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 まばゆい光差し込む冬の朝。白を基調とした清潔さを漂わせた寝室で真斗は目を覚ました。光を沢山閉じ込めた明るさに眉をひそめ、目を擦り、片腕を高く上げ軽く身体を伸ばした。時間を確認しようと部屋の壁掛け時計に視線を上げる。そこには真斗の思っていた、見慣れた藍色のシックなデザインの時計ではなく、あたたかくモダンな作りのそれが9時過ぎを示していた。その時計から、ここが自分の寝室ではない事を思いだし、今日の予定は午後に一件だったとぼんやり考えながら、冷える肩に毛布を被りなおした。自分の部屋でないにしても、あの時計や部屋の家具まで見慣れたものばかり。真斗は投げ出していた腕にのしかかる枕(にしてはなんだか重い)を抱き締め、少しだけ目を閉じる。
 ああそうだった。昨夜は彼女の部屋でふたり共に床についたのだった。
 真斗の最愛の恋人である七海春歌。ここは彼女の部屋の寝室で、真斗は昨晩彼女と甘いひとときを過ごし、そのまま泊めてもらった。泊めてもらったと言っても、真斗の部屋はこの隣で、内装はほぼ同じ。それに互いの部屋の行き来や宿泊は初めてではないから勝手もわかっている(それでもふたりの性格上、それなりの節度は保っているが)。
 やけに滑らかな感触が心地よく、真斗は寝ぼけたままそれをぎゅうっと抱き込める。すると腕の中で吐息を感じた。
「ん、んん……」
 枕が声をあげるものか。それにこの温もりをもった柔らかな感触と花のような香りを真斗はよく知っていた。
 なんだ、抱き締めていたのは枕だと思っていたが、それは共に眠りについた恋人の春歌。こうしてぴったりと密着して目覚めるとは、どうやら真斗は眠りながら春歌を抱き締めていたらしい。
 自分はなんて幸せ者なのだろう。女性の身体などほとんど教科書レベルの知識しかなかったような自分が、今はまさか心から愛する女性を腕に抱いて目覚める朝を迎えていると、誰が予想できただろう。この上ない幸福感に全身を満たされ、腕に包み込んだ彼女の杏色の柔らかな髪にキスを落とす。甘く香しい香りを胸いっぱいに吸い込み、その頭を撫でて恍惚とする。
 まだ夢の中にいるであろう彼女のあどけない寝顔をこっそり見たい。
 寝顔を間近で見つめられていたと、後でそれを知ったら春歌は顔を赤くして怒るだろうか。いいや優しい彼女のことだ、きっと真斗のことは怒るに怒れず、恥ずかしさも相まって黙ってむくれるに違いない。その様さえ容易に瞼の裏に描かれ頬を緩ませてくれる。
 例え叱られてしまってもいいから、天使のように愛らしい寝顔を盗み見る罪を、どうか赦してくれ。心の中、はにかんで微笑む春歌にそう言葉を紡いでから、そっと、腕の中を覗き込んだ。すでに何度も見てきたあの寝顔を思い浮かべて。
 だが真斗の腕の中、
「……………………………………………………………………… ………………………………………………………………………」

 一糸纏わぬ美女がそこにいた。

「!!!!!!?!??」
 想像し得なかった光景に真斗は反射的に飛び起きると、そのまま見事に腰から寝台下へ落下してしまった。どすんと響いた音と重い痛みに一瞬顔を歪めるも、今はそこですやすやと眠る裸体の女性と今の状況にただ混乱するしかなかった。
「なっ、な……!?」
 信じられない出来事に自分の頭を抱えながら、必死に冷静を取り戻そうと呼吸を整えるも、興奮や困惑から簡単には治まりそうにない。目を伏せるよりも先に、陶器のように美しいその女性の身体に掛け布団を被せた辺り、冷静なのか挙動不審なのか。
 だが視界の肌色が減ったことで少々落ち着いてきたのか、漸く状況を整理する余裕が出てきた。
 薄いカーテンから漏れ込む朝日に照らされ快適そうに眠っている彼女があまりに美しかった為に、つい男としてのこの自分を疑ったが、彼女は見たところとりあえずは春歌らしい。それに先程抱き締めた時の香りは間違いなく愛する春歌のものだった。その時はしっかり見られなかったが、こうして見ると確かによく知る彼女のあの寝顔が布団から覗いていた。
 だがやはりその寝顔すら何か拭えない違和感があり、ごちゃごちゃと混乱が大きくなる。そもそもここは春歌の部屋なのだから、春歌以外の女性が眠っている訳はない(ここがどこであろうと真斗が共に眠る女性は春歌だけだが)。
 腑に落ちない感覚に深く息を吐き出し、ぎしりと寝台に腰かけ春歌を見下ろす。
「んー、なぁに……?」
 その気配に気づいたのか、春歌がもぞもぞと寝返りをうって横向きになると、そのたおやかな胸元に滑らかな深い深い溝ができ、朝から真斗の血液を沸騰させる。
 ちょっと待て、春歌の胸はこんなに大きかっただろうか。そう言えば体つきも妙に色っぽく凹凸がはっきりしているように見える。真斗からすれば自分が知る本来の春歌の身体はとても綺麗だが、今目の前に横たわる姿はまるで大人びていた。春歌であって春歌でないような。
 ……?
 はっきりしない頭でぐるぐると思考を回転させながら、彼女の胸元から目が離せずにいると、ふっと春歌が瞳を開いた。
 とろんとした瞳が何かをさがして彷徨い、途中で真斗を見つけると、微笑みながら彼の腕に手を伸ばした。白くか細い腕が真っ直ぐ真斗の腕を撫で上げる。薄いシャツの上から柔らかい春歌の手で触れられ、甘く鼓動が高鳴る。
「おはようございます……」
 起きたばかりだからかやや掠れているものの、鈴のように軽やかな声も春歌のものだった。溶けるように潤む瞳が真斗に微笑みかける。
「あ、ああ……おはよう」
 いつもより色香漂う声色の挨拶に応えると、彼女は瞬きした後やや驚いた面持ちで真斗を見上げた。視線を交わらせると、それはもう嬉しそうな笑みを湛え、彼の肩にまで伸ばしていた腕でぐいっと真斗を引き寄せた。大胆な行為に驚きつつ上体を傾け顔を寄せると、そのまま頭を抱え込まれてしまった。
「は、ハルっ!?」
「……? もう、寝惚けているんですか?」
 寝惚けているのはお前だろう。とは言えず飲み込んだのは、彼女のもうひとつの違和感に気づいたからだ。
 春歌に抱き寄せられ細い首元に顔を埋められた真斗は、白いシーツに広がった彼女の髪がいつもより長く見え、ぎょっとした。見間違いかと思い目を擦るが、昨日まで確かに短めに切り揃えられていたはずの髪が、一体どうしたのか腰に届くほど長く伸びていた。
「お、おい……髪を、どうした」
「え……?」
 何が起こっているのか戸惑いながら、おそるおそる長い髪に触れる。髪の手触りも色も、長さが違う点を除けば真斗がよく知る春歌のそれだった。だが昨夜、言い換えれば数時間前共に眠りに落ちるその瞬間まで、この華奢な肩に届くか届かないかの長さで利口に並んでいたのだ。
「真斗さんたら、一体どうされたんですか?」
 真斗さん。
 普段と違うのに妙に慣れ親しんだ風にそう呼ぶ春歌に、やはり何かが違うと疑問が募る。
 あやすように頭を撫でられ優しい感触に浸りながらも、もう一度彼女の顔を見たくて少し上体を起こす。彼女も同じだったのか、真斗の頭を撫でていた手をずらし、広い肩に添えてやんわりと押し上げてくれた。
「は、ハル……」
「?? 真斗さん、どうして……」
 ベッドに両手をついたこの腕の中に見下ろした彼女の顔に、真斗が何かを気づいた瞬間、春歌も真斗を見て言葉をつぐんだ。唇を薄く開いたままぽかんとする春歌は、その細い手で真斗の頬を包んだ。右の頬、目元の黒子の辺りを親指で何度か撫でた後、深い色の髪をさらりと撫で上げる。あたたかい手で探るように撫でられ、真斗が胸の高鳴りを自覚した頃。春歌は真斗から視線を外し天井、部屋の家具、扉、また天井と見渡し、はっと息を飲んで突然上体を起こした。真斗が上に乗っている事も構わずいきなり飛び起きるので、真斗はベッドから退いた。
 視界が広くなった春歌は目を丸くし、ぐるりと部屋中を見渡す。
「え、え……えっ?」
 小さく声を漏らしながら何を見ても驚きを示している様子の春歌。その度に、長い髪や、淡いふたつの頂きさえ露にした乳房が揺れる。状況などお構い無しに興奮してしまう若い男の性が腹立たしい。
 再びはっと見上げられふたりの視線が重なる。春歌は何かに思い至ったのかはたまた確信してしまったのか、やや赤みが差していた顔がみるみる内に蒼白になっていく。
 真斗が心配するよりも早く、春歌は反側のベッド脇に置かれたドレッサーに目をやり、身体に纏われた布団を乱暴に引き剥がした。……はたして彼女はわかっているのだろうか、自分が丸裸でそこにいる事を。
 それどころではない様子で春歌はドレッサーの前に立ち、備え付けの台に両手をついて鏡を食い入るように見た。自分の身体、顔、髪、触りながらしっかり確認し少しは落ち着いたのか、再び台に手を置いてぐったりと項垂れる。彼女の動きに合わせて緩やかに舞いおどる髪に見惚れていると、春歌は鏡を背にして自分の寝室を見渡す。その表情から信じられないと言った心情を窺い知ると、真斗は彼女の姿を注意深く見た。
 確かにその姿は春歌である事はやはり間違いないようだが。顔や声はやや大人びており、まだ幼さのあった筈の胴体は出るところは出て締まるところは締まって……と言えるほどに妙に発達していた。そして一晩で伸びる筈のない腰まで届く長い髪。そこにいるのはまるで。
「わ、わた……し」
 そう……まるで、彼女が少し成長して、大人になれば、そうなるであろう姿。
「私……どうしてここに!!?」
 悲鳴にも似た春歌の叫び声が、朝の寝室に響き渡った。


To be continue...






2014.03.06. とばり



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