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青天に美しい弧を描く


 神宮第二球場のマウンドには先発の降谷君が立っている。
 背番号「1」を背負い、ゆったりとしたフォームから腕をしならせ、角度のついたストレートを放つ。
 まっすぐな軌道を描きながら御幸君のミットに吸い込まれると思った瞬間──キンッと甲高いインパクト音が耳元で弾けた。
 硬球がバットの芯を食った時に聞こえる澄んだ金属音。これから数秒後に起きる嫌な出来事を瞬時に察してしまう。
 思わず両手で顔を覆いたくなったけど、目を見開き唇を噛んで打球の行方を見つめる。低い弾道は速度を落とすことなく外野フェンスにライナーで突き刺さった。
 塁審が頭上に拳を掲げ、何度も大きく回した──ホームランだ。


 秋季東京都大会準決勝、成孔学園戦。
 青道は成孔を攻めたて五点を先制し、序盤から有利な試合展開だったが、しかし。
 五回表、成孔学園の小川君から豪快な一発を浴び、一点を許してしまった。

 ホームランが当たった箇所を仰ぎ見る降谷君の顔色はどことなく青い。マウンドの上でしきりに帽子を取り、長袖のアンダーシャツで額の汗を拭っている。

 スコアは五対一になって、四点差。
 五回が終わってこれだけリードできていれば、本来はもっと安心して試合を眺めていられるはずなのに、なんとなく嫌な予感がして落ち着かない。

 先日痛めてしまった降谷君の足首も気がかりだし、なにより超重量級の成孔打線がこのまま沈黙してくれる保証はどこにもない。

「みょうじ先生、あの」
「どうしたの渡辺君、工藤君」
「降谷のことで、ちょっと」

 応援部隊から抜け出してきたふたりは、額に汗をにじませながら不安げに声を揺らした。話を聞いてみれば、さっきから降谷君のプレー中の挙動が気になる、と。
 降谷君の怪我を見つけてくれた工藤君の証言なので、決して無下にはできない。怪我を拗らせて故障させてしまっては、決勝戦どころではなくなってしまう心配もある。
 スタンドは高島先生に預け、彼らに付き添ってベンチ裏へと急いだ。





 場内には治療のため試合を一時中断する旨を知らせるアナウンスが響く。
 スタンドの騒めきを壁の向こう側に感じながら、ベンチ裏では工藤君が降谷君の右足にテーピングを施している最中だ。慣れた手つきで捻挫予防のテーピングを貼っていく。何度も施術をして要領を心得ているからか、工藤君は力加減をいちいち確認しないし、降谷君も彼を信頼して身を委ねているよう。工藤君の横顔は真剣だ。

「どうだ?」
「これなら動きやすいです……少し違和感があったくらいなので心配いりません」

 降谷君がそう言っても心配しないわけにはいかない。そのささいな違和感はおそらく身体が警告を発している証拠。彼の右足首が酷使すれば壊れてしまうと悲鳴を上げている。
 そんなことはこの場にいる誰もが分かりきっていることなので、あえて口には出そうとする者はいない。言葉を空気ごとと飲み下し、静かに片岡監督の指示を待つ。

「球数も考えればそろそろ交代してもいい……点差は四点あるし無理をして明日の試合に影響出る方がチームにとってマイナスだからな」
「点差は何の意味もないですよ……」
「え?」
「今、僕がマウンドを降りるワケにはいかない」

 降谷君の鬼気迫る言葉に誰もが息を飲む。

 ──エースは僕だ。
 ──僕が投げて、チームを勝たせる。

 降谷君の心臓から心の声があふれ出す。
 隠しきれない本心が剥き出しになって瞳と、声と、その姿から、私たちに強く訴えかけてくる。誰も彼を否定することができない。そんな凄みのある言葉にさすがの片岡監督も頷くしかなかった。
 ただし、きっちりと降板の条件──独りよがりな四球を出せば即刻降ろす──は提示して。


「降谷君の様子はどうだった?」
「右足首に少し違和感があると言ってました。工藤君がテーピングをしてくれましたが……最後まで投げ切るのは難しいと思います」
「……そう」

 高島先生のほっそりとした指先が頬に触れる。物憂げなまぶたは重たそうに伏せられた。ふぅ、と小さなため息が重なる。
 高島先生と顔を見合わせ、言葉もなくマウンドのエースを見つめる。スタンドから選手のためにできることは、なに一つない。ただひたすら、祈ることのみ。頑張れ、がんばれ、と呪文ように念を込めてつぶやいて両手を強く結ぶ。

 六回、四番の長田君にタイムリーを打たれて二点目を奪われる。
 七回も西島君、またも小川君にタイムリーを打たれ、三点目を失う。

 回を追うごとに点差はわずかに二点にまで詰め寄られ、不穏な気配がじわりじわりと背後まで近づいてくる。ここまで降谷君は独りよがりな四球を出していないけど、成孔打線は甘い球を見逃してはくれない。

 降谷君の限界が近い──と思ったその時、枡君が打った打球が降谷くん目がけて走った。ボールが硬い物にぶつかる鈍い衝撃音。一瞬、球場の時が完全に止まる。

「──降谷君!」

 ボールはどこに当たった? 
 グラブ? 顔? 手首? それとも腕?
 打球の行方は忘れて降谷君の姿を追いかけると、彼は痛がるそぶりを見せずボールをとっさに掴み、ファーストの前園君へと送球した──ヒズアウト! と一塁塁審の声が響く。
 ほんの一秒凍りついた時間が爆発するような歓声を合図に再び流れはじめた。
 降谷君の身を挺したファインプレーを目の当たりにして、観客達の拍手にも熱がこもる。

「打球、どこに当たったんでしょうか」
「ここからだとよく見えなかったわね」

 降谷君は小足りでベンチへ帰ってくる。
 スタンドから見る限りそれほどダメージはなさそうだけど、彼の表情はどこかうつろで。膨らんだ不安が肺をぎゅうぎゅうと圧迫して、息苦しい。

 七回は上位打線で二死三塁のチャンスを作ったけど、御幸君は敬遠君の四球で歩かされ、前園君は打ち取られてしまい、追撃かなわず無得点。

 そして、八回のマウンドには満を持して沢村君が登板。
 いつもの「ガンガン打たせていくんで!」の口上を高らかに叫び、野手の士気も高めてマウンドに登った。

 先頭打者を決め球のチェンジアップで空振り三振に仕留め、順調に滑り出したかと思いきや、三番小島君にはそのチェンジアップを片手で捉えられポテンヒットを打たれてしまった。

 一死一塁で四番長田君との初対戦。
 沢村君は頬を丸く膨らませて、細く息を吐いた。
 長田君の巨体を大きくのけぞらせる独特のルーティンと、フルスイングが風を切る音は、対峙する投手にプレッシャーを与える。スタンドから見ても彼の放つ圧力には気圧されるし、身体の厚みは高校生のそれではない。

 初球はストレートを振らせ、二球目はチェンジアップが低めにワンバンしてボール。ボールカウント1−1から、フルスイングでボールを捉えた。耳元で金属が破裂したような音が響く。さっき小川君が打ったあの時と、同じ音。
 打球は低い空に緩やかな放物線を描く。深めのシフトを敷いていた白州君はすでに外野フェンスで待ち構え、グラブを精一杯に伸ばすけど──打球は無情にもフェンスのすぐ上で弾む。

「同点、ツーラン」

 歓声と唸り声が地鳴りのように足元をグラグラと揺らす。期待に膨らんでいた球場のテンションが一気に弾けた。
 主砲が拳を空へと掲げ、白線のダイヤモンドを駆け抜ける。ホームランは野球の華だと成孔打線に見せつけられた。あまりの悔しさに奥歯をギリリと噛む。

「大事なのは打たれた後のピッチング。クリス君からも口酸っぱく指導されてる沢村君なら、大丈夫よ」

 高島先生は同点ツーランを浴びた直後でも冷静だ。組んだ腕の上に豊満な胸を乗せて、守備のタイムでマウンドに集まった選手たちを見つめている。内心は心配しているけどそれを表に出さない彼女の強さを、私も見習いたいと思う。

 マウンドの輪が解け、野手が各ポジションに散っていった。その直後、打ち取ったゴロを金丸君がエラーして出塁を許してしまう。なかなか嫌な流れが断ち切れない。
 投手はピッチングのリズムが掴めず、野手も守備のリズムを乱してしまう悪循環。成孔の逆転を期待する空気がスタンドに流れはじめるのを、にわかに肌で感じる。すごく嫌な感じ。

 誰かがこの澱んだ雰囲気を払拭するようなプレーをしないと、完全に成孔へと流れが傾いてしまう──と考えていた隙に、沢村君が一塁へ牽制し、前園君がタッチ。
 一塁塁審が拳を上げ、アウトコールをする。牽制タッチアウト! 

「沢村君、ナイス牽制! 金丸君のエラーをチャラにしてくれました!」
「ここぞって時に決めたくれたわ。これで沢村君もピッチングのリズムが掴めるといいわね」

 青道スタンドからは惜しみない拍手が送られるけど、沢村君は舞い上がることなく次の打者と対峙している。
 そして、六番打者を空振り三振で仕留めようやくスリーアウト。ものすごい勢いでマウンドを駆け下り、ベンチに戻ってきた途端、「さーせん!」と叫ぶ。

「すべては私の未熟さゆえ、力及ばず同点に追いつかれてしまいました!」
「ホームランを打たれけど元気そうですね」
「開き直りが早いのは彼の長所よ」

 しかし、この二点は重たい。
 スコアボードをじーっと睨みつけ、あの「2」をこっそり「0」にすり替えられたらいいのに、とつい現実逃避をしてしまう。
 降谷君が必死に守り抜いた二点差を、一振りで振り出しに戻されたダメージは大きい。

 青道が勝つためには、残り二イニングで追加点をもぎ取る。
 それしか手段がないとわかってはいるんだけど、小川君の大胆なピッチングに翻弄され、無得点が続く青道打線が湿っていないか気がかりで。
 それに降谷君の離脱も得点力の低下に影響している。青道有利だった戦況はガラッと変わり、終盤になるにつれて緊張で胃が痛んできた。

 八回は金丸君の代打に樋笠君を送り込んだけど、無得点。
 やはり下位打線だと反撃の糸口を手繰り寄せるのは厳しそう。吐き出したくなるため息を飲み、胸の前で手を組んだ。心臓が飛び出してしまわないようにぎゅっと胸のあたりを押さえる。

 そして、とうとう同点のまま九回を迎える。
 マウンドには沢村君が登り、樋笠君がサードに入った。守備固めもばっちり。
 この回を抑えて九回裏に逆転するシナリオは選手たちの頭の中で描けているはず。

 先頭打者の小川君はまたしてもヒットで出塁し成孔スタンドは大いに盛り上がる。
 無死の状況で逆転の走者を出してしまうと、相手ベンチもスタンドもお祭り騒ぎになってしまう。こうなることは防ぎたかったけど、打たれてしまったものは仕方ない。
 沢村君は前を向いている。だから私も彼を信じて前を向こう。

 成孔はここで送りバントをするらしく、打者がバントの構えで沢村君を見据えている。超重量級打線とはいえ同点の九回はセオリー通りに手堅く走者を進めるらしい。
 ところが打者は小飛球を打ち上げ、マウンドを駆け下りた沢村君が落下点へ飛び込んだ。地に伏せながら黒いグラブを掲げ、完全捕球のアピールをする。

「ナイスフィールディング! ランナーを二塁へ進ませなかったのは大きいですね!」
「日頃のバント処理練習の成果が出たわ。いい反応だった」

 毎日繰り返されるノックの成果は、こうして一つのアウトを勝ち取ることで証明される。
 沢村君を筆頭に選手たちは日々の練習を重ね、試合を経験するごとにたくましく成長していく。そんな彼らから一時も目を離したくない。それはきっと、片岡監督も私と同じ気持ちじゃないのかな。青道ベンチの中で腕組み厳しい表情で戦況を見守っているはずの指揮官に思いを重ねる。

 次の打者には進塁打を打たれたけど、二死二塁に追い込んだ。
 打順は一番の枡君に巡る。一番打者をキャッチャーが務めるのは珍しい。小柄な体型の枡君はチーム内では足の速い部類に入るのだろうな、と冷静に分析する。
 成孔には目を見張るような走塁の優れた選手は不在。二塁にいる小川君だってそこまで足は速くない。枡君に長打を打てるパワーがないことはデータ分析で明らかになっているし、打球が外野手の頭を越えない限り本塁へ突入することもない──と、この時は思っていた。

 枡君が打った八球目は三遊間を破り、レフト前へ転がっていく。浅い打球だし、三塁ストップするはず。
 そんな浅はかな考えを無視して、三塁コーチャーはぐるぐると腕を回し小川君に本塁突入を促している。小川君は無我夢中で走り、巨体を揺らしながら三塁を蹴った。

 ──嘘でしょ、あの当たりで三塁を回すの!?

 麻生君が短いステップで助走して、矢のようなバックホームを放つ。送球はストライク、御幸君の捕球しやすい位置でワンバンして、ブロック姿勢をとった、その時────

「──御幸君!!」

 薄い土煙の中に、地面に伏せる御幸君の姿。ホームベースを陣取るように小川君が膝をつく。
 世界から音が消えた。一瞬で全身の血が凍る。息が、できない。

 ゆっくりと上半身を起こした御幸君が、頭上にミットを掲げる。
 固く握りしめた指が痛むのも忘れて、もっと力を込めた──お願い!

 球審が「アウト!」を宣告すると緊張で張り詰めた球場の空気が一気に沸騰した。
 御幸君の身を挺したプレーに敵味方関係なく、賞賛の拍手と歓声が降り注ぐ。
 みんなと同じように拍手がしたいのに、手に力が入らない、足の踏ん張りが効かない。よろよろと椅子に座ると、心配そうな表情で高島先生が下から覗き込んでくる。

「しっかりしなさい。試合はまだ続くんだから」
「……すみません……ちょっと眩暈が……」

 私の見間違いでなければ、御幸君がブロックした時、小川君がタックルをして守備妨害をしたように見えた。身体と身体が衝突する鈍い衝撃音が鼓膜にこびりついて鳴り止まない。あれは明確なラフプレーだった。懸命なプレーが交錯した光景ではない。誰かの悪意に選手を潰されるかもしれない恐怖で爪先まで震えてしまう。
 球審が小川君に声をかけている様子を視界の隅で見る。おそらく、さっきの本塁突入ついて注意をしているのだと思う。

 九回裏、青道の攻撃は九番からの上位打線へ続く好打順。
 いつまでも座り込んでいられない。膝にグッと力を入れて立つと、大きく息を吸って背筋を伸ばす。高島先生が軽く背中を叩いて、気合を入れてくれた。もう大丈夫です──言葉には出さず、ひとつ頷く。

 しかし、青道打線は九回も凡退。逆転サヨナラとはならなかった。
 大会規定により延長戦に突入し、勝敗が決するまでタフな戦いが続くことになる。
 ブルペンでは川上君が肩を作りはじめ、緊急登板に備えはじめた。

 沢村君は三イニング目の回跨ぎ。打順は上位打線からで彼とは少々相性が悪い。三番小島君と四番長田君には、手痛い目に遭わされている。

 それでも御幸君はチェンジアップを早いカウントから要求し、リードの傾向を変えて見事に打ち取った。さすが御幸君。インサイドワークは東京でNo.1といっても過言じゃない。

 二死走者なしの場面で守備のタイムがかかる。次の打者は四番の長田君。右打者に分が悪い沢村君に代わり、右腕の川上君を右打者の長田君にワンポイントでぶつける狙いだろう。
 ブルペンからマウンドへ、川上君が駆けていく。口元に手を添えてメガホンを作り、緊張の面持ちの川上君へエールを送る。

「川上君、頼んだよ!」

 いくらリリーフ慣れてしているとはいえ初っ端から四番と対決するのはかなり緊張するはず。それに長田君は間違いなくホームランを狙っている。二死走者なしならサインも出ない。
 この回をラストイニングにしたい──青道も成孔も同じ気持ちだろう。両者の頭の片隅には明日の決勝戦がちらついている。

 川上君は長田君のフルスイングに恐ることなく腕を振り、外角を中心にストライクゾーンとボールゾーンの際どいコースを丹念に突いた。
 ストライクが先行した投手有利のカウントに追い込んだ、六球目。外角一辺倒だった御幸君が内角にミットを構える。
 ドッ、と心臓が高鳴った。

 ──外角だけで仕留められそうなのに、ここで内角を要求するんだ。

 御幸君のリードは、私の予想を軽々と飛び越える。時に大胆で、挑戦的。投手にとっては度胸が試されるリードだけど、それは自分が信頼されているからこそ出されるサイン。
 御幸君の期待に応えたい。
 強打者を捩じ伏せたい。
 投手の本能を引き出すのが、彼の役割。
 凍りついていた血液が溶けて全身へと巡り、冷たかった爪先に感覚が戻ってきた。
 川上君もきっとワクワクしているよね。帽子のつばの下、真剣な表情がちらりと覗く。

 そして投じた六球目は、長田君の懐を抉るスライダー。
 見逃し三振、スリーアウト! 
 青道側のスタンドでメガホンを打ち鳴らす音が湧き上がり、波のように球場全体へと響き渡る。

 川上君は大きく息を吐き出しながらマウンドを駆け下り、大役を全うした彼を労うように野手達がグラブタッチを求めて群がった。私も拍手を鳴らし、グラウンドへ声援を送る。

「やった! 川上君、ナイススリリーフ! 御幸君もナイスリード!」

 青道にいい流れを引き寄せるピッチングだった。これならイケる。なにも根拠はないけど、なぜか確信している自分がいる。
 だって、見てきたから。
 青道の選手達が地道な練習を重ね、控えメンバーがそれをサポートし、トーナメントを勝ち上がるごとにチームが強くなってきた過程を、確かにこの目で見てきた。

 ──だから、絶対大丈夫。青道が勝つ。
 ──そうだよね、御幸君。

 ネクストバッターズサークルからゆったりとした足取りで打席に向かう背中に、心の中で問いかける。
 主将で、四番で、正捕手の三重責を一身に背負うのは、まだ十六歳の青年。
 チームの重責を一身に背負う御幸君の姿は、そこに立っているだけで眩しくて、それでも目が離せない。

 ここまでの四球はすべて見送った。ボールカウントはスリーボール、ワンストライク。ボール先行の打者有利なカウントになった。狙い球を待っているのか打席で微動だにしない。枡君が内角に構える。

 投じられた五球目、御幸君が踏み込んでコンパクトに振り抜いた。
 キンッ──と芯を食った澄んだ金属音が響く。これは今日聞いた、あの音。無我夢中で打球の行方を追いかける。握りしめた指の指の間が汗で湿る。
 スコアボードの左上、緑の防球ネットに突き刺さった打球。塁審がぐるぐると頭上で拳を回す。

 その瞬間、御幸君が拳を天に向かって突き上げた。

「──ホ、ホームラン!」
「逆転サヨナラ!」

 悲鳴と歓声、激しく打ち鳴らされるメガホン、そして拍手の嵐が巻き起こる。
 風に乗って届く土の匂い、潤む視界、勢いよくベンチを飛び出すナインの弾ける笑顔。さすがの高島先生も堪えきれずに涙の膜をゆらゆらと揺らしている。 

 御幸君はゆっくりとダイヤモンドを周りホームベースの付近で待ち構えていた仲間達に手荒に出迎えられると、今日一番の歓声と拍手が青道ナインを包み込んだ。

 秋季東京都大会・準決勝は、六対五で青道が勝利。
 逆転サヨナラ勝ちで決勝戦進出を決めた。






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