×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



スポットライトがなくても


 
 想いを言葉にすることは、どうしてこんなにも緊張してしまうのだろう。
 
「わたし、渡辺くんのことが好きなんだ」

 身体中の勇気を振り絞って告白をしたのに、その場の空気は雪の降る夜のみたいに静まりかえった。
 ただのクラスメイトで、たまたま隣の席になった女子から突然告白されたのだから、リアクションに困って当然だと思う。
 困惑して言葉を失っている渡辺くんとは対照的に、わたしの心臓は早鐘を打って鼓膜まで激しく叩く。

 ──ついに、とうとう、告白しちゃった。
 同じクラスになってからずっと、渡辺くんのことが好きだった。
 彼の爽やかで文系少年っぽい見た目とは裏腹に、実は野球部に所属しているというギャップに驚いて、いつしかやさしく笑う横顔を目で追うようになっていた。
 偶然にでも目が合えばそれだけで胸は高鳴ったし、ほんの一言だけでも話すことができれば幸せで足元がふわふわした。

 少し遠くから眺めているだけで満足していた恋に変化があったのは、中間テストが終わった後の席替えがきっかけだった。
 運良く渡辺くんの隣の席を引き当ててから、わたしの欲は日を追うごとに深さを増していく。  
 毎日のあいさつも、休み時間のおしゃべりも日課になってしまえば、「ただのクラスメイト」という関係性に満足できなくなってしまうのは必然だと思う。

 隣同士の席になってから数ヶ月が経つけど、夏休みが終わればまた席替えがある。せっかく近づいた距離が、あっさりと離れてしまうのがイヤだった。
 期末テストの返却も終わりあとは夏休みを迎えるだけになって、ノリと勢いだけで教室から校舎裏へと連れ出して、今に至る、というわけで。

「……え、なんで僕なの?」

 淡いブラウンの瞳を大きく見開く。
 渡辺くんは予想どおりに心底驚いた顔をする。

「なんでって……渡辺くんはやさしいし、勉強教えるのも上手だし、野球も頑張ってて、その……すごくかっこいいから」

 なんで? って言うだろうなって気がして、事前に準備しておいた「好きになった理由」をドキドキしながら羅列した。
 告白の予行練習は脳内で何度もしてきたので、ここまでは練習どおりに事が進んでいる。

「でも、僕はメンバー入りしたこともないよ」
「それは知ってる」
「普通はレギュラーの選手を好きになったりするんじゃないの」

 戸惑う声は微かに震えて、渡辺くんの自信のなさが明け透けに見えるようで。
 今までこんな風に告白されること、なかったのかな。そうだとしたらかなり意外だけど。
 わたしから見れば渡辺くんはすごく素敵な男の子なのに、他の女子たちはピッチャーの降谷くんや沢村くんに夢中なのかもしれない。一生そうであってほしいと思う。
 
「だって、渡辺くんも毎日野球してるじゃん」

 残念ながら渡辺くんの普通とわたしの普通は違うようだ。
 渡辺くんにとっては、メンバー入りして公式戦に出場するような選手がかっこよく見えるらしいけど、わたしはそうじゃない。

「おっきいフライを走って追いかけて上手に捕ったり、バッティングの練習で遠くまでボールが飛んでいくところ、何回も見たことあるよ」

 わたしの知っている渡辺くんは、真っ白な練習着を土で真っ黒に汚してボールを追いかけている。割と細身に見えて、半袖からのぞく腕は日に焼けて結構たくましい。バットで打ったボールは彼の背筋のようにまっすぐ遠くまで飛んでいく。
 教室の中、真剣なまなざしで板書する渡辺くんの横顔も、数学のわからない問題をやさしく教えてくれるところも、よく知っている。

 だからわたしは、渡辺くんのことを好きになった。

「いつの間に見てたの」
「毎日土手を通って帰るから。渡辺くんは練習に夢中で気づいてなかったでしょ」
「そうだったんだ……」

 わたしの熱が移ってしまったのか、渡辺くんの形のいい耳は真っ赤に染まり、頬もほんのりと赤くなる。
 今まで野球部の練習を眺めてみたり、休み時間に話しかけたりしてきたけど、どうやらわたしの好意は一ミリも伝わっていなかったことを思い知ると、根拠のない自信だけで膨らんでいた期待が風船のようにしぼんでいく。

「渡辺くんは勉強も頑張ってるのに、野球でも努力できてすごいなって思ってたんだよ」

 男心をくすぐるようなあざといセリフも、胸をきゅんとさせるような殺し文句も知らないけれど、これが今のわたしの精一杯の気持ち。
 ちゃんと伝わっているか不安で、瞳を見つめようとした途端にまぶたが伏せられる。いつものやさしい表情の中に、影が落ちた。

「努力してたって、メンバー入りできなかったら意味は無いんだよ」
「……そうなんだ」
「……愚痴っぽくなって、ごめん」

 わたしには野球部のことはよくわからない。
 たぶん、渡辺くんの言うことが正しいのかもしれない。
 野球部の人たちはみんなが二十枚しかない背番号が欲しくて、憧れのユニフォームを着て試合に出たいはず。そのために毎日朝から夜まで練習を頑張っているんだろう。
 でも、背番号がもらえても、たとえもらえなかったとしても、わたしの知っている渡辺くんの努力まで否定されるのは、とても悲しい。
 頑張っている渡辺くんが自分の努力を認められないのは、正しくない、とわたしは思う。
 わけもなく悔しさが込み上げてきて、スカートのプリーツをぎゅっと握り締める。

「今は努力しても意味無いって感じるのかもしれないけどさ」
「うん」
「いつか『あの時の努力にも意味があった』って思えるようになるといいね」

 わたしたちがもう少し大人になって、五年後とか、十年後になったら。
 今は意味が無いと思っていても、未来には「意味のある努力」に変わっているかもしれない。そんな希望くらい持ったっていいと思う。
 だって私から見た渡辺くんは、野球をすごく頑張っているから。野球部の誰よりもかっこいいから。
 その事実だけは、一生誰にも塗り替えられることはない。

「……」
「わ、渡辺くん……?」
「このあいだ夏の大会のメンバー発表があって」
「うん」
「僕はメンバー入りができなかったんだ」
「……そっか」

 わたしの知らないうちに、渡辺くんの夏の大会のメンバー入りを賭けたチャレンジは終わってしまっていたらしい。
 それでも普段と変わらないやさしさとたくましさで、いつもと同じように隣の席で背筋を伸ばしていた。
 渡辺くんは、強い。やっぱりこの人のことが誰よりも、一番に好きだと思う。

 目尻をじんわりと赤くして、今日はじめて表情をやわらかく崩す。
 眩しさに目を細めるような笑みを向けられて、心臓も喉も目の奥も、身体中の器官がぎゅうっと締めつけられた。

「……そんなやつでもいいの?」
「わたしは! 渡辺くんじゃなきゃ嫌なの! 渡辺くんがいいの!」

 力いっぱいに声をあげて、肉刺が潰れて硬くなった右の手のひらを捕まえる。
 わたしはこんなに強く、きみのことが好きなんだよ──ちゃんと伝わるように、宝物を包み込むように、そっと力をこめた。

「ありがとう」

 同じだけの強さで、同じだけの熱さで、握り返される手のひら。ただ握手をしているだけなのに、泣きたいくらいに嬉しくなる。ちゃんと気持ちが伝わったんだとわかる。

 ふいに耳元へと寄せられた唇が、ささやくように「これからよろしくね」と告げた甘やかな声を、わたしはきっと一生、忘れることはない。