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おむすびころりん


あ、この光景こどもの頃に絵本で読んだやつと同じだと、ふと思った。おむすびころりんってやつ。おむすびが転がって穴に落ちちゃうお話……だったような。
実際には穴に落ちずに、ころころと転がって私の上履きの側面に当たって、止まった。え、なんで、こんなところに。

「……おにぎり?」
「あああああオレの昼飯がぁぁぁぁ」
「!!」

なぜ校内に猪がいるのかと、一瞬目を疑って瞬きをする。あまりに猛スピードでこちらに駆けてくるから、短い黒髪が猪の毛並みに見えた。ビビりすぎて声にならない声が出る。猪突猛進って四字熟語は、こんな時のためにあるのかもしれない。
私はというと予測し得ない展開続きで、その場から動けなくなっている。昼休みは友達の教室でお昼を食べるから、移動のために廊下をぼんやり歩いていただけなのだ。
なのに、なんで足元にはベチャベチャのおにぎりと、猪のように駆け寄ったかと思うとうずくまって泣いている男子生徒が一人。
なんだか見覚えがあるような顔をしている。でも名前が出てこない。クラスがどこかもわからない。とりあえず足元で泣くのは止めてほしいから、勇気を出して声をかけてみる。

「あのさ」
「……オレの唯一の食料が」
「さすがに諦めた方がいいよ?」
「でも食べなきゃデカくなれない」

そういう問題じゃないだろ!と口先まで出かかったので、口をギュッと結ぶ。本当はツッコミたかったけど、彼の目が本気だったので否定するのは止めた。そろそろ通行人からの視線が痛い。うずくまって半泣きの男子生徒と、立ち尽くす女子生徒の間にはベチャベチャのおにぎりという絵面は、まるで私がイジメしてるように見えてしまっているだろう。実際は巻き込まれ事故なのに、私も気の毒すぎる。誰か同情してほしい。

「良かったらさ、これあげるよ」
「お、おにぎり?いいのか?」

大事に抱えていたお弁当袋から、気持ち大きめのおにぎりを取り出して、彼の目の前に差し出す。いつもだったらお弁当なんだけど、昨日の夜、お弁当箱を洗い忘れた罰として今朝は作ってもらえなかった。お母さんのケチ。仕方なく自分で握ったおにぎりは、角が丸くて大きさも揃っていない。具は梅とおかかにした。とりあえず食べられればいいか、ってレベルの出来栄えだけど、彼はまるで宝物を恵んでもらったかのように、大事に大事に二つの手のひらに収めた。
おにぎりから手放す瞬間、ほんの一瞬触れた手のひらがびっくりするほど堅くかさついていて、触れた部分を凝視する。例えるなら、堅い岩のような感触。彼がまともじゃないことはすでに承知済みだけど、いよいよ正体が気になってきた。

「雷市!テメェ昼休みミーティングやるっつってただろーが!」
「ミッシーマ!見ろ、おにぎり貰った!」
「お前また飯落としたのかよ……」

長い廊下の端から端まで響き渡りそうなデカイ声が迫ってきて、名前を聞こうと開いた口を再びつぐむ。ズンズンと肩で風をきるようにライチ君に迫ってくるミッシーマ君には見覚えがあった。確か、野球部の子だった気がする。

「おい、お前」
「え、なに」
「本当にコイツに飯やっていいのかよ」
「うん。おにぎり2個あるし」
「ありがとうございますううううう」
「雷市うるせぇぞ!」
「ミッシーマもな!カハハ」

あぁ、そうだこのライチ君は野球部の轟君だ。二人が並んで立っている姿を見て思い出した。夏の大会で野球部の応援に行った時に、グラウンドにこの二人がいたっけ。
あれ、でも確か轟君はスタメンで4番バッターじゃなかったっけ?そんな期待の星に、テキトーに握ってきたおにぎりを渡してしまっていいのかな。お腹壊したりして、バッティングが不調になったりしないかな。轟君のファンの子から僻まれたりしないかな。一度手渡したはいいけど、どんどん不安で心がモヤモヤと曇りはじめる。

「やっぱりそれ返して」
「な、なんで!」
「雷市、お前脚にすがるの止めろよ!」

光の速さで左脚をがっちりとホールドされて、まるで脚に根が張ったみたいに動かない。上目遣いで見つめる瞳は涙の薄い膜でユラユラしている。まるで捨て猫みたいなのに、左脚を離さないのは岩みたいに堅い両腕で、ギャップがありすぎて戸惑う。ていうかこの光景、さっきの絵面より酷く見えてないかな?通行人の皆さんから注ぐ視線が針のように痛い。

「おにぎりでお腹壊したら困るから!返して、そして離して!」
「壊さない!絶対!」
「雷市マジで離してやれよ頼むから……」

ミッシーマ君は呆れ顔で私に助力してくれる。なのにこのチームメイトは頑なに脚を離さないし、手に持っているおにぎりも返そうとしない。最初はドン引きしていたけど、脚に触れる轟君の体温とか、太腿にかかる吐息とか、至近距離での上目遣いがくすぐったくて恥ずかしくて堪らなくなってきた。早く離れなくちゃ、気がおかしくなりそう。

「わかった、あげるから。もう離して」
「ありがとうございますううう」
「本当にごめんな……」
「うん、あはは」

なんかもう笑うしかない。昼休みもあと15分で終わってしまう。おにぎりも1個失った。だけどなんか可笑しくって笑いが止まらなくなる。

「あははは」
「おい、お前大丈夫か」
「うめぇ!梅おにぎり!ありがとな!」
「その場で食ってんじゃねーよ!」
「あはは、もういいよ面白いから」

おにぎりが完全に自分の物になった途端ラップを剥いて、噛みしめるように召し上がっている。もっとがっつくと思ったのに、案外品のある食べ方をしているなと、一周回って感心してしまう。とりあえず食べ終わったら涙を拭いてほしい。

「なんかお返ししろよな」
「え……オレなんにも返せない」
「いいよ、別にそんな」
「あ、ある!あげられるもの!」

突然ひらめいたらしい轟君は、ミッシーマ君に次の試合の予定を聞き出した。いったいどんな物をくれるんだろう。ちょっとだけワクワクする。四つ葉のクローバーとか、形の綺麗な石とか、アイスの当たり棒とかだったらどうしよう。轟君ならくれそうだなって妄想して、また一人で吹き出してしまう。

「ホームランボール!」
「なんだよそれ!野球ボール貰って嬉しい女なんかいねーだろ!」
「いいね、ホームランボール欲しいかも」
「だろ?!」

ミッシーマ君は「本当にそれでいいのか」と視線で訴えかけるがシカトする。ホームランボールなんて貰ったことないし、なんだか特別な感じがして素敵だと思う。本当、綺麗な石とかその辺で捕まえてきた虫とかじゃなくて安心した。

「観に来いよ!今度の土曜日」
「うん、そうしようかな」
「雷市、お前絶対打てよな」

もちろん!と力強く頷く轟君は、無邪気に見えて黒い目の奥がギラギラと燃えている、ように見える。
野球のルールもよくわからないけど、土曜日までには勉強しておこうかな。そしてまた、おにぎりでも作って差し入れでもしてあげようかな。
そしたらカハハと豪快に笑って、ホームランボールを2個手渡してくれるだろうか。