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- ナノ -

胸いっぱいの群青を抱えて
「あのさ、みんなちょっといいか?」

 食器が重なる音が満ちていた青心寮の食堂に、狩場の声はよく通る。
 近くの席に座っている沢村、降谷、小湊、金丸、東条は食事の手を止めて一斉に顔を上げ、「どうした?」、「なんだよ」と狩場の問いかけに答えた。
 各自の座るテーブルには、先日みょうじ先生から差し入れてもらったサポートアイテムがずらりと並んでいる。のりたま、鮭フレーク、ゆかり、などなど。
 これらのおかげで食事もだいぶスムーズになって、なかなか減らない山盛りの白米を前にして自主練や洗濯の時間が削られることも少なくなってきた。
 これから彼らに話そうとしていることは、狩場が数日前から密かに考えをめぐらせている提案だ。
 おそらく誰も嫌とはは言わないだろう、と狩場は踏んでいる。
 
「みょうじ先生にさ、サポートアイテムを貰ったお礼しないか?」

 一瞬、静まりかえる食堂内。
 弾けるような勢いで手を挙げながら席を立ち「いいな! お礼しよーぜ!!」と真っ先に声を上げたのは案の定、沢村だ。
 他の四人はというと狩場の突拍子もない提案に要領を得ないような顔をしているので、さらに説明を付け足す必要がありそうである。

「サポートアイテムを貰ってから食い終わるのも早くなったし、そのぶん洗濯したり自主練する時間が増えただろ」
「確かにそうだよね」
「ふりかけはあるだけで三杯目のご飯が食べやすくなったかも」
「東条は食が細ぇもんな」

 食事を再開させた降谷はこくこくと頷きながらも頬いっぱいに白飯を詰めこみ、もぐもぐと咀嚼する。
 東条と小湊はほぼ同時に食べ終わり、手を合わせて行儀よく「ご馳走様でした」と声を揃えた。
 金丸は一足先に完食して、東条を待ちつつ食休みがてらに狩場の話に耳を傾ける。
 沢村も完食しているようだけど口の端に「お弁当」がついているので、さりげなく指差して指摘するとぺろりと舌を伸ばして食べた。変なところで器用なヤツである。
 面々のリアクションを見ていると異を唱える者はいなさそうで、狩場は少しだけホッとした。

「で、どうやってお礼するんだ!?」
「それをみんなで考えたくて相談したんだよ」
「みょうじ先生はどんな物を貰ったら喜んでくれるんだろう」
 
 小湊が発した問いに、しばし六人は顔を突き合わせて考えこむ。
 わざとらしく顎に手を添えて探偵のようなポーズをとる沢村はぐぬぬ、と声を漏らしながら思慮の森へと分け入っていく。
 他の五人は眉間にしわを寄せて腕を組み、うーんと唸り声をあげた。しばしのシンキングタイムである。

「そもそもさ、俺達ってみょうじ先生のことよく知らないよね」
「そりゃそうだろ。みょうじ先生だって今年から働きはじめたって話だし」

 東条の言うとおりで、一年生たちはみょうじ先生のことを実のところよく知らない。
 今年の春から新任で入職したらしく、青道歴で言えば彼らと同じ一年生だ。
 しかも、出会ってまだ三ヶ月だし、みょうじ先生が野球部の顧問に就任したのもゴールデンウィークを明けてからのことで、実質二ヶ月くらいしかつきあいがないのだ。

「みょうじ先生ってまだ二十代前半くらいだよね?」
「大学を卒業したばっかりなんじゃないかな」
「ついこの間まで女子大生だったにしては、ちょっと貫禄あるよな」
「俺にいいアイデアがある! 肩叩き券とかいいんじゃねーか!?」
「栄純君、親へのプレゼントじゃないんだからもうちょっと真剣に考えてよ」

 戸惑いながらも小湊がツッコミを入れると、なぜか隣に座る降谷まで沢村と一緒にショックを受けた顔をする。まさか降谷も肩たたき券がいいって考えてたわけじゃねーよな──と疑いつつ、もう少し話を深掘りしていく。

「みょうじ先生って、いつもプレハブにこもってるよね」
「最近は帰りも遅いみてーだな。自主練やってるとプレハブの明かりがついてるし」
「もしかして、今日も残ってんじゃないかな?」
「みょうじ先生ってプレハブでなにやってんだ!?」
「データ分析してくれてるみたいだぞ。スコアとパソコンに向かってるところをよく見かけるし」
 
 先日、高島先生に呼び止められプレハブにいるみょうじ先生を尋ねた狩場は、机にスコアを広げて難しい顔をしながらノートパソコンに向かって入力作業をしている彼女の姿を目撃していた。
 高島先生からの「もう遅いから帰りなさい」という言伝を伝えても、みょうじ先生はその後もしばらく粘っていたらしい。
 その後、寮に帰った狩場が自主練をはじめて、一時間ほどの身体を動かした後でもプレハブからは明かりが漏れていた。あの時は確か、二十一時は過ぎていたはず。
 金丸が話していたように、最近は夜が深くなってもなかなか消えることのないプレハブの明かりは、夜の海にぽつんと立っている灯台のように、狩場には見えた。

 カレンダーはいつの間にか一枚、二枚とめくれて、気づけばあっという間に七月も後半に差しかかっている。青道は無事に初戦を突破し、明川学園も破って、今は薬師高校の分析に余念がない。
 今晩もきっと、あの小さな箱の中でみょうじ先生は孤独なデータ分析に追われているのかもしれない。
 ふいに、パソコンとスコアと睨めっこしているみょうじ先生の横顔が脳裏によぎり、狩場はみょうじ先生の努力に応えられる方法はないか、と考えたのだった。
 
「みょうじ先生って、最近すごく熱心だよね」
「最初はおっかねー顔して練習見てたよな」
「みょうじ先生はやさしい」
「降谷君、みょうじ先生とたまに話しているよね」
「俺もこのあいだ話したぞ! 居眠りばっかりしてると監督に言っちゃうぞって言われた!!」
「沢村、それは話したというか注意されたんじゃないか?」

 今度は狩場からツッコまれた沢村はオーバーリアクションで「そうだったのか……!」と頭を抱える。
 他の五人は沢村を華麗にスルーした。コイツにいちいちツッコんでいると話が先に進まない。

「でも、みょうじ先生ってちょっと色気足んねーけどな」
「信二、失礼だよ」
「高島先生もそうだけど一年生の食事にも気にかけてくれてるし、みょうじ先生もけっこう選手想いだよね」
「降谷と走ってると『走りすぎないでね』って声かけてくれるぞ!」

 狩場たちとみょうじ先生は出会って間もないが、ここ最近は選手と顧問としての信頼関係が構築されはじめているのは確かのようだ。

「そういえば、このあいだプレハブにみょうじ先生の様子を見に行ったとき、机にたけの●の里が置いてあったような」
「僕、アメを舐めてるところ見たことあるよ」
「購買でポ●キー買ってるところ見たことあるぞ!」

 狩場の発言を皮切りに、次々とみょうじ先生がお菓子を好んで食べているという目撃証言が掘り起こされる。
 どうやら「甘い物が好き」という共通した情報には間違いはないらしい。

「そんじゃ、お礼の品はお菓子ってことでいいか?」

 金丸は決を取ろうと五人の顔を見回す。全員が頷き、狩場の提案は満場一致で採択された。
 こういう時にリーダーシップを発揮してくれるヤツがいると話のまとまりが早くて助かる。

「賛成!!」
「うん、いいんじゃない」
「僕も賛成だよ」
「……僕も」
「俺も賛成だ」
「よし、そうと決まればさっさと買い出しに行くぞ」

 最後の一口を食べ終わり、降谷が「ごちそうさまでした」を済ませるまで待って、六人は連れ立って最寄りのコンビニへ向かう。
 みんなの仕送りの中から小銭をかき集めたところ、それなりの金額になった。資金は沢村に持たせると紛失しかねないので、責任を持って狩場が持ち歩くことになった。
 各自で店内を徘徊し、みょうじ先生へのお礼を真剣なまなざしで品定めする。各々の商品を吟味する横顔は、まるでマウンドや打席に立っている時のそれと同じだ。

「あ、このブラウ二ーおいしそう」
「ト●ポなら指も汚れにくいよね」
「あ……プ●ッツも」
「クリ●ム玄米ブ●ンも腹持ち良さそうだな」
「ウ●ダーで10秒チャージ! これがいいだろ!!」
「栄純君、ここコンビニだから叫ばないでね」

 普段はこんなに豪遊できないので、いろいろな商品を次々と買い物かごへ放りこんだ。
 ちょっと高めの洋菓子や、片手で食べられそうなプレッツェル、溶けにくい焼きチョコ、スナック菓子、小腹が空いたときのために栄養調整食品、エネルギー補給用のゼリー飲料などなど。
 
 商品でぱんぱんに膨らませたレジ袋を分担して運びつつ、意気揚々とプレハブを訪れた面々は少し浮かれた気分でドアをノックする。
 お礼の品を渡したら、みょうじ先生はどんな顔をして喜んでくれるだろう。
 各々の頭の中では、花咲くような笑顔を見せるみょうじ先生が見られるかもしれない、という期待を抱いて開いたドアの向こうには、想像とは違う人物が立っていた。

「なぜおまえがここにいるんだ、御幸一也!!!」
「あのさ、俺先輩だからな?」

 一年生たちの心の声を代表して沢村が第一声を上げ、しかもオブラートに包まずドストレートに疑問を呈する。誰しもが同じ疑問を抱いていたので、沢村が御幸にため口をきくことにツッコむ者はいない。
 御幸先輩の背後から「どうしたの?」とみょうじ先生の声が聞こえてくる。
 ということはつまり、今までこの狭いプレハブでふたりっきりだった、ということは確かなようだ。
 一年生たちはほぼ同時によからぬ想像をしてしまい、全員揃って頬を赤らめる。
 こんな夜更けに男女ふたりで密室でいったいナニをしていたのか──男子高校生の妄想はよからぬ方向へと暴走してしまう。

「破廉恥だぞ、御幸一也ぁ!!!」
「こら、沢村! 御幸先輩を掴み上げるなよ!」
「破廉恥って久しぶりに聞いたね」
「そうだな」
「はれんち……?」
「恥知らずって意味だよ」

 御幸先輩の襟首を掴んで揺さぶる沢村を抑えつつ、狩場はため息をこぼした。
 沢村のお目付役の小湊も、立て続けにボケ倒されていい加減つっこむことに疲れたらしく、降谷を構うことで騒ぎをスルーしている。
 気持ちはわからなくもないけど、このままじゃ話が進まないって!

「あの、みょうじ先生に用事があるんですけど」
「私に? どうしたの?」

 鼻息の荒い沢村を御幸から引き剥がし、狩場は部屋の奥にいるみょうじ先生へ声をかける。

 「とりあえず、みんな中に入って」
 
 みょうじ先生の入室許可を得て、御幸先輩は渋々といった態度で六人を室内に通した。
 全員が室内に上がりこむと小さな入り口スペースは靴であふれかえり、その中でみょうじ先生の小さなパンプスがお行儀良く爪先を揃えて並んでいる。
 みょうじ先生は一年生たちよりもずいぶんと大人だけど、足のサイズは誰よりも小さい。今あらためて、みょうじ先生もちゃんと女性なんだな、と狩場は実感した。
 六人がずらりと目の前に並び、みょうじ先生の顔にはこれからなにが起こるのだろうと不安と困惑を混じらせた複雑な表情が浮かぶ。
 机上にはノートパソコンにスコアブック、広げられたノートの上にペンが転がっているのを見ると、御幸先輩はデータ分析の手伝いをしていたらしい。
 沢村の言うような「破廉恥なこと」は起こってなさそうで、ホッと胸を撫で下ろす。
 
「みょうじ先生にお礼の品を買って参りやした!」
「お礼の品……?」

 戸惑いを隠せないみょうじ先生の目の前で、沢村ははち切れそうなほど品物が詰めこまれたレジ袋を広げて、白い歯を見せて得意げに笑う。
 御幸先輩は袋の中を覗きこんで「へぇ」と感心したような声を上げる。
 みょうじ先生はなんのお礼なのかわかっていないらしく、頭上にクエスチョンマークを浮かべて六人の顔を見回した。

「栄純君、ちゃんと説明しないとわからないよ」
「サポートアイテムを差し入れしてもらったお礼です」
「ちなみに発案者は狩場っすよ」
「えぇ! 狩場君が?」
「はい。みんなでお金を出しあって買ってきました」
「僕はプリ●ツを……」
「降谷君が選んでくれたんだね、嬉しいな。みんなも、ありがとうね」

 沢村の手から袋を受け取ると、みょうじ先生はその中からプリ●ツの箱を手に取って顔の横に掲げる。
 眩しいものを見上げるように目を細めて、六人の目を順番に見つめるともう一度「本当にありがとう」と繰り返した。
 その表情から戸惑いは溶けだして、色鮮やかなアサガオを思わせるような笑みが咲き、部員たちは一同に照れて顔を綻ばせる。
 それはとてもきれいで自然な笑顔だった。

「う〜ん……せっかく貰ったのに食べるのもったいないし、飾っておこうかなぁ」
「いやいや、食べなきゃそれこそもったいないでしょ」

 冷静につっこみを入れる御幸先輩を華麗にスルーして、みょうじ先生は袋の中を探ってう●い棒を取り出した。

「う●い棒だ! 懐かしいなぁ」
「それは不祥沢村のチョイスでございやす!」
「しかも十本もあるじゃん。人数分あるし、せっかくだからみんなで食べよっか」

 めんたい味、シュガーラスク味、チーズ味、ピザ味、サラミ味、たこ焼き味、テリヤキバーガー味をそれぞれに配布し、みょうじ先生はコーンポタージュ味を手に取った。
 コンビニもよくもこれだけたくさんの種類を取りそろえたものだ。最近のコンビニはすごいな、と狩場は素直に感心する。
 みんなでみょうじ先生を囲んでう●い棒を食べている光景はなかなかにシュールだけど、みょうじ先生は嬉しそうなので狩場はこの状況に対してツッコむことを放棄した。
 手渡されたピザ味を頬張り飲み下すと、ものすごく口の中がパサパサする。
 そういえば俺も久しぶりにスナック菓子を口にしたな、と狩場は思い出した。



「みょうじ先生、嬉しそうだったね」
「ニコニコしてたな!」
「喜んでくれて、良かった」

 作業を再開させたみょうじ先生と御幸先輩を残し、一年生たちは一足先に退室した。
 差し入れも貰ったしキリのいいところまで作業を進めたら帰る、とみょうじ先生は言っていたが、おそらくもっと長く残ることになるだろう。
 プレハブの窓から漏れだすかすかな明かりを頼りに、一年生たちは寮までの短い帰路につく。
 今日は少し遅れて自主練を始めることになるけど、それでもモチベーションはいつもより高い。
 各々の足取りは軽く、地面に転がる砂利を蹴飛ばす勢いで沢村は先頭を歩いていく。

「みょうじ先生って、あんな風に笑うんだね」
「俺も笑ってるところ、初めて見たかもしれねーな」
「みょうじ先生、よく笑ってる」
「え、そうなのか?」

 降谷がぼそっとつぶやいた一言に、狩場はすかさず食いつく。

「いつも少し離れたところで、グラウンドを見ている時とか」
「へぇ、そうだったんだ」
「いつもあんな感じに笑えばいいのにな」

 金丸の言葉に一同は頷く。
 「それなら!」と、沢村がなにか思いついたらしく勢いよく手を空へ伸ばし、人差し指をピンと立てた。

「夏大で俺が火の車の勢いで大活躍してたくさん勝てば、もっと笑ってくれんだろ!」
「火の車って表現はちょっとまずいんじゃない?」
「つーか、おまえにこれ以上出番ねーだろ!」
「信二、嫉妬はよくないよ」
「僕も……負けない!」
「俺も球受けてやるよ」
「じゃあ、今から室内行こうぜ! 金丸、打席に立ってくれよ!」
「ったく、しょーがねーなぁ。ぶつけんなよ!」

 一年生たちはメンバー入りした三人と、メンバー外の三人に分けられる。
 そして、みょうじ先生もスタンドから試合を見つめている。
 グラウンドで戦うメンバーの選手たちも、スタンドでチームを見守る者たちも、この夏にかける想いは一つだ。

 ──このチームで、甲子園に行く。

 みょうじ先生が今もスコアやパソコンと向き合って分析に追われているように。
 チームの勝利のために自分にできることがあるならなんだってやろう、と狩場は自身に誓いを立てる。
 狩場はキャッチャーミットを小脇に抱え、意気込みながら沢村たちの待つ室内練習場へと駆けだした。







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