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アッシュグリーンの瞬き


人の気配もまばらな二十一時過ぎのコンビニ。
レジ打ち、商品の搬入、品出し、その他もろもろの雑務をこなしていると、あっとう間に夜が更けていく。
十七時から二十二時までの勤務でやらなきゃいけない仕事は、四回目の勤務で一通り覚えられた。ようやくここの制服にも着慣れてきたと思う。
すっかり店外も真っ暗闇に包まれているというのに、この時間でも自動ドアが開けば日中に暖められた生温い空気が侵入してくる。
無意識に顔をしかめてしまったタイミングで、入店のBGMが流れた。

「いらっしゃいませぇ……あ」
「……あ? 」

あと一時間で勤務終了と疲労がピークな時間帯に、ヤンキー風の青年が入店してきて無意識に身構える。
あれ、でもなんだろう。そのヤンキーには既視感があるような気がする。
恐る恐る薄目で観察してみると、鋭い目つきに短めの眉毛、筋肉質な身体つきに猫背気味な姿勢には見覚えがあって。
なんと彼は、クラスメイトの倉持くんだった。なんでわざわざこんなところに来たんだろう。

「え、お前なんで」
「今月からここでバイト始めたんだ」
「……へぇ」

Tシャツにハーフパンツを身に纏い、左肩からボディーバックを掛け、頭にはタオルを巻いて、頬やら腕には汗がキラキラと光っている。
浅く息を整えている姿を見るからに、どうやらここまで走って来たらしい。
確か野球部の寮からだとこのコンビニは2〜3kmは離れているはずだし、どうしてわざわざこんなところまで来たのか。頭の中はクエスチョンマークで溢れそう。
目をパチクリと二、三回瞬かせてから思いっきり視線を逸らした倉持くんは、頭のタオルを外してゴシゴシと荒っぽい仕草で汗を拭う。
そのまま店内へと進んでいく後ろ姿はちょっと猫背気味で、やっぱり元ヤン臭が少しだけした。

突然のクラスメイトの来店に、平然を装っていた私も内心すごく動揺している。
そもそも、青道からも野球部の寮からもそれなりに離れたこのコンビニに、青道生が来店すること自体が非常に珍しい。
しかも、クラスメイトだというのに私は倉持くんもまともに会話をしたことすらないのだ。
倉持くんは大抵、休み時間を野球部の御幸くんと野球談義をして過ごしているし、私も同じく帰宅部の友達とお喋りに花を咲かせているかスマホをいじって過ごしている。
お互いに同じ教室にいるはずのに、驚くほどに交流が無かった。
まぁ、それは強豪野球部のレギュラーとただの帰宅部アルバイターが同じクラスにいたとしても、共通点とか話題だのそんな物は一つもありはしないから、交流が無いのも当然のことだった。
だからこそ、さっき対面した時に私を認識してくれたことにすごくびっくりした。
まぁ、さすがに同じ教室で過ごせばクラスメイトの顔くらいは覚えているか。
そりゃそうだよね、さすがにね。と無理やり納得して平然を装うとする。
早く動揺を隠さなければ倉持くんがレジに来てしまうからだ。

「……お願い、します」
「あ! わっ、はい! 」

ちょっと待って、足音がまったくしなかった。
いきなり目の前で声がしたと思ったら、案の定倉持くんだったし、心の準備が未完成だった私は慌ててバーコードリーダーを手に取る。
焦りすぎてまともに倉持くんの顔を見られない。商品のバーコードを見つけるのに手間取ってしまう。
レジに置かれた商品は、ミネラルウォーター、シャー芯、緑のラインマーカー、溶けにくい焼きチョコ。
このラインナップはおそらく勉強道具で間違いない。
期末テストに向けて勉強をしているところだったのかもしれない、と予想しながらバーコードを読み取っていく。
五百二十四円です、と合計金額を告げながら袋詰めを進めていると、倉持くんはコインケースから小銭を漁りながら声をかけてきた。

「……期末前なのにバイトとか余裕だな」
「今日は出てくれって頼まれちゃったから仕方なくて……」
「お人好しだな」
「そんなことないけど」
「それに毎回学年順位の上位だもんな。羨ましいぜ」
「いやいや、あれはたまたまだよ」
「謙遜すんなよ。事実なんだし」

一瞬、嫌味でも言われたのかと思って硬直しそうになったけど、倉持くんの口調から察するに純粋に私のことを羨ましいと思ってくれているのは理解できた。
私からしたら、百人ぐらいいる野球部員の中でたった一つのポジションのレギュラーに定着する方が、余程すごいし羨ましいとさえ思う。
勉強なんてやればやるだけ成績は伸ばせるけど、野球は努力に才能まで加味されてしまうのだから、二年生でレギュラーの倉持くんって本当にすごい人なんだよね。

「あの……どうしてこのコンビニまで来たの? もっと近くにコンビニあったよね」

ここで疑問に思っていたことを倉持くんに投げてみる。倉持くんが入店してからずっとモヤモヤしていたんだ。
今ここで聞いておかないといけないような気がして、気づいたら口を開いていた。

「あー……テスト勉強で身体鈍りそうだから、買い物のついでにランニングしよーかと思ってよ」
「そうだったんだ」

少し躊躇いながら答えてくれた倉持くんは、気恥ずかしげに人差し指で頬を掻いている。
倉持くんは努力を他人に見せたくないタイプなのかもしれない。
野暮なことを聞いてしまったみたいで反省する。
五百円一枚、十円三枚で五百三十円を頂戴して、五円と一円を一枚ずつ差し出す。
小銭を渡す時にほんの一瞬触れた手のひらはマメが潰れてカサカサに硬くなっていた。
一目見ればわかる、努力を怠らない手だ。
一体どれほどバットを振れば、打球を捌けば、こんな手のひらになるんだろうか。私が考えたところで頭の中に小宇宙が誕生するだけだ。
要するに、私の小さな頭では計り知れないということ。

「なぁ」
「……はい?」
「みょうじって英語得意か?」

レジ袋を差し出して人差し指に引っ掛けた倉持くんは、さっそく中身を漁りながらそう尋ねた。
本日二度目の驚きに、私の思考は数秒間停止した。
私の名前を覚えていてくれたのか。というか今更だけど、学年順位の掲示の上位に私の名前があることも、倉持くんはさも当然のように知っていたし。
私の存在なんて倉持くんの視野にすら入っていないとばかり思っていたのに、意外だ。
逆に私が質問したいと思いながらも、私の返答を律儀に待ってくれている倉持に答えなくてはいけない。
私は英語は得意ではないけど、嫌いというわけでもない。
でも、なんでそんなことを聞いてきたのか、理由がよくわからないのが少しだけ怖かった。

「……嫌いではない、けど」
「ならさ、明日教えてくれねぇか?」

どうやら勉強を教えてくれという、お願いの前置きだったらしい。
倉持くんはレジ袋から先程購入したばかりの夏でも溶けにくいと話題の焼きチョコを取り出して、再び私の前へと差し出してきた。

「……これさっきレジ通したよ?」
「バァカ、授業料の先払いだよ。こんなんしか渡せねーけど、受け取ってくれ」
「え、いやでも悪いよ」
「これ、好きだろ? 休み時間にたまに食ってんじゃん」

目を細めて白い歯を見せる倉持くんの笑顔をこんなに間近で目撃するのも、これが初めてでかなり衝撃的だ。
普段は目つきも鋭いし取っ付き難いし、御幸くんの前でしか笑うところなんて見たこともなかったのに。
ろくに話したこともないクラスメイトの私の前でも、こんな風に笑ってくれるんだ。
倉持くんってもしかして、案外話しやすい人なのかも。
しかも、私が同じ焼きチョコを週一ペースで学校に持ち込んで休み時間に食べているところまで目撃されていたらしい。
舌の上で甘くとろけたチョコにうっとりしている間抜けな表情を見られてしまったのかもしれない。
もしそうだとしたらとてつもなく恥ずかしい。顔に熱がじわじわと集まるのがわかる。
アイツまた同じ菓子食ってるぜ、とか御幸くんと話していたりしたのかな。さすがにそんなわけないか。
あの二人は顔を見合わせれば、大抵が野球の話題でしか話していなかったはずだし。

「……で、返事は?」
「あ、えっ、はい」
「良し、決まりだな!」

少し屈んで私の顔を覗き込む倉持くんと目が合って、我に帰るとしっかり焼きチョコを握らされていて。
ちょっと待って、と呼び止めるより早く、倉持くんは「じゃあな」と告げて走り去って行った。
その姿はあっという間に見えなくなって、青道のリードオフマンと呼称されるのも納得だなぁ、なんてぼんやり考えながら仕事をしていたら気づけば二十二時を回っていた。
今日はなんだかいつもより疲れたような、楽しかった……ような気がする。









倉持くんがバイト先に現れた翌日。
空模様は生憎の梅雨空で、雲がどんよりと空を覆い尽くしていた。
私はいつも通りの時間に登校して、授業を受けて、休み時間は友達とお喋りに花を咲かせるかスマホをいじるなどをしている。
お昼休みもあと十五分で終わるというタイミングで、友達が彼氏のところに行ってくると語尾を弾ませながら席を立った。
私は友達を見送って、自席でスマホをいじりながらさりげなく倉持くんを盗み見る。
私の視線に気付きそうにもないから、しばらく観察を続けてみよう。
倉持くんは今日もやっぱり御幸くんと談笑している。
グラウンドでも寮に帰っても野球の話をして、教室でも野球の話ばかりで飽きたりしないのか疑問だ。
野球のことばかり考えて、朝から晩まで練習して、それが当たり前でなければレギュラーポジションは獲得できないものなんだろう。
少なくとも私には、"努力するのが当たり前"なんて生活に耐えられないなぁと、他人事に思いを巡らせる。

ところで、倉持くんは「明日勉強を教えてほしい」というようなことを言い残して走り去って行ったわけだけど、一向にこちらへ視線を向ける気配すらない。
昨晩の出来事はもしかして勤労で疲れすぎたために見てしまった妄想だったのかな……と頭を抱える。
それかまさかの倉持くんのそっくりさんだったのでは? と疑念を抱いて、さらにジーっと倉持くんを見つめると……あ、目が合った。
おもむろに御幸くんの席を離れて自席から教科書とノートを引っ張りだし、ゆっくりと私の席の前に歩み寄る。
やっぱり昨晩の出来事は妄想じゃなくて現実だったらしい。
倉持くんに見下ろされている。私は倉持くんを見上げている。
しっかりと目が合っているのに、お互いになんて声をかけていいのかわからなくて口ごもってしまう。
あぁ、どうしよう。こんな時になんて話しかけたらいいのか、さっぱりわからない。
私がもっと気さくな性格だったら良かったのに。
倉持くんの背景には意地悪な笑みを浮かべる御幸くんが見えて、笑ってないで助けてよ! と懇願したくなった。

「なぁ……昨日の約束覚えてるか?」
「う、うん」

恐る恐るバックから昨日貰った焼きチョコを取り出して、しっかりと倉持くんに見せる。
その瞬間に、倉持くんの強張った表情が綻んだ。

「なんだよ、まだ食ってねーのかよ!」
「なんかもったいなくて」
「遠慮すんなよ。授業料なんだし」

倉持くんが前の席を引いて腰掛けると、目線が同じ高さになる。
少し離れた場所から見つめるでもなく、見下ろされるでもなく、向き合って目線が合うだけで倉持くんとの距離が近く感じる。
それはもちろん、物理的にという意味でもあると同時に心理的にも言えることで。
だって今の私たち、野球部のレギュラーとか帰宅部のアルバイターとか、そんな属性の違いなんて取っ払って、ただのクラスメイトなんだ。
机を一つ隔てて教科書とノートを開いて、同じ問題の答えを導き出すために言葉を交わし合う。
時たま倉持くんが照れたように笑みを零すから、私もつられて笑ってしまう。
そんな私の顔を倉持くんは物珍しそうに目を丸くして覗き込んでくるものだから、ますます可笑しくて笑いが止まらなくなる。

「あはは……なんでそんな驚いた顔してるの?」
「いやだってよ……俺の前でも笑うんだなって」
「そりゃ楽しい時は笑うよ」
「そっか。楽しい時は……な」

あれ、私いま楽しいのか。
無意識に口にした言葉で、自分の感情を確かめる。自分で自分にびっくりした。
そして、それは倉持くんも同じみたいで、びっくりしたような照れくさいような、複雑な表情を浮かべていて。
私はそんな倉持くんの複数の感情が入り混じった表情を見て、なぜだかもっと倉持くんのことを知りたいと思った。
もっといろんな感情を、どんな表情で見せてくれるのか、確かてみたくなる。

「またちょいちょい教わりに来ていいか?」
「いいよ」
「あー……あとさ」
「ん?」
「また行ってもいいか? あのコンビニ」
「もちろん。今度の授業料は何がいいかなぁ」
「百円以内な」
「……倉持くんて意外にケチだね」
「ヒャハ! 言うじゃねーか」

倉持くんは特徴的な高い声を弾ませて無邪気に笑う。
御幸くんの前でよく見せるあの表情を、私なんかが容易く見てしまっていいのかな。
ふと心の中に浮かんだ疑問に明確な答えなんてあるはずもないけど、倉持くんが白い歯を覗かせて笑う姿を見ていると、まぁなんでもいいかなと思う。