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どうしよう。
自販機の前で迷い始めて数分が経過してしまった。昼休みもあと十分しかないし、早く決めて買わないと五時間目の現国に遅刻してしまう。
最初はカルピスを買うつもりで来たのだけど、廊下ですれ違った男の子が美味しそうにサイダーを飲み干している姿を目撃してしまったので、なんとなくサイダーも飲みたい気分になってしまったのだ。
正直、どっちも飲みたい。でも握りしめている小銭は百円玉一枚のみ。今ここでどちらを買うか決めるしかない。もはやカルピスかサイダーか決められなさそうだから、二つのボタンを同時に押して出てきた方を飲もうかな。

「いつまで悩んでるつもりなの?」
「わ、小湊じゃん。お先にどーぞ」

あまりに悩みすぎていたせいか、いつの間にか小湊が歩み寄ってきてすぐ後ろにいるのに気がつかなかった。
小湊とは一年は同じクラスでよく話してたけど、二年からクラスが離れてあまり話す機会もなかった。久しぶりにちゃんと顔を見た気がする。

「別に自販機に用ないけど。さっきから悩んでるみたいだったから、からかいにきた」
「本当にそういうところ変わらないよね」

意地の悪いニヤッとした黒い笑顔も、相変わらずだなと思う。一年の時は隣の席同士になるとしょっちゅうからかわれて遊ばれていたのを思い出した。

「なにとなにで悩んでるの」
「カルピスとサイダー」
「どっちも買えばいいじゃん」
「いま百円しか持ってないし」
「バカなの?」

バカなの?だけ真顔で煽るのやめてほしい、傷つくから。
なにも言い返せないので黙り込むと、小湊はおもむろに財布から小銭を取り出して自販機に入れた。あれ?用ないんじゃなかったっけ?と思いながら見ていると、カルピスのボタンに指を伸ばした。

「小湊ってカルピス飲むんだね。意外」
「たまにはね」

小湊ってミネラルウォーターとかお茶を飲んでるイメージしかないから、甘いカルピスを選ぶなんて意外だった。その場でペットボトルの蓋を開けると、喉を鳴らして飲んでいる。思わずその光景に見入ってしまった。

「ん、残りあげる」
「……はい?」
「カルピスあげるから、サイダー買えばいいじゃん」
「うん?」
「回し飲みとか無理なタイプだっけ?」
「いやいや、そういうわけじゃないんだけどさ」

小湊の言っていることは理解出来てるけど、そんな容易く受け入れていいのだろうか。
だってさ、それ、間接キスじゃないの……?って言いたいけど、恥ずかしいから口ごもってしまう。
煮え切らない私の態度を不満に感じたのか、何も言わずに目の前にカルピスを差し出してくる。無言のプレッシャーが凄すぎて、思わずペットボトルを受け取ってしまった。

「それともなに? 間接キスとか気にしてるの」
「そ、そんなことはないけど」
「動揺してんじゃん、図星だね」
「小湊こそ潔癖症っぽいけど、気にしないんだね!」

言われっぱなしじゃ悔しいから、反撃してみる。間接キスを意識しない高校生なんているのか! と言ってやりたかったけど、ちょっと恥ずかしいから我慢した。
今度は小湊の方が口ごもる。なにか考えている様子だけど、やっと反撃出来たのでちょっと満足。

「一応、相手は選んでるつもりだけど」
「え? どういうこと?」
「からかう相手」

してやられた。黒いオーラを背後に放って、ニヤリと笑う。からかわれてただけじゃん、私。恥ずかしくって悔しくて、ペットボトルを握る力が強くなる。プラスチックが凹んで、ペコッと鳴った。

「間接キス、気にするんだ。可愛いところあるじゃん」
「はいはい、そうですね」

最初から最後までからかわれてるとわかれば、後はもう相手にしなければいい。ちょっと腹ただしいけど、一応奢ってもらったしお礼だけ言って教室に戻ろう。逸らしていた目線を合わせると、小湊が少し真剣な面持ちをしていて違和感を覚える。

「ごめん、ちょっとからかいすぎた」
「もう、いいよ。カルピスありがとう」

小湊も謝ることあるんだなぁと驚く。基本的に正しいことしか言わないから、謝ってるイメージがなかった。
もう、いいよって言ったのに、真剣な面持ちは崩れない。昼休みも残り数分だから早く教室に戻らないとなのに。

「小湊、授業始まっちゃう」
「待って」

教室に帰ろうと踵を返そうとした瞬間、小湊の右手が私の腕を掴んだ。ギュッと掴まれた部分だけ、とても熱い。
え、なに? 私はどうしたらいいの? なす術もなく、とりあえず立ち止まって次の言葉を待つ。

「さっき言ったこと、前言撤回させて」
「……はい?」
「からかう相手、って言ったじゃん」
「うん」
「あの言葉は忘れて」
「……わかった」
「可愛いって言ったのは本当だから」

ビリリと指先が痺れる感覚が、一瞬で全身に伝わっていった。心臓がバクバクと高鳴っている。さっきから小湊の言動一つで恥ずかしくなったり、呆れたりして、感情の変化が慌ただしい。
私、単純だから勘違いしちゃうよ、期待しちゃうよ。でも、そんなこと言える勇気なくて無いから、金魚みたいに口をパクパクさせることしかできない。小湊は相変わらず表情を崩さない。本気で言っているのか、そうではないのか判断がつかなくて戸惑う。

「あ、あのさ」
「ごめん、引き留めすぎた」

二回目の謝罪をして、腕から手を離すと足早に立ち去ってしまった。私も慌てて教室に戻ると、ペットボトルを握っていた手のひらにぐっしょり汗をかいている。なんだか喉もカラカラに乾いていて、迷わずカルピスに口を付けた。小湊もさっき、同じように喉を鳴らして飲んでたっけ。
そう思うといつにも増して甘く感じる気がして、またビリリと唇が痺れた。