melodiousな物語 3

 そうして彼に促され、先程真斗が座っていた窓際の机を挟み向き合って座った。
 机に今まで抱えていた筆記用具類を置くと、先程まで真斗が読んでいたらしい本が目に留まる。この早乙女学園の学園長が自ら経営する芸能プロダクション、シャイニング事務所の系列する劇団や過去舞台に関する資料のようだ。
 演劇にご興味があるんですか。訊ねようとした時、真斗にさぁ話してくれと促されたので、先程ここで彼がその本を読んでいた姿を思い出しながら話を始めた。
「そうですね……やっぱり休日ですし、誰もいない部屋ですから、なんだか少しくだけてらっしゃったと言いますか」
「それは、間の抜けたところを見せてしまっただろうか」
「い、いいえ! 寧ろとても新鮮で、こんな一面もあったんだなぁと思えて……」
「例えば、どういうところが?」
 真剣な眼差しで春歌の話に聞き入る真斗が腕を組み、緩やかに曲げられた指先を口元に当てる。
「はい! 欠伸をされたりくしゃみされたり、不意に窓の外を眺めて休憩されたり」
「そ、そんなことが?」
「私は、そう思いました……」
 確かに本人にしてみれば何てことないような仕草も、教室での姿しか知らない春歌からすればどれも物珍しく見えた。
「聖川様は、普段からとても凛々しくて隙が無い印象を受けるので、さっきみたいな一面は貴重かなって。女の子は、やっぱりそういうところに弱い方が多いと思うんです。つまり、ギャップですね」
「ほう……」
 春歌は思った事をできるだけ伝えやすく纏めて語った。自分の感じた事が果たしてどれだけ彼の力になれるのかわからないが、少なくとも彼はずっと目を見て聞き入ってくれている。この一ヶ月ずっと彼を見てきた春歌が思うに、真斗は自身が取り入れた事や得たものは決して無駄にしない。他人が関わっていると特にそう努めようとするところも、なんとなくではあるが見抜いていた。
 真斗は春歌の言葉をひとつひとつ汲み取りながら頷き、深く考え込んでいる様子。あの聡明な頭でどんな言葉を感じどんな自分を考えているのだろう。
 他に何か伝えられる事が無いかと、先程隠れて見ていた時の様子を思い出す。ふと、彼の着る紺色のニットと、その背後の背凭れに折り掛けられた学園のブレザーが目に入る。
「……そう言えば、先程くしゃみされてましたけど……お風邪ですか?」
「いいや、大した事はない。誰かが噂話でもしていたのだろう」
 何て事なくそう言って、真斗はまた顎に手を添え耽った。
 春歌はまたしても意外だと思った。普段はあんなに真面目な彼も、こんな気さくな冗談を言ったりするんだと。
 また新に発見した彼の一面、それが知れた事が嬉しくて春歌は満面の笑みで応えた。
「ふふ、きっとそうですねっ」
 花が咲いたような春歌の笑顔を見た真斗は、一瞬は見惚れるもすぐに顔を反らしてしまった。春歌の笑顔があまりにも可愛らしかった為、間近で見るにはあまりに眩しすぎた。直視できず、目を逸らして気持ちを誤魔化してしまっていたというのは、春歌の知らぬところのお話。
(こんなに綺麗でかっこよくてお優しくて、歌もピアノもお上手な聖川様ですから、きっと学園内の誰もが毎日噂してるに違いありません!)
 真斗に好意を寄せ、自分と同じように彼を囁く人が何処かにいるのかもしれないと想像すると、とても嬉しくてにこにこと笑みが絶えない。
 真斗は逸らしていた顔を上げ、随分楽しそうに自分を見ている春歌を不思議に思った。
「なんだ?」
「いいえっ。聖川様は本当にかっこよくて素敵な人ですから、きっと毎日誰かが噂していますね。私もよくトモちゃんに聖川様のお話をするんです」
「七海が俺の話を……?」
 至極不思議そうに尋ねる真斗に、一度は元気よく返事をするものの、よく考えたらまた本人に不審に思われてしまうような発言をしてしまった。時々言った後に失言だったと気づいてしまう自分のドジを恨みたくなる。
「あっ、ごめんなさい! ご本人のいない所で色々話してしまって……。で、でもその、聖川様との事は話が尽きないと言いますか、ひとつひとつを思い出しながら話すのが嬉しくて、その……」
 必死に言葉を並べる春歌に呆れてしまったのか、真斗は表情ひとつ変えずに視線を落としてしまった。
(ああっ、余計困らせてしまってます!)
 春歌も今更になって、自分が恥ずかしい発言を重ねてしまったと気づいた。あわあわと宙で動かしていた両手を膝に置いて、この空気にも気まずくなってしまい深くうなじを垂れた。
「うぅ……」
 失言に失言を重ねるところも絶対に正そうと反省した。自分は本当の事を言っているだけだとしても、当人には好ましく思えない時もあるだろう。
 ふと真斗に視線を向けると、彼は一点を見つめたまま瞳が全く動いていない。長く瞬きもせず固まってしまっていたので、心配になった春歌はそっと声をかけた。
「聖川様?」
「…………」
 呼ばれた瞬間ぴくりと指先を反応させると、存在を思い出したかのように数回瞬きをして、ふいっと真横に顔を背けてしまった。春歌が心配して覗き込もうとすると、顔を見られたくないのか手を口元まで持っていき、何やらそのまま俯いてしまった。
 突然どうしたのだろうと気になったが、その背中が先程物陰からこっそり見た欠伸の時のそれと重なったので、春歌はひとり納得して覗き込むのをやめた。
「もしかして寝不足ですか?」
「……気にするな」
 確かに、欠伸の後の目の潤みはないようだが、頬はほんのり赤く、顔を逸らして口元を覆っていたから、きっと人前なので欠伸を我慢していたのだろう。春歌は勝手に間違った解釈をした。
 本当は、あまりに楽しそうに自分の事を話す春歌と、打ち明けられた事実に顔を見られなくなり顔を逸らした。異性であるパートナーにそのように自分の事を語られ囁かれ、そうする事が嬉しいと口にした春歌が可愛くて、熱くなった顔を隠すのに真斗は必死だった。これもまた春歌の知らぬところのお話。

 気まずかった空気はうやむやに消え、春歌は少し落ち着いたのか、日当たりの良いお昼の暖かなこの時間に瞼が少し重い。眠気を誤魔化す為、先程は潤んでいた目元を再び擦った。
「お前の方こそ、寝不足か?」
 いつも通りの表情に戻った真斗がそう訊く。
「あ、えっと……きっと欠伸が移っちゃっただけです!」
 誰が聞いても言い訳だとわかるその台詞に、真斗は何か言いたげな瞳で春歌を見つめた。
 じっと鮮やかながら上品な紫の瞳に見つめられ、呼吸も躊躇う程の緊張が春歌の身体を支配した。何でも見透かしてしまいそうな鋭い瞳から目が離せない。
「………」
「あの、聖川様……」
 このままでは簡単に吸い込まれてしまいそうで、観念したように瞳を伏せ、名前を呼んだ。
「それにしては目が腫れているぞ」
「えっ!? え、あ、これはそのっ……」
 思いがけない言葉に戸惑い、春歌は両手で頬を覆い、目頭や瞼にぺたぺたと触れる。もしや先程涙ぐんでしまったからだろうか、それとも本当に朝起きた時から……。
 思い当たる点が多くてどう言おうかあたふたしていると、真斗がおかしそうに小さく笑った。
「なんだその反応は、自覚があるのではないか?」
「え! え……!?」
「安心しろ、目は腫れてなどいない。冗談だ」
 くつくつ笑う真斗の笑顔にほっと胸を撫で下ろした。本当に腫らした目で人と過ごしていたとしたら、それはとても恥ずかしく相手にも失礼だ。
 安心して息を吐くと、日溜りの中で柔らかく微笑む真斗の暖かさに心臓がとくりと甘く跳ねた気がした。やっぱりその笑顔は綺麗でなんだか神聖な気がして、長くは見られず視線を落としてしまう。今日はこの部屋に来てからこんな事ばかりだ。
 そんな穏やかな彼を前に何を隠しても罪な気がして、春歌はおずおずと自分が休日の図書室に来た本当の理由を打ち明けた。
「課題? 提出が遅れているのか」
「いえ、今やっているのは来月の分なんです。とても量が多いので、今から少しずつでもやっていこうと」
「そんなに出されていたのか?」
「はい……先生が毎月出すと仰っていた作曲家コースの課題が凄く多くて。今日も少し行き詰まってしまって」
 作曲家コースの個別授業や課題の内容まで詳しくは知らない真斗は、勉学の事で悩んでいる春歌に感心していた。
 アイドルコースである真斗は、実習系の授業やテストが多い(歌、演技、ダンス等)。毎回の実技や授業の中での取り組みそのものが試験であると言っても過言ではない。作曲家コースの生徒と比べると提出する量は少ないが、己の努力次第で左右されるものばかりなので、課題として出されない分本人のやる気が試される。
 どちらも大変だが、その数ある試練を乗り越えてこそ夢に繋がる道が得られると信じる。それが結果になる。
「……七海」
 そんな試練に立ち向かっているパートナーを手伝い助ける事も役目ではないか。
 何やら惟る真斗が一拍置いてから春歌の目を真っ直ぐ見つめる。
「……今週末から連休があるだろう」
「あ、はい! ゴールデンウィークですね。私ほとんど予定入れてなくて、ずっと課題やってるかもしれないです」
 春歌は図書室の壁に掛けられたカレンダーを見た。わかってはいたが、そのカレンダーはまだ今月のままなので、あまり意味はなかった。だが春歌が覚えている限り、例年通り何日間か連休があったはずだ。
 毎年その連休さえ誰かと遊ぶような事はなかったので、今年もひとりでピアノを弾いたり勉強する事に明け暮れるのだろう。そう思い、つい「ずっと課題を」等と花の無いことを言ってしまったが、もしかしたら呆れられてしまっただろうか。
 少し不安になりながらちらりと真斗を伺えば、彼は特に気にする事なく話を続けた。
「そうか……もし都合が合えばなんだが。課題、一緒に済ませないか」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。普通科目でわからないところがあれば、俺が教えてやってもいい」
 きっとゴールデンウィーク中にも普通科目から新たな課題が出されるだろう。春歌は勉強が苦手な訳ではないが、中学レベルの学問しか学んできていない。15歳以上の生徒を募集している早乙女学園内で、春歌が他の生徒よりもやや遅れをとっているのは事実だった(作曲家コースの入学生は年齢に上限無し)。中学を卒業してすぐにこの学園に入学した春歌だが、真斗は高校の授業も学んでいる。入学直後に行われたの学力検査の試験でも、彼はAクラスの生徒であるにも関わらず校内10位以内の成績を修めている。春歌がそれを称賛すると、あまりひけらかすような事ではないと、その時は制されてしまった。どこまでも気取らないその態度も尊敬してしまう。そんな真斗に勉強を教えてもらえるのだと思うと気分が高揚してしまう。
「それに作曲家コースの課題とやらが、どのようなものなのか興味があるしな。その代わり、早く終わらせたら練習に付き合ってもらいたい」
「はい! 勿論です! ありがとうございます!!」
 真斗からの誘いが本当に嬉しくて、つい立ち上がって頭を下げた。それを見た真斗も笑みを湛え立ち上がり、胸に手を当て頭を下げる。まるでどこかの貴公子のような振る舞いの彼に頭を下げられてしまうと、なんだか萎縮してしまう。
「此方こそよろしく頼む」
 礼には礼を返す、真斗らしい紳士な言動に顔を見上げ、ふたりは笑いあった。
 彼が言った練習とは、ふたりが朝の教室でしている自主練習の事。ボイストレーニングをはじめとした歌に関する事を何でも挙げ、ほぼ毎朝取り組んでいる。
 真斗と共に勉強を片付け、更にはその後彼との練習の約束までしてしまった。お休みの日の予定が勉強と自主練習と言うのは、学生として華やかさは無いが、春歌は今からとても楽しみで仕方がなかった。今年のゴールデンウィークは充実した日を過ごせそう、と。

 不思議と、今ならなんでもできてしまえる気がする。単純だが、真斗と一緒に勉強ができる事や約束をしたことは勿論、今こうして、彼と普通の学生として会話できている今がとても嬉しかった。
「あっ……」
 真斗と会話して、想いを共有し、互い探り探りでも確実に絆が生まれつつある。こんな素敵な気持ち、早く音にしたい。
「曲が……っ、今ならできる気がします! と、えっと」
 すぐに奏でたくても、ここは本を読む為の場所であり、勿論キーボード等あるはずはない。早く弾いて、指に耳に沁み込ませたいのに。
 慌てふためいていると、前に立つ真斗が机上の自分の道具を纏め、側に置いていた図書室の本を手にする。
「では、急いでどこか空いている教室をさがそうではないか」
「はい! あ、でも聖川様はご自分のお勉強が……」
 本棚にきちんと本を仕舞い、出口へ歩き出す真斗。春歌も慌ててファイルや筆記道具を抱え後を追った。
「書物から得る知識も大切だが、今の俺に最も必要なのは、パートナーの音により多く触れることだ」
 自分が奏でたものは、奏でただけで終わりではない。これからは、それを歌ってくれる人がいる。パートナーがいる。
 アイドルに歌ってほしくて作曲家志望のコースに入ったと言うのに、人に歌って貰える喜びがこんなに大きなものなのだと、そんな大事なことを彼に気づかされた。その感動がまた新たな音を生む。そんな沢山の素敵な想いから生まれる曲は、きっと鮮やかでメロディアスなものになる。是非これは真斗の為に作り上げたい。
 パートナーとして気づかせてくれただけではなく、共に曲を奏でてくれる。春歌の為に、自分の為に歌ってくれる。こんな贅沢が許されるのだろうか。
「俺がそうしたい」
 真っ直ぐと春歌の目を見て、強い志を持った瞳で真斗は言ってくれた。
 他人の為に遠慮がちな人だと思っていたが、もしかしたら誰よりも夢の為に真っ直ぐ、熱く、頑固に強く歩ける人なのではないだろうか。足りないから補う、歌いたいから歌う。今のままは嫌だ、もっともっと上へ、更に上へ。それはアイドルになる為にとても大切なこと。その輝いた小さな欠片を垣間見た気がした。もうすでに、夢を叶える充分な素質がその体に備わり、今はただ静かに放たれる時を待っている。
 そんな気がしてならない。
「さ、行こう」
 今度こそ、澄んだ暖かい笑みを確かに見た。





fin.

Repeat4月末、とある午後のお話でした。
物語の始まりの頃を私も初心に帰った気持ちで書きつつ、Debutプレイ後思った事も捩じ込みながら。淡い恋のようなただ憧れのような違うような。そんなおふたりが伝えられたなら幸いです。

序盤の春歌さんは、けど、でも、一体どうしたら……な所が多かったですね。そんな少し頼りないけど、気丈にプリンスを支え支えられながら成長していく春歌さんが好きです。どんなお話でも主人公や登場人物達は何か欠点を抱えているものです。苦悩しながら乗り越えながら成長していくんです。これからなんですって若者の気勢は描けた気がします。
今回聖川さんをかっこいい紳士にし過ぎた気もしますがこれは当時の春歌視点のお話なので(笑)。初恋なんてきっとそんなものです。

タイトルはRepeat真斗ルート4月「erzahlendな旋律」の対にしてみました。文字数もぴったり!

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。





2014.02.18. とばり





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