×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -







12. 恋の秘密はチョコに溶かして


二月って暦の上では季節は春だと言われているらしい。
それがにわかには信じられないくらいに、今晩は底冷えするような寒さだ。あと二週間もすれば三月になるのに、夜の外気に触れると全身に身震いが走る。吐く息が白く煙っては暗闇へと溶けていく。

この時間ならまだあの人はいるはずだと思って駐輪場を覗いてみると、予想通りだった。
自転車の荷台にエナメルバックを置いて中をごそごそと漁っている姿があった。上半身はマフラーをぐるぐる巻きにしてグラウンドコートまで羽織っているのに、下半身はスカートとハイソックスだけで太ももからふくらはぎまでは素肌だし、見ているだけで背筋に寒気が走る。
この冷めきった指先で膝の裏を触ったら、どんな声を上げるのか試してみたくなるのを堪えて、声をかける。

「お疲れ様です」
「わっ……なんだ小湊か。足音消して近づくのやめてって前にも言ったでしょ!」
「あはは」
「笑ってごまかすな! ……で、どうかしたの?」

予定通りのリアクションで驚いてみせた先輩は、なぜかエナメルバックに覆いかぶさるように抱きかかえた。その行動は、まるでバックの中に見られたくない物が入っているのを隠しているみたいだ。
しかも表情が挙動不審で、視線も泳いでるし、しきりに瞬きを繰り返している。さすがに動揺しすぎでしょ。
可笑しくて吹き出しそうになるのを寸前で堪えて、問いに答える。

「野球部モテ王選手権、って知ってますか?」
「……はぁ。貰ったチョコの数でランキング付けするやつでしょ……また今年もやってるの」
「毎年恒例なんですね」
「そうみたい。ほんっとにくだらないこと好きだよね、野球部って」
「ということなので、チョコが余ってたらくれませんか?」
「……えっ」

先輩が一瞬、視線をバックに落としたのを見逃さなかった。あのバックの中に"何か"が入っていることは、ほぼ確定した。
本人はそんなつもりないんだろうけど、仕草とか態度で大体わかる。あまりにもわかりやすすぎる。

「今朝あげたじゃん」
「あれはマネージャーからみんなに配ってたから、差がつかないんですよ」
「でもさ、小湊だってそれなりにチョコ貰えたんじゃないの……?」
「まぁ……二、三個は貰いましたけど」
「……それならいらないじゃん」
「いま順位が純と並んでるんですよね。
どうせだったら勝ちたいじゃないですか」
「野球以外でも負けず嫌いだよね……」
「で、あるんですよね? 余ってるチョコ」

無防備に外気にさらされている鼻先や膝が赤く染まっているのを見ていると、長く引き止めることがためらわれる。
さっそく本題を切り出すと、先輩は一瞬フリーズしたかと思えば、頭を抱えてうんうんと唸りだした。さっきから情緒が不安定すぎる。ちょっと落ち着いてほしい。

「…………ある、けど」
「……けど?」
「……失敗したチョコだから美味しくないよ?」
「大丈夫ですよ」

不安そうな問いかけを肯定すると、ためらいながらジッパーを開けて真っ白な紙袋を取り出し、恐る恐る差し出してきた。
紙袋には雪の結晶の模様が散りばめられた凝ったデザインが施されていて、きっとこだわって選んだ物だと察した。
一目で特別な人にあげるためのチョコだと、嫌でも気がついてしまう。

「これ、本命にあげるチョコですよね」
「違う! 監督にあげるつもりだったチョコで」
「誤魔化さないでください。さっき監督たちに渡してるところ見かけましたよ」
「……見てたんだ」
「渡しに行くの、今ならまだ間に合うんじゃないですか」

差し出されたそれを受け取るわけにもいかないので、グラウンドコートのポケットに両手を突っ込む。
さすがに本命用のチョコを貰ってしまうほど無神経ではないし、というか、本命いたんだ。先輩に好きな人がいるだなんて、今まで全然気がつかなかったし、浮いた噂の一つすら聞いたことがなかったのに。
一体どこのどいつなんだろう。先輩が好きになるのって、どんなヤツなんだ。自分には関係の無いことなのに、先輩の背中を押すことが心苦しくなるのは、なんでだ。

「失敗しちゃったし渡すつもりなかったから、いいの」
「わざわざ丁寧にラッピングまでして持ってきたのにですか?」
「帰る途中で捨てるつもりだったし………小湊が貰ってくれたら、嬉しい」

紙袋を差し出す指先が、寒さのせいか微かに震えている。緊張のせいか丸い頬はまるで頬紅でもつけたかのように紅く染まる。
俺を目の前にしてこんなに緊張しているのに、好きな人の前だったら先輩はどうなってしまうんだろう。どんな言葉で、どんな表情で、好きな人に告白するんだろう。
俺には知る由も無いことなのに、なんで無性にムカついて、イライラするんだ。渡しに行けばって言ったのに、今はどうしても行かせたく、ない。

「それなら遠慮なく貰いますよ」
「本当に?!」

ようやく紙袋を受け取ると、先輩は興奮した様子で目を丸く見開いた。薄っすらと張った涙の膜が、蛍光灯の明かりに反射してきらりと輝く。本命に渡せたわけでもないのに、なんでそんなに嬉しそうに笑うのか。
先輩の考えそうなこととか、行動パターンとか、大体のことなら読めるようになったのに、それでもたまにわからなくなる。

「今ここで食べてもいいですか?」
「えっ……ここで食べるの?」
「すぐに味の感想を伝えた方がいいかなと思って」

袋から取り出した小さな箱には赤いリボンが結ばれていて、指で摘んで引っ張るとするりと解けた。
先輩はその様子を固唾を飲んで見守る。別にそんなに緊張しなくてもいいと思うんだけど。
袋を受け取る前から微かに漂っていた甘いチョコレートの香りが、箱の蓋を開けることによって、より一層香り立つ。
中身は四つのチョコレートトリュフで、まとっているパウダーがそれぞれ違っていることから四種類の味に分けられていることが見ただけでわかる。
野球部員に配っていたのはチョコ味のカップケーキだったし、このトリュフは本当に本命のためだけに作られたものなんだろうと察しがつく。しかも四つとも違う味で作るなんて、とても手が込んでいる。
もちろん、カップケーキも美味しかったけど、本命との差のつけられ方を目の当たりにした今、本命のヤツが少しだけ、羨ましくなる。
本当に、少しだけ。

「…………食べないの?」
「……食べますよ」

まじまじとトリュフを見つめすぎたせいで、どうやら声がかけられるまで固まっていたらしい。
気を取り直して、ココアパウダーのトリュフを取って口へと運ぶ。
ココアの香りが鼻を通り抜けるのを楽しみながら、舌で転がしていると固い表面から溶け出したチョコが口の中いっぱいに広がった。

「どう? 甘すぎたかな?」
「すごく美味しいですよ。俺はこのくらいの甘さが好きかな」
「そっか! 良かったぁ」

すごく美味しい、という感想に安心したのか顔がゆるゆるになった先輩は、残りの三つも早く食べろと言わんばかりに勧めてくる。
せっかくだからゆっくり食べたいところだけど、期待のこもった目で見つめられるといつものように適当にはぐらかすことができなくなる。
ホワイトチョコ、抹茶チョコ、ビターチョコとそれぞれ違うテイストに心を踊らせる。もちろん、先輩には気づかれないように。
一粒ずつ口の中へと運んでいくと、小粒なチョコはあっという間に口の中で溶けていってしまった。
最後の一粒を食べ終えた後の甘い後味の余韻にいつまでも浸っていたくなる。こういう感覚のことを人は名残惜しい、と表現するのだろう。

「ごちそうさまでした。どれも美味しかったです」
「おそまつさまでした」
「で、このチョコ渡そうとしてた本命って、誰なんですか?」
「それは……秘密!」
「ケチ」
「もう、ほんっとに生意気だなぁ!」

一瞬、眉を寄せたと思ったらすぐに顔をほころばせる。
怒り口調なのににこにこしているときは、大抵はとても機嫌がいいこと、俺は知っている。
本当はもっと意地悪く追求したいことがあったはずなのに、先輩の腑抜けた笑顔を見ていたらすっかりほだされてしまった。
本命のヤツには申し訳ないけど先輩からのチョコも、嬉しそうな笑顔も、後輩の俺が独占させてもらって、とてもいい気分になる。

何も考えないで行動することって普段なら絶対にありえないのだけど、その瞬間は自然と手が伸びてしまった。

「んんっ……ちょっと、なにすんの!」
「……みょうじさん、鼻、真っ赤ですよ」
「……い、息ができない」
「口呼吸すればいいんじゃないですか?」
「そういう問題じゃないー!」

先輩に触れたい、という欲が瞬間的に湧き上がって、どうしても抑えられなかった。自制したり、我慢することには慣れているつもりだったのに。
わずかばかりの自制心をはたらかせて、頬に触ろうと伸ばした指先を間一髪のところで鼻先へと進路変更する。
頬に触れるのって、なんだかやらしいし。人差し指と親指で軽く鼻の頭を摘むと、肩をびくりと震わせて縮こまる。
不意をついて目の前に手が迫ってきたせいか、避けることもできずにいとも簡単に俺の手に捕まってしまって、先輩は慌てふためいている。
さすがに可哀想になってすぐに指を離すと、両手で鼻を覆ってこちらを力一杯に睨んできた。

「鼻が千切れるかと思った……!」
「あはは、すいませんでした。可愛くってつい……あ」
「えっ……鼻が? 小湊って鼻フェチなの? 」
「まぁ……そうですね」

口をついて出た声が本当に自分のものか疑ってしまうほどに、驚いた。口元を手で覆って、じわりと上昇する体温で火照る頬を隠す。
俯く顔を覗き込んで「小湊、なんか今日おかしくない? 」とか追い討ちをかけるようなことを言ってくるから、みょうじさんのせいです、って言い返したくなるのを今度はなんとか我慢した。