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長い長い参拝の列からやっと解放されると、家族と別れて甘酒の屋台に並んでみる。
甘い湯気がふわりと鼻腔をくすぐって、胸いっぱいに吸い込んだ。
未成年だから飲酒はダメだけど、甘酒なら例外なので毎年買うのが恒例行事だったりする。
あの暖かそうなカップを早く手に取りたいなぁと、冷え切った指先を擦り合わせていると、トントンと肩を叩かれてた。

「よぉ、久しぶりだな」
「えっ……倉持? ひ、久しぶりだね。あけましておめでとう」
「おう、あけおめ」

振り返った先には、中三の時のクラスメイトの倉持がいた。
当時は金髪だったのに、黒髪に染まっていて一瞬誰だか分からず驚いてあたふたしてしまう。
あと随分と背が伸びたみたいで、少し見上げないと視線が合わない。

「なにキョドッてんだよ」
「だって髪が黒くなってて、一瞬誰だか分からなかったから」
「まぁ、高校球児だからな。金髪じゃグラウンド立てないからよ」

ヒャハハ、とテンション高めな笑い声は昔と変わらない。
あれ、でも倉持ってこんなに話しやすい雰囲気だったっけ? と疑問に思って、しまい込んだ記憶を辿る。
中学生の時の倉持はヤンキーで、喧嘩して他校生をボコボコにしたとか、目が合うと因縁つけられるとか、真偽のわからない噂に惑わされて極力関わらないように過ごしていた思い出がある。
懐かしさと、避けていたことへの罪悪感がじわりと胸を締め付けた。

「こっち帰ってきてたんだね」
「正月くらいはな。すぐ帰るけどよ」

さりげなく隣に並んだ倉持と、あまりにも距離が近くて肩が触れそうになる。
気づいたら列の一番前まで進んでいて、慌てて百円を三枚財布から出そうとすると倉持に遮られて、また驚いた。

「倉持、お金払うよ」
「それよりさ、久しぶりだしちょっと話さねぇ?」

ほら、あそこ。と指差す方を見ると、白いテントがいくつか立っていて、屋台で買った食べ物を食べている参拝客で賑わっている。
言われるがままについて行くと、二人がけの席が空いていたので向かい合って座った。
机一つを隔てただけの距離で目が合って、気恥ずかしくて思わず視線を逸らす。
こんなに近くで話すのは初めてのはずなのに、なぜか懐かしいと感じてしまうのは、なんでなんだろう。

「時間は大丈夫か?」
「うん、家族にはLINEしたから大丈夫」
「帰りは送ってくから」

口調はぶっきらぼうな感じだけど、ちゃんと気遣ってくれるところが嬉しい。
お母さんから「気をつけて帰ってくるのよ」のメッセージに了解のスタンプを送ると、コートのポケットにしまった。

「中学の時の奴等と連絡取ってるか?」
「女の子ならたまに連絡するかなぁ。同じ高校に行ってる子とはたまに話すよ」
「まぁそんなもんだろうな」
「倉持は? 連絡取ったりしてる?」
「いや、ほとんど取らねぇな」

毎日野球で忙しいしよ、と少し寂しそうに目を細める。
そういえば、風の噂で東京の野球強豪校に合格して寮生活をしていると聞いたことがあったっけ。
きっとそこでの生活が倉持のことを変えたんだろうか。昔と違って話しやすいし、なんだか雰囲気が丸くなったような気がする。

「なんか倉持変わったね」
「そうか?」
「話しやすくなったかも」
「……まぁ、中学の頃はヤンチャしてたからな」
「昔はあんまり関わりなかったから、私のこと覚えててくれてビックリした」
「みょうじ、中学の頃はビビってオレのこと避けてたもんなぁ」

バレてたか〜と思わず心の声が漏れて、隠すつもり無かっただろ! と鋭く後頭部にチョップが落ちる。
なんだかおかしくてしょうがなくて、二人でお腹を抱えてケラケラと笑った。

「なぁ、覚えてるのか? 昔、みょうじに勉強教えてもらったことあるの」

ひとしきり笑った後に、試すような表情でそう問いかけられて、つたない記憶の糸をたどってみたけど該当する思い出がどうしても見つからない。

「ごめん、思い出せないかも」
「入学してすぐだったし、覚えてなくて当然だな」

カラッと声だけは笑っていたのに、残念そうに表情が曇る。
なんで思い出せないんだろう、自分の記憶力の低さにイライラしてしまう。
入学してすぐ、というヒントを頼りに再び記憶を手繰り寄せてみる。

確か、入学してすぐにやった国語のテストで満点を取ったことがあった。
その時に点数が悪かった子に勉強の仕方を教えてあげてほしいって、担任に頼れたことを思い出す。
放課後、向き合って勉強を教えたのは当時の私より背が低くて、目つきが悪い男の子だった、ような気がする。

あぁ、そうだ思い出した。その時の男の子が倉持だったんだ。

「うそ、やっぱり思い出した。国語の勉強したよね」
「なんだよ、覚えてんじゃねぇか」

倉持は嬉しそうに笑って、思い出せて良かったと胸をなでおろす。

「こうやって向き合って勉強したよね。だから座ったとき、懐かしいなって思ったんだ」

昔と違って怖がらずに、素直に感じたことを話せるのが心地良い。
倉持も私と同じ気持ちだったらいいな、と思う。

「なぁ」
「うん」
「来年さ、センバツ出られるかもしれねぇんだ」
「センバツ……って春の甲子園だよね! すごいじゃん!」

ちょっと照れくさそうに頭をかいているけど、その表情は誇らしそうで、私まで嬉しくなってしまう。
甲子園なら私だってテレビで見たことがあった。
あんなに広いグラウンドで、たくさんの観客に囲まれて、倉持たちは野球ができるんだ。それって本当にすごいことだ。

「まぁな。正式に出場が決まったら報告するからさ」
「うん」
「だから、あの……連絡先教えてくれよ」
「! もちろん、いいよ!」

よっしゃ! と小脇でガッツポーズをした倉持がおかしくて、我慢できずに吹き出してしまった。

「センバツ出られるといいね」
「出られたら応援してくれよな」
「もちろん」




その時に交わした約束は叶えられて、後日報告のLINEが送られてきた。

「甲子園出場決まった」

あまりにもシンプルすぎる文章の裏側に、喜びが透けて見えるようで、私まで嬉しくてソワソワしてしまう。

なぜだかわからないけど、倉持の声が聴きたくなって、思わず通話ボタンに指を伸ばす。
勢いでかけてしまったはいいけど、話すことが決まってなかった。
5回コールして出なかったら切ろう、と決めた2コール目にあのぶっきらぼうな声で「もしもし」と耳元で聞こえて、浅く呼吸を整えた。
ちゃんと、甲子園出場おめでとうって伝えよう。
春が待ち遠しいねって言ったら、きっと「そうだな」って笑ってくれるはずだから。