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9. あの子になりたい


一瞬、何かの見間違いかと思って数回ぱちぱちと瞬きをして、目を擦ってみる。
昼休みの廊下に人混みに紛れて小湊の後ろ姿と隣を歩く小柄な女の子が、確かに見えた。どうやら妄想でも幻でもないらしい。
見知らぬ女の子は髪型からしてマネージャーの誰かではないことは明白だった。小湊は見覚えの無い女の子と二人で並んで歩いている。
そして数メートル離れて歩く二人を、呆然と見つめる私。

その光景を目撃したのは、購買でパンを買って友達の待つ教室に戻ろうとしていた矢先のことだった。
考えるより先に、無意識に両脚は二人の後を追いかける。友達には「ごめん先に食べてて」と簡潔にメッセージを送って返事も待たずにスマホをブレザーのポケットに突っ込んだ。
二人の後ろ姿は校舎の奥の方へと進んで行く。尾行しながら女の子を観察してみると、小湊より小柄で肩の上で揺れるボブが可愛らしい雰囲気を醸し出している。
悔しいけど体格差とか雰囲気から察するに、二人は客観的に見てとてもお似合いだと思う。
足音を殺しながら追跡する私はさながら探偵みたいで、ちょっとドキドキする。なんて無理やり思ってもいないことを考えて自分に言い聞かせても、拭えない嫌な予感に心臓は早鐘を打つ。
二人の姿は校舎の一番奥にある普段あまり使用されないエレベーターホールへと消えた。ゆっくりと忍び足で少し離れたところまで近づく。
本当なら私はここにいてはいけないし、今すぐにでも立ち去るべきなんだろうけど、脚に根が張ったみたいに動かない。一言も聞き漏らさないように息を殺して耳を澄ます。

「秋の大会で小湊くんが頑張ってるところを見て、好きになりました。私で良かったら、付き合ってください」

頭を鈍器で殴られたみたいな衝撃に、目の前がぐらりと揺れる。脳が揺さぶられているような感覚に目眩がした。
震える声で「私で良かったら、付き合ってください」と確かにあの子は告白した。
エレベーターホールには再び静寂が訪れる。
動揺した息遣いが聞こえてしまうんじゃないかと怖くなって、思わず両手で口を塞ぐ。あまりにも真っ直ぐで純粋な言葉の威力に、なぜか私が打ちのめされてしまった。
私が想っていても、言葉にすることを躊躇ってしまうような好意を、あの子は小湊と真正面に向き合って伝えている。どれだけ勇気を出して告白しようって決めたんだろう。
今、どんな顔をして小湊のことを見つめているのだろう。小湊は今、なにを考えているんだろう。なんて、答えるんだろう。

これ以上ここにいても無駄に傷つくだけかもしれないし、教室へ戻ろうと一歩踏み出した瞬間に、今度は小湊が口を開く。

「ごめん、君の気持ちには答えられない」

その声を聞いた瞬間に、良かった、と思ってしまった。
止まりかけていた息が吹きかえす。全身の力が抜けそうになるのを、ずりずると壁に寄りかかって踏ん張る。
あの子は精一杯の勇気を振り絞って告白したのに断られて良かった、なんて思ってしまう私の心は汚いし、荒んでいるし、最低だ。
そんな私に比べて、あの子の心はとても純粋で勇敢で、美しい。

「……ダメな理由は聞いてもいい?」
「今は野球だけに集中したいんだ」

小湊の悔しさを滲ませる声色から、先週の準決勝敗退を引きずっているのだとすぐに察しがつく。

青道はセンバツ出場当確まであと二勝を残すところまで勝ち上がった。
準決勝も八回まで同点の接戦で、小湊は八回裏二死三塁のチャンスで代打に起用されたけど、結果としては凡退だった。
結局、青道はチャンスを生かしきれず九回に逆転を許し、敗退したのだからいまだにやりきれないんだろう。
私だってまだ上手く気持ちを切り替えられていない。

「今は誰かと付き合うとか考えられない」

迷いの一切含まれない言葉が、心臓の深くまでナイフみたいに鋭利に突き刺さる。
暑くもないのにじんわりと冷たい汗が全身から吹き出して、心臓がグリグリと抉られるように痛んだ。
小湊が告白を断ることは、なんとなくわかっていた。出会ったその日に言われた、あの言葉。厳しい環境で野球やるために青道を選んだ、ってそう言って私を突き放したんだから、よく覚えている。
小湊もあの子と同じくとても純粋なんだと思う。
あの子は小湊のことが好きで、小湊は野球が好きで、お互いがお互いの好きに真っ直ぐに向き合うからこそ、気持ちは交わらない。
それは同じく、私にも当てはまる。

小湊と私の好きは決して交わらないと、今はっきりとわかってしまった。

こんな風に知りたくなかったけど、後を追いかけてきてしまったんだから自業自得でしかない。私って馬鹿だな、本当に。

その場にいることに耐えきれなくなって、何かが溢れてしまいそうになって、慌てて教室へと走る。
走ったら少しは気晴らしになるかなと思っていたのに、教室で待っていた友達は私の顔を見るなり「その顔、どうかしたの?」と心配そうに声をかけてきた。
感情が顔に出やすいの、本当にどうにかしなくちゃいけないなと思う。
とりあえず作り笑いで平気だと答えたらすかさず「ブサイク」って笑われた。 容赦も遠慮もない言葉に、逆に笑ってしまう。
溢れそうだった涙は乾いてしまったし、下手に慰められるよりよっぽどいいのかもしれない。
やっぱり持つべきものは友達だよねって言ったのに「キモイ」って言われたの、酷くない?





「伊佐敷、聞きたいことがあるんだけど。ちょっといい?」
「……なんすか?」

練習が終わり寮へ戻る途中、背後からみょうじさんに呼び止められて振り返る。
いつもは練習後でもテンション高めに絡んでくるくせに、今日はちょっと様子が違った。
その顔に笑顔は無いし、表情には真剣さを帯びいている。いったい何を聞かれるんだ。無意識に身構えてしまう。

「今日さ、小湊が女子に告白されてるところ見ちゃったんだよね」
「あー、そういえば昼休みに呼び出されてましたね」
「小湊って告白されたりとか、多いの?」
「俺が知ってるだけでも二、三回くらいっすね。気になるんすか?」
「部員のことはね、些細なことでも知りたいんだよ」

嘘だ。部員のことはじゃなくて小湊のことは、だろ。と、言いたいところだけど我慢して胸に収めておく。
空元気で笑って見せるけど、明らかに気にしてるんだと表情とか態度で手に取るようにわかる。この人の考えていることは本当にわかりやすい。いつだか亮介が言っていたけど、本当にその通りだと思う。

「 二人で何をこそこそ話してるんですか?」
「べ、別になんでもねーよ」
「あ、うん、なんでもないよ!」
「二人とも動揺しすぎでしょ」

足音も聞こえなかったから、いつの間にか亮介が背後まで来ていたことに気がつかなかった。
慌てて平然を装っても動揺を隠せなくて、亮介のやつは追及する体制に入ろうとしている。背中から黒いオーラ立ち込めてるし。
なんとか取り繕おうとみょうじさんはしどろもどろになりながら言い訳を始めた。

「うーんとね、人生相談してた」
「へぇ、みょうじさんにも悩みがあるんですか?」
「あるよ! 私のことなんだと思ってんの?」
「たまに鳥っぽいなって思います」
「えっ、白鳥とか? それとも孔雀? 」
「騒がしいインコ」
「……伊佐敷、そいつを捕まえて! チョップしないと気が済まない!」
「……あー、めんどくせぇ」

俺を盾にして二人がぐるぐると回るので本当に煩わしい。うざい。面倒臭い。ガキの戯れかよ。
みょうじさんは運動神経が残念なほど無いからことごとくチョップを躱されるし、亮介は悔しがっているところを見てニヤニヤしている。こんな茶番は他所でやってくれ、頼むから俺を巻き込むな。

振りかざした五回目のチョップがあっさりと亮介に掴まれて、先輩はわたわたと慌てだす。
「伊佐敷、助けて!」と言われてもこれ以上巻き込まれたくないのでシカトして二人を置き去りにする。
もう付き合いきれない、勝手にやってろ!

「前に言いましたよね? 話を聞くくらいならできるって」
「お、おう」
「解決できるかわかりませんけど、俺でも相談乗りますよ」
「……うん」

少しずつ遠くなる二人の会話に聞き耳を立てる。
要するに俺を頼れと言いたいんだろうけど、亮介も回りくどいところがある。素直にそう言えばいいのにな。

「遅かったな、純」
「おう、哲。みょうじさんに絡まれてな」
「そうだったか」

先を歩いていた哲が足音に気がついて後ろを振り返る。
二人の話し声はもう聞こえてこないから、まだあそこでもだもだやってんだろう。二人を置いてきて正解だった。

「なぁ、哲。亮介とみょうじさんってお似合いだと思わねぇか?」
「そうか?」
「聞く相手を間違えたな……」

この絶妙に鈍いところが哲の良いところだと思う。
お前はそのままでいてくれ、と言うと首を傾げてクエスチョンマークを浮かべた。
この先、あの二人はどうなるんだろう。まぁ、どうなろうと俺には関係無いけど。
ただ、野球部の選手とマネージャーの関係性はまるで少女漫画みたいだ。甘酸っぱすぎる。
そう考えるとこの先の展開が気になるし、上手くいってくれたら更に面白くなりそうだ。

「なんだか楽しそうだな、純」
「はは、そうだな」

二人の今後については仕方がないから生温い目で見守ることに決めた。
頑張れよ、亮介。