて、顔に熱がこみ上げるのを感じる。
これ以上は耐えられない。なんとか話題を逸らさなくては。

「私いるの気づいてたんだ」
「アップの時から気づいてたぞ」
「え、ほんとに」
「……あとさ」
「まだあるの」

次はどんな指摘をされるんだろう。
ちょっと身構えてしまうけど、ちゃんと言うこと聞いておいたほうが良さそうだから居住まいを正す。
真っ直ぐ沢村と向き合うと、目力の強さにグッと引き込まれそうになる。
男の子なのに睫毛長いんだな、なんて感心していると「あ〜」とか「う〜」とか唸り始めて、気まずそうに視線を逸らした。

「……その、制服のスカート、もっと長くできねーの?」
「なんで? できるけど」
「転けた時、スカートの中が見えそうになってたんだよ!」
「えええ」

もう恥ずかしくって、私も耐えきれず視線を逸らした。顔が熱い。
どうしよう、みっともないって思われてたら。はしたないって幻滅されただろうか。

顔が上げられなくて足元ばかり見ていると、視界に左手が入り込んで来た。
大きくて、日に焼けた左手は小指だけピンと立てている。

「次の試合のときはスカート長くしてこいよ」
「また応援しに行ってもいいの?」
「当たり前だろ! 絶対来いよ、約束だからな」
「わかった」

私も同じように左手の小指を差し出すと、沢村の小指が絡め取った。
ゆびきりげんまん、なんて何年ぶりにやったんだろうか。
沢村の指は温かくて、私よりも骨太で、大きい。
指だけじゃなくて、手のひらも触ってみたいな。
そんな欲が湧き上がりそうになるのを堪えて、結ばれた小指を解いた。
ふと、視線を上げるといつもの笑顔と目が合う。
うう、なんか、調子が狂う。教室にいる沢村も、眩しく見えるなんて。