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3. 右手はペンが走り出す


五月中旬のとある夜。
春大をベスト4で敗退した青道高校野球部は、GWの連戦を全戦全勝で乗り越えたところまでは良かったのだけど、中間テストという最大の壁にぶち当たっていた。
テスト期間になると全体練習の時間が短縮されて、五日間ほど自主練よりもテスト勉強に充てる時間が長くなる。
勉強に自信が無い者は食堂に集合しろとの号令があって、我こそはという部員たちが集まっていた。
辺りを見渡すと一様にその表情は暗いし、諦めて遠くを見つめているヤツもいる。
こいつら普段の授業でなにやってんだか。
俺は勉強に自信が無いわけではなかったけど、部屋の勉強机は上級生が優先的に使用するため夜遅くならないと使えない。
仕方なく食堂に顔を出すと、腕組みをして仁王立ちをするみょうじさんがいた。
練習も終わったのになんでまだいるんだ。

「で、どこがわからないの?」
「…………テスト範囲がわかりません」
「……誰かクリスを呼んできて」
「はい!」

申し訳なさそうに縮こまっている増子が声を振り絞って問いに答える。
宮内が慌てて食堂から飛び出して行ったのを見送って、先輩は大きく息を吐き出した。

「お疲れ様です」
「あれ、小湊も来たの」
「部屋の勉強机が使えないので」
「そういうことか」
「みょうじさんが勉強教えるんですか? 」
「そうだけど」
「へぇ〜」
「先輩が勉強教えられるんですかって顔に書いてあるけど」
「バレました?」
「ビンタとチョップだったらどっちがいい? 」
「どっちもやめてください」

怒りに目を細めて眉間にシワを寄せると、右手はチョップ、左手は平手を構えて見せる。
構っていると面倒くさいので、問いかけを適当にスルーすると、鼻をフンッと鳴らしていた。触らぬ神に祟りなし。

そういえば入部してもうすぐ2ヶ月経つけど、ずいぶんと軽口を叩くことを許されるようになったと思う。
元々、この人も構いたがりというか絡みたがりな性格なので、隙あらば周りの部員に声をかけてコミュニケーションを取りたがる。
よく話しかけてくるし、話しかけやすい雰囲気を持っているのだ。
そういうところが先輩の長所なんだろう。怒りの沸点の低さは短所だけど。
宮内に連れられてクリスが食堂に現れると、さっそくテスト範囲を聞き出している。なぜかクリスも申し訳なさそうに頭を下げた。同期をよろしくお願いします、と言ったところだろうか。
クリスを部屋に戻した後、くるりと向き直った先輩はまさに鬼の形相に豹変した。
眉間にシワ寄りすぎ。顔が怖すぎる。

「今夜は眠らせないからね!」
「みょうじさん、その発言は卑猥ですよ」
「小湊、チョップするからそこを動くな」
「早く勉強始めましょ。時間無いですよ」
「後で覚えておきなさいよ……!」

みょうじさんの発言はいちいちツッコミどころがあるから、からかうことがやめられない。
物凄く睨まれているけど再びスルーして視線をかわした。
すでに二十時を過ぎているし、無駄な時間を過ごすことなど一秒も許されない。
先輩は渋々振りかざしたチョップを下すと、順々に部員たちのいるテーブルに周り出した。俺もそろそろ勉強始めないと。
英語の教科書を開くと同時に、向かいの席が引かれて誰かが腰掛けた。

「伊佐敷も来たんだ」
「まぁな。数学わかんねーから教わりにきた」
「あの人、数学も教えられるのかな」
「みょうじさんって毎回学年十位内に入ってるらしいぜ」
「へぇ、それは凄いね」

全然知らなかった。あの人そんなに勉強出来るんだ。
学年十位内なんて、全教科満遍なく点数が取れていなければ入ることは出来ない。
しかも野球部に入っていて勉強と両立しているのだから、人知れず相当勉強しているのだろう。
さっきまでチョップをしようと憤っていた姿を思い出すと凄いんだか凄くないんだか、よくわからなくなる。

「小湊って最近みょうじさんと仲良いよな」
「……そう?」
「よく話してるだろ」
「あの人、誰にでも話しかけてるじゃん」
「ちげーよ、お前がよく話しかけてる」

まさか、自覚ねぇの?
そう言われて問題を解いていた手が止まる。
伊佐敷の目つきには、面白おかしく冷やかそうという意図は感じられない。割と真剣だ。
自覚が無かったわけじゃない、けど意識するほどのことでもないと思っていた。なのになぜか第三者から指摘されると、心臓が大きく跳ねる。

「いちいちツッコミどころが多いんだよね、みょうじさん」
「それは否定できねーな」
「だよね」

そこで一旦会話が途切れて、伊佐敷は再び数学のワークにペンを走らせる。その様子を見て、小さく胸を撫でろす。
正直、あれ以上詮索されるのは面倒くさいので避けたかった。
先輩はなんというか、隙が多いのだ。だからついからかいたくなる、それだけのこと。仲が良いとか悪いとか、考えたこともなかった。
まぁ、入部当初は少し険悪な時もあったけど。

「いてっ」
「勉強捗ってる?」
「不意打ちでチョップするのやめてもらえます?」
「さっき言ったでしょ、後で覚えておけって」

つむじ辺りに軽い衝撃を感じて顔を上げると、イタズラが成功したかのようなにんまりとした笑みを浮かべた先輩がいた。
なんというか、こういうところがあんまり先輩っぽくないんだよなぁ、調子が狂う。

「わからないことない?」
「この問題、教えてもらえますか」
「日本語訳ね。この問題だと第五文型に当てはまるから……」

隣に座るみょうじさんの横顔が、珍しく真剣で目を見張る。こんな顔もできるのか。ちょっとビックリ。
教えてもらった英語はとてもわかりやすくて、さらに驚いた。