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星のシルエットをなぞる
今晩は数日ぶりに雲が晴れて、頭上に広がる濃紺のキャンバスにはところどころに星々が瞬いている。
寒ければ寒いほどその瞬きは輝きを増しているような気がして、冬の星空を見上げるのが小さい頃から好きだった。
今日は久しぶりに寄り道をしてから帰ろうと練習が終わる前からこっそりと計画していたのはここだけの話。
制服に着替え終わって他のマネージャーたちと分かれてから土手を登ると、バットが鋭く振り抜かれる音と浅い息遣いが聞こえてきた。どうやら先客がいたらしい。
暗闇に浮かぶシルエットだけでだいたい誰なのかは想像できた。

「あ、みゆキャップだ。また一人でこそこそ素振りしてるの?」
「お前なぁ、沢村みたいに変なあだ名で呼ぶのやめろよ」
「別にいいじゃん。響きだってかわいいし」
「俺はかわいさ求めてねぇの」

御幸はスイングする手を止めてタオルで汗を拭いながらじっとりと私を見て、唇を尖らせた。
好きな人と二人きりになれるだなんて、一日の最後にラッキーなイベントが発生して内心ドキドキしながら御幸の近くまで歩み寄る。

「そういえば今日帰り遅くね?」
「メーカーさん来てくれてたからバットとか発注してたの。来週には新しいのが三本届くよ」
「今月だけで二本も割れたもんな」
「あとグリップテープも頼んでおいた」
「お、気が利くじゃん。ありがとな」
「みんなバットよく振ってるから消耗早いもんね」

御幸と二人きりになるとどうしても業務的な会話になってしまって、高校生らしい感じが一切無いのが残念である。
せっかく好きな人が目の前にいるというのに、野球の話題以外で何を話したらいいのかまったくわからないんだよね。
御幸と顔を合わせれば、スコアを挟んでヒットかエラーかの判断で議論したり練習や試合の段取りを相談したり沢村が変なあだ名で呼んでたよって告げ口したりと、野球部に関することしか話してない。これは断言できる。
まぁ、相手がこの御幸一也ということと、私の持ち合わせている話題も大抵が野球関連しかないのがいけないんだけど。

一旦会話が途切れて再びスイングをはじめる御幸を横目に、ポケットからスマホを取り出して星マークのアイコンをタップする。
アプリが起動すると画面いっぱいに星座表が広がってとても幻想的だ。
このアプリは実際に夜空にスマホを向けることで、その方角にある星座がイラストで見られるという優れものだ。最近は星の名前とか星座の位置を調べる時によく使っている。 スマホを南の空にかざすとシリウスを中心に冬の大三角がダイヤモンドのように瞬いていて、その美しさに息を飲んだ。やっぱり今日は空気が澄んで星がよく見える。

「何してんだよ」
「アプリで星座表を見てるの」
「へぇ、実際の空とスマホの画面が連動してんのか」
「そうそう。拡張現実っていうらしよ」

スイングするのに飽きたのか素振りをやめた御幸は、目を丸くして小さな画面を覗き込んでくる。
ほんのりと汗の匂いと、額を拭ったタオルの柔軟剤の香りが鼻をかすめて一瞬息が止まった。
御幸は不意にパーソナルスペースを狭くして近づいてくるから心臓に悪い。
意識するな、私。故意じゃないんだ、この距離の近さは。

「みょうじって星見るの好きなんだ」
「昔みた星空が忘れられなくってさ、それからずっと好きなんだよね」
「へぇ」
「自分から聞いてきたくせにリアクション薄くない?」
「なぁ、あの星の名前なんて言うんだ?」

御幸はごく自然に話を逸らすと、白く瞬く星を指差す。
シカトするわけにもいかないのでスマホを指差す方の空へ向けると、北極星が浮かび上がった。

「あの星は北極星だって」
「ずっと北の空にある星だよな」
「よく覚えてるね」
「さすがにそれは忘れねーよ」

得意げにニヤリと笑ってるのがちょっとムカつくけど、好き。

「じゃあ、北極星って何の星座かわかる?」
「スマホ見せろよ」
「見せたら答えわかっちゃうでしょ」

スマホを後ろ手に隠すとじりじりと詰め寄ってくるから、慌てて後退する。
御幸は目を細めてしばらく空を見つめたかと思ったら、突然頭を掻いて「わかんねー!」と白旗を上げた。そりゃそうか。私だってパッと見ただけじゃわからないし。

「で、正解は?」
「正解は……こぐま座でした!」
「わかんねーな。どうしたらこぐまに見えるんだよ」
「御幸は想像力を鍛えたほうがいいと思う」
「そういうみょうじにはあれがこぐまに見えるのかよ」
「……見えなくもない」
「要するに見えないんだな」
「あはは」

図星を突かれて笑ってごまかすつもりがじーっと睨まれて固まってしまう。御幸って無駄に目力あるから怯んでしまうんだ。
私も負けじと睨み返すと御幸が先に吹き出した。人の顔を見て笑うなんて、本当にデリカシーの無いヤツ!

「人の顔見て笑うな!」
「ワリィ、つい……ハッハッハ」
「うざ」
「なんか言ったか?」
「別に! なんにも!」
「怒るなよ」
「怒ってないし」

無意識にむくれていた頬を人差し指でツンツンと突かれて、不本意ながらその仕草にときめいてしまう。
ついさっきまでイラッとしていたのに、まるで風船が萎んでいくみたいに苛立ちがスーッと抜けてしまった。
なんだかんだと言っても、私は御幸に対して甘いという自覚はある。これが惚れた弱みというやつなのかな。

「たまには星見るのもいいよな」
「良い気分転換になったでしょ」
「まぁな」
「御幸もそろそろスマホにしたら?そうしたらいつでも星座表見られるよ」
「いや、俺はいいや。星見たくなったらみょうじのこと呼び出すし」
「私は御幸の便利屋じゃないんですけど!」
「みょうじがいないと面白くねぇし……それに俺と星見てる方が楽しいだろ?」
「……自意識過剰」
「本当は一人で寂しかったんだろ?素直になれよ」
「まぁ……否定はしないよ」

御幸は白い歯をこぼして無邪気に笑う。内緒にしている好意まで見抜かれてしまうような気がして、なんだか恥ずかしくて俯いた。
私がいないと面白くない、のか。その言葉が嬉しくって、また反芻してしまう。
心臓が強く握られているかのようにぎゅっと苦しくって、泣きそうなのに、その痛みがとても愛おしい。
御幸の仕草や言葉一つでこんなに感情が揺さぶられるのが、悔しくてしかたない。でも、好き。どうしようもなく、大好きなのだ。
口を突いて出そうになる感情は、噛み砕いて無理やり喉の奥へと飲み干す。
隣に並んで立っていられるこの距離が、これ以上離れないように。

星明かりで浮かび上がる御幸の横顔があまりにも綺麗で、私はなんて話しかければいいのかすっかり忘れてしまった。
考え事でもしているのか、御幸の静かな眼差しはどこか遠くを見つめているように見える。
そんな姿をぼんやり見上げながら、漠然と思う。私はいま御幸の隣にいられるだけで、とても幸せなのかもしれない、と。
御幸はいつか私の手の届かない、どこか遠くへ行ってしまう気がする。
でも、そのいつかが来る日まではちゃんと胸を張って御幸の隣に立っていたいな、なんて。
私ってどんだけな健気なマネージャーなんだろう。

「そろそろ帰るか」
「うん」
「送ってやるよ」
「御幸が優しい……なにか裏がありそうで怖い……」
「…………」
「冗談だよ? 早く帰ろう?」
「気をつけて帰れよ、おやすみ!」
「えっ、嘘だって、冗談だってば! 送ってください! ちょっと待ってー!」

先に歩き出す背中を追いかけて駆け出すと、すぐに振り返って「暗いし危ないから走んなよ」と釘を刺してくるあたり、御幸って本当に素直じゃない。
そのくせたまに優しいから余計に深みにはまってしまう。私ばかり勝手に好きになっていくんだよなぁ。
まぁ、そんな片想いでも嫌じゃないんだけどさ。

御幸の隣を歩きながら、いつかまたこんな夜に告白できたら素敵だな、と想像する。
ずっと前から御幸のことが好きだったんだよって告白したとしたら。そうしたら御幸はどんな顔をするんだろう。なんて答えてくれるんだろう。
それはいつかの夜のお楽しみに取っておこうと決めた。すぐ横にいる御幸に気づかれないように、そっと、ひっそりと、胸に秘めて。



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