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4. 滲むスタートライン


背番号20の選手が呼ばれるまで、希望はどうしても捨てられなかった。

夏大のメンバーに自分の名前が無いと分かった瞬間、全身の力が抜けて膝が折れそうになるのをなんとか堪えた。
入部して二ヶ月の間、死にものぐるいで努力してきたんだ。それでも、届かないのか。噛み締めた唇が痛い。握りしめた手のひらに爪が食い込んでジンジンと熱を持つ。
室内練習場に三年生たちのすすり泣く声が木霊のように響きだす。
二年生に促されてその場を後にすると、その悔しさを帯びた泣き声はより大きく反響し始めた。
メンバー外になった三年生たちに、監督から言葉を贈っているのだと同室の二年生に耳打ちされる。
メンバーを外れた三年生にとっては、今日が現役引退の日になってしまった。
俺たちにはまだチャンスが残ってるから頑張ろうな、とかけられた言葉に黙って頷くことしかできなかった。





メンバー発表の夜は、寮に漂う空気が湿っぽくなるのは仕方のないことだった。
下級生たちはメンバー外になった三年生に気を遣って部屋を空け、いつもより長い時間をかけて自主練をしている。
夕飯後もあちらこちらでバットを振ったり、シャドーピッチングをしている部員たちの姿が見えた。
自主練が終わったのに自室に戻りづらくて手持ち無沙汰にしている部員がいるだろうと思って辺りをうろうろしていると、案の定そんなやつがいた。

「トス、上げようか」
「まだ帰ってなかったんですか」
「家近いからまだ平気」

煌々と明かりのついた室内練習場を覗くと、ティーバッティング用のボールケースを確保している小湊がいた。
ようやく順番が回ってきたのだろう、トスを上げてもらう相方を探すところだったようなので声をかけたら驚いている。
そういえば私が青道の近所に住んでいるとか、そんな話はしたことがなかったような。小湊とはいつも軽口ばかり叩き合っているからなぁ。

「それじゃ、お願いします」
「一箱分だけね」

ボールケースに跨って腰掛けると、ティーボールを一定のテンポで上げ続ける。
バットの芯を打つ甲高い金属音がリズム良く響くけど、でもなんだかいつものスイングより下からバットが出ているように見える。
違和感を感じてまじまじと顔を見てみれば、その理由はすぐにわかった。

「次三十球目、一旦休憩しよう」
「……っはい」

十球連続早打ちを3セット終えたところで、一旦休憩を挟む。
バットを降ろすと肩で息をしているし、伏せた顔は思い悩んでいるように曇っている。
なんだか出会った最初の日を思い出してしまう。

「今日は余裕無いじゃん」
「そんなことないですけど」
「スイングに迷いがある、って監督なら怒るかな」
「……お見通しってことですか」

夏大のメンバーに入れなかったから気落ちしているのだと、表情を見ていればすぐにわかった。
一年生であろうと、監督は選手たちに平等にチャンスを与え続けていたし、それを掴めなかった選手たちの心境はその姿を見ていれば痛いほどに伝わってくる。

「気持ちは分かるけどさ、自分を見失わないで」
「選手の気持ち、分かるんですか? マネージャーなのに」

ほら、やっぱり気持ちがささくれ立っている。
こういう時の小湊は決まって目を見て話さない。冷静さを欠いている何よりの証拠。
普段から物言いは強めな性格だと理解しているけど、苛立ったりしている時はより発言がストレートに突き刺さってくる。
案外に不器用なやつで、尖った気持ちを隠せないところがあるのだ。

「分かるよ。だってマネージャーも同じ気持ちで戦ってるから」
「野球ができないのにですか」
「そうだよ。みんなと同じようにグラウンドで駆け回って、汗かいて、日焼けして。試合に勝った時は一緒に喜んで、負けた時は同じように悔しいんだよ」

諭すようにゆっくりと話すと、頬の赤みが薄れていく。ちょっとは落ち着いてくれたかな。

「選手とマネージャーだと立場も役割も違うけど、だからって選手の気持ちを理解することは諦めてないよ。それに、私たちの目指してる目標は同じでしょ?」
「……はい」
「甲子園にだって連れて行ってもらうつもりは無いよ。私たちマネージャーも、みんなと一緒に甲子園へ行くために毎日働いてる」

私の気持ちは伝わっただろうか。
伏せた顔から表情を伺うことはできない。きっと、内心はもの凄く反省しているのだと思う。
小湊は物分かりもいいし、真面目な性格だから。

「…すみませんでした。俺、いま冷静じゃなかったです」
「うん、分かってた。私こそ気に触るようなこと言ってごめん」
「謝らないでくださいよ。みょうじさんは何も悪くないでしょ」
「怒ってないから気にしなくていいよ。ほら、トス上げるから構えて」
「……はい」

まだ腑に落ちないで口元をもごもごしているから、強制的にトスをあげてティーバッティングを再開させる。
打ち始めは堅かった表情も、ボールを打ち続けていくうちにいつもの緊張感が戻ってきた。

『野球の悔しさは、野球でしか晴らせない』

いつだったか、東がそう言っていたことを思い出す。
いつか今日の悔しさが報われる日がくるように、マネージャーの私に出来ることがあるならなんだってしてあげようと心の中で誓う。気恥ずかしいから本人には絶対、言わないけどね。