沢村は拡声機のような人だ。
いつどこにいてもよく通る大きな声が響いてくる。自分がどこにいるのかアピールするのが上手で、そんな彼の周りにはいつも人が集まってくる。
沢村は柴犬のような人だ。
大きくてまん丸な瞳はいつもキラキラと輝いている。喜怒哀楽がコロコロと変わる様子は見ていて飽きないけど、愛嬌たっぷりな笑顔は人を惹きつける。
沢村は太陽のような人だ。
彼の笑顔は目を細めないと直視できないほど眩しい。不意に触れたことのある手のひらは、とても熱くて心臓が飛び跳ねた。
私は沢村にとって、ただのクラスメイトにすぎない。
拡声機のような声を聞いて彼の周りに集まって、あの柴犬みたいなまん丸な瞳に映り込みたくて。
でも、あの太陽のような眩しい笑顔に火照ってしまって、結局はただのモブのクラスメイトから一歩踏み出せずにいる。
私は沢村に憧れている。
彼は恥ずかしげもなく堂々と『エースになる』と宣言してみんなに笑われていたけど、その背中が少しずつ目標に近づいていることは周知の事実だ。
有言実行しようと努力する彼の姿を見て、あのエース宣言を鼻で笑う奴はもうどこにもいない。自分の目標に全速力でまっすぐに駆けていく背中に、いつしか触れてみたいと想うようになった。
本当はわかっている。私だって声に出さなきゃ、行動しなきゃ、この想いの端っこすら彼には伝わらないということも。これは沢村が教えてくれたことだ。とりあえず、声を出せばいい。行動は後からついてくるものだ。
「さ、わむら!」
「おー! なんだ? もしやみょうじも誕生日を祝ってくれるのか!?」
昼休みが終わる五分前。
『あんたが主役だ』のタスキをかけて意気揚々と応える沢村の勘が良すぎて笑ってしまう。
キラキラした目前に拳を突き出せば、訳も分からず首を傾げて拳を観察し出した。その仕草は匂いをくんくんと嗅ぐ柴犬のそれによく似ている。
「手、出して」
「こうか?」
開かれた左手は、乾燥して所々にマメの潰れて硬くなった跡が見られる。この手があんなにまっすぐで速いボールを投げるのかと思うと、ジーンとするな。
感慨深さみたいなものを感じながら、手のひらにそっと誕生日プレゼントを置いた。
「勝運……お守りか!」
「勝利のお守りなんだって」
「すげーな! これがあればもっと勝てそうだ!!」
悩みに悩んで選んだプレゼントは、必勝祈願をご利益とする神社のお守りだった。当初は手作りのお守りにしようかとも考えたけど、マネージャーさんたちの作るお守りのクオリティに並べられるはずもなくて、結局は神頼みになってしまった。
それでも沢村の瞳はキラリと光を放ち、その光に目を奪われているといきなり両手を包まれて、びくりと跳ねる全身。手の甲が沢村の手のひらにじりじりと焼かれるみたいで、言葉が舌の上から蒸発してしまう。
「これ誕生日プレゼントだよな! ありがとうな!!」
「……う、うん。どういたしまして」
辛うじて用意していたセリフは言えた。なぜか両手は包まれたままで、興奮気味にブンブンと上下に振られる。私の知っている握手はこんなに熱烈ではない。すれ違う人々の視線が刺さって痛すぎる。廊下で声をかけたのはどうやら失敗のようだ。
「俺、もっと頑張るから! 応援よろしくな!!」
あの太陽みたいに眩しい笑顔で、また力強く宣言をする。
私は素直に「頑張ってね」と伝えていいのか戸惑って、口ごもってしまう。だって、沢村は毎日すごく頑張っている。練習のユニフォームはいつ見ても土で汚れているし、たくさんを汗をかいて苦しそうだし、毎晩大きなタイヤを引きずって爆走しているのを、私は知っている。
もうすでに充分に頑張っている人に、「頑張ってね」と伝えても厚かましくないのかな。うざがられたりしないかな。
迷って言葉を失っている私の顔を、沢村は心配そうに覗き込んでくる。
「……みょうじ? どうした?」
「沢村はたくさん頑張ってるのに、私が『頑張って』って言っていいのかなって」
「そんなの良いに決まってるだろ! 俺はエースになるために、もっと頑張らなきゃだからな!!」
私の杞憂を『ワハハ!』と高笑いして一蹴してしまう。まるで嵐みたいに、私の心の淀んだ空気を吹き飛ばしてしまった。私も沢村につられて笑う。
そして、この言葉を心を込めて贈るよ。
「誕生日おめでとう! 頑張ってエースになってね!」
「おう! ありがとな!!」
気持ちが伝わるように大きな声でエールを贈ったら、これまた拡声機を通したような大きな声で応えてくれた。沢村がこの左手で背番号1を掴む日も、そう遠くないと手のひらから伝わる熱さで確信する。
教室へと戻って行く真っ白なワイシャツの背中に、ぼんやりと背番号1を描いてみる。うん、よく似合ってるじゃん。エースナンバーをつけて立つマウンドは、去年の夏よりきっと、ずっと熱くなる。
あぁ、早く夏にならないかな。
初夏の窓の外は、今日も気持ち良く晴れていて、絶好の野球日和だ。