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君と私をつなぐもの


 携帯電話を開発した人は、とてつもない天才なんじゃないかと思う。
 だって携帯電話さえあれば、インターネットですぐに調べ物ができるし、SNSで友達とやりとりできるし、音楽を聴いたり、ゲームで暇つぶしもできる。
 
 そして何より、電話機能がとても便利だ。

 北海道と東京を隔てる距離は、約九百八十キロメートル。電車と飛行機を乗り継いでも約四時間半もかかる距離を、たった五回の呼び出しコールで繋いでくれる。その間、わずかに十数秒程度。
 プッと短い接続音がして、靴を履いて慌てて歩き出したような足音が聞こえてきた。部屋の外にでも出たのかな。

「・・もしもし」
「あ、今日はいつもより早く出たね」
「携帯持ってたから」
「暁が携帯持ち歩くなんて珍しいね」
「・・うるさいな」
「あはは」

 久しぶりの会話なはずなのに、緊張することもなく自然と話し出せてホッとする。それはきっと、暁の声がいつも通りにぼんやりとした響きで鼓膜を震わせるから。

 暁が地元を離れて一年以上経つけど、数ヶ月に一度の頻度で電話する時の声に変化はない。去年の春に暁を見送った後、東京に染まって擦れてしまうんじゃないかと不安に思っていたけど、それはただの杞憂だった。
 ただ、前よりも話すことが上手になったなとか、喜怒哀楽が声だけでもはっきり伝わるようになったなとか、電話していているだけでも成長を感じることが多い。それはとても喜ばしいことだと思う。

「暁、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「野球部の人たちにも祝ってもらった?」
「顔面ケーキしてもらった」
「それ本当に祝われてるの?」

 東京の高校球児って怖い。 
 年に一度の誕生日すらゆっくりケーキを食べさせてくれないなんて。もしや祝っていると見せかけて、ただの嫌がらせなのかも。センバツで好投した暁の活躍を妬む某野球部員に、騙されているのかもしれない。
 そんな想像を巡らすと、途端に不安になってしまう。暁、本当に大丈夫なの・・?

「ケーキは美味しかったから、大丈夫」
「暁が平気なら別にいいんだけどさ・・」

 こればかりは私に介入できない問題なので、暁と仲間たちの絆を信じるしかない。でも暁の声がほくほくしてるから、まぁ大丈夫なんだろう。おそらく。

「あ、今日北海道から荷物届いた」
「ちゃんと今日届いたんだ、良かった。中身はもう見た?」
「バターサンドとか焼きとうきびと・・あとなんで熊カレー?」
「地元の味が恋しいかな〜と思って」

 私なりの気遣いで、北海道名物のお土産を小さな箱に詰めて一昨日発送した。
 幼馴染兼好きな人への誕生日プレゼントにしては、色気が足りないラインナップだったかもしれない。
 それでも、暁に少しでも地元のことを思い出してもらいたくて。私と一緒に育った場所のことを忘れてほしくなくて。気づけば北海道のお土産ばかりを詰め込んでしまった。
 そして、本当に渡したかったプレゼントもこっそり忍ばせた。

「先輩たちが喜んでた」
「えっ、まさか先輩たちにあげちゃったの?」
「一緒に食わせろって」
「・・まぁ、それならいいけど」
「あと、ボールもありがとう」

 ちゃんとメインのプレゼントにも気づいていたらしい。ほっと胸を撫で下ろす。
 暁のポジションは投手で、他のポジションの選手よりボールに触れている時間が多いと聞いたことがあった。それなら、使用頻度の高い野球ボールをプレゼントすれば、実用性もあるし身近に置いておいてもらえる。
 我ながらナイスアイデアだと思ったけど、暁もなんだか嬉しそうで良かった。

「あのボール使えそう?」
「自主練で投げる時に使う」
「たくさん使ってあげてね」
「そうする」

 東京へ行ってからも、暁の口数の少なさは相変わらずだ。少し間を開けながら、ぽつり、ぽつりとお互いの近況を話し合う。期末テストはどうだったとか、練習試合で投げた感想とか、ありきたりな天気の話とか。
 暁との通話は、十分くらい話せば話のネタは尽きてしまうから困ってしまう。本当はもっと話したいし、私の話を聞いてほしいのだけど、暁は寮生活だからワガママは通せない。
 そろそろ切るタイミングかな、と思って「じゃあ、」と言いかけると、珍しく先に暁が口を開く。

「今年の夏は・・試合観に来るの」
「今年もまた決勝戦まで行ったらね」
「それなら、観に来れる」

 意志のこもった強い声が鼓膜を震わせる。
 負けるつもりなんかない、と言葉にしなくても勝気な感情が伝わってくる。去年の夏は、決勝戦で終わってしまった。でもきっと、いや絶対、今年の夏は青道が甲子園に行ってくれる。
 春のセンバツのマウンドも暁に似合っていた。夏の甲子園の眩しいマウンドも、暁によく似合うだろう。
 だって、暁は夏生まれの夏男だもの。

「決勝戦、楽しみにしてるね」
「甲子園も行くから」
「もちろん、甲子園も行くからね。そのためにバイト代を貯めてるし」
「・・いつも観に来てくれて、ありがとう」
「どういたしまして」

 照れくさそうに尻すぼみになる「ありがとう」に、ジーンとしてしまう。暁の声を聞いていると、早く会いに行きたいという気持ちが高まってしまって、胸が苦しい。
 神宮球場のマウンドで投げる暁の姿を、早く目に焼き付けたくて、そのことばかりで頭がいっぱいになってしまう私は、余裕がなくてとてもかっこ悪い。
 耳元で声が聞こえるのに、すぐそばにいるわけではない不思議な距離感が嬉しくて、寂しくて。
 少し泣きそうだ。本当に、少しだけ。

「じゃあ、そろそろ切るよ」

 楽しかった通話も終わりの時間がやってきた。
 壁掛け時計を見上げると、時計の針は二十二時四十分を指している。消灯時刻の二十三時まで、あと二十分しかない。

「うん。またね、おやすみ」
「おやすみ」

 いつものように暁が切るのを待っていたら、変な間が空いて無音の時間が数秒流れた。端末を耳から離して画面を見れば、まだ通話中になっている。

「暁? まだ切らないの?」
「なまえが切れば」
「私からはいつも切らないじゃん」
「そうだっけ」
「そうだよ」

 変な暁、と言えば、「別に変じゃない」って返ってくる。あぁ、やっぱり今すぐ会いたいなって思う。
 普段より長く暁の声を聞いていると、気持ちの抑えが効かなくなりそうで。こみ上げてきた涙の膜がゆらゆらして、机上に飾ってある暁と私の写真が滲んで見える。

「じゃあ、せーので切るよ」
「うん」
「せーの、」
「・・」
「・・」
「・・・・」
「いや切らないんかい!」
「それはこっちのセリフ」

 なんだよ、もう!
 こんなこと初めてで、おかしくって笑いが止まらなくなる。「笑すぎ」って言われても、ちょっと拗ねた感じの暁の声がいとしくて、余計に楽しい気分になる。

「そろそろ切るよって言い出したのは、暁の方でしょ」
「それは、そうだけど」
「ねぇ、あともう少し話そうよ。聞いてもらいたいこと、まだあるんだ」

 いつも飲み下すワガママを、今日は言葉にしてみる。
 ちょっとドキドキしながら返事を待っていると「いいよ」って柔らかい声。そんな優しい声色、初めて聞いた。変にドキドキしてしまって、ベットサイドの枕をギュッと抱き寄せる。

「あのね・・」
「うん」

 今日はいつもより少し長い夜になりそうだ。緩やかな会話のキャッチボールは、お互いの胸元まで優しい山なりを描きながら投げ返される。
 ふと、カーテンを開けた窓の外では濃紺の空に夏の大三角が瞬いていた。

 毎年、暁の誕生日とともに夏が訪れる。去年の真夏の神宮球場を思い出して、肌がチリッと焼ける感覚がよみがえってきた。
 今年は高くて良い日焼け止めを買ってから、東京に行こう。マウンドにいる暁まで声が届くように、メガホンも持参して。

「暁ならきっと、スタンドにいる私のことを見つけてくれるでしょ?」
「・・たぶん」

 ロマンスのかけらもない返事が来て、また声を上げて笑ってしまう。
 どうやらまだまだ脈は薄そうだ。今はたぶん、こんな感じの距離感が心地良い。
 でも、いつか九百八十キロメートルの距離をゼロに・・できたらいいな。なんて、これは私だけが知っている秘密の計画。

 約束の朝に飛行機に乗って、電車を乗り継いで、絶対に会いに行くから。真夏の神宮球場で待っててね。
 私が一方的に取り付けた約束に、暁は力強い声で頷いてくれた。

 この夜が、始まったばかりの夏が、いつまでも終わらなければいいのに。きっと暁も、私と同じことを考えている。確証も根拠もないけどそんな気がして。
 無駄にプラス思考な私のことを、暁もたぶん嫌いじゃないでしょう?
 そう言いかけた言葉は、また今度会った時に伝えることにしよう。