道化師


王様の笑顔










 昔々ある国に、いつも悲しげに笑っている若い王様がいました。

 王様の国は小さな国で、常に強大な隣国に囲まれ、脅かされていました。谷間にあるため日が届きづらく、山を越えてくる隣国の手先の悪党に畑を荒らされてしまうので、いつも食べるものに困っていました。国民は毎日ぶるぶると震え、国には陰鬱な空気が漂っていました。王様は今日も一人ぼっちで、城の中で微笑んでいます。

 道化の少女が彼のもとに進み出て言いました。

 「国民がこれ程にも困っているのに、王様はなぜ何もせず笑っていられるのですか」

 「僕の両親は流行り病で亡くなった。婚約者も、成人になる前に行方不明になってしまったんだ。僕に残されているものは何もない。巨大な隣国に歯向かえば、この国が滅びるのは目に見えている。何も出来ないから、笑うしかないんだよ。君も笑ったほうが良いに違いない」

 道化は口をきっと結んで、そのまま引き下がりました。彼女にはこの状況を笑うことが出来ないのでした。





 国民が飢え死んで一つ二つと村が消えたころ、隣の国の姫から王様に結婚の申し込みがありました。隣国に婿入りをすれば国民の命は助かりますが、細々ながら代々続いてきたこの国の名は地図から姿を消してしまうことになります。王様は国民の助けになるならばと、寂しげに笑いながらこれを受け入れました。

 使者の帰ったあと、王様は道化を探しました。この国で最後に笑いたかったのです。しかし、城の中のどこを捜しても道化はいませんでした。



 道化は城から離れた森の中を一人で歩いていました。隣の国の姫がお忍びでやってきたとき、王様の評判を伝えたのは彼女でした。

 姫が王様をこっそり見ることが出来るよう手引きしたのも彼女でした。

 生まれたときからの不自由な境遇を涙ながらに姫に語られた道化は、その姿を自分の想い人に重ねてしまったのです。

 彼女は城の方角に背を向けて走りました。道化が一番してはならない顔をしていたためです。





 王様が婿入りする前夜のこと。月夜を眺めていた彼の寝室に人の入る気配がありました。王様が振り向くと、そこにはあの道化がいました。

 「結婚おめでとうございます」

 道化はひざまずいて言いました。

 「うん、ありがとう」

 王様は笑いかけます。

 「君も、明日は僕と一緒に来るのだろう」

 「恐れながら…申し訳ありません」

 「…来ないと言うのか!」

 王様は狼狽えました。慣れ親しんだ道化がそばに居なくなるとは思いもしなかったからです。

 「どうか私の言葉をお聞きください」

 動揺している彼に彼女は語りかけます。

 「隣の国で貴方のお世継ぎが王位に就いたとき、私のことを覚えておいででしたらこちらにお帰りください。鈍感な王様にも私の心が分かるでしょう」

 「どういうことなんだ」

 彼女は答えず、出来る限りの笑顔を湛えたあと、走り去っていきました。





 結婚する当日になっても、道化は現れませんでした。王様は唯一の気がかりを残しながらも隣国へ発ち、そして二つの国は一つになりました。困窮していた国民は豊かさを求めて、皆王様についていきました。

 年月が経ちました。王様は王妃になった姫と共に忙しく政治を行い、国はたいへん栄えました。







 そして、王様は戻ってきました。自らの息子が王様になり、王妃の亡くなったあとでも、あの日道化が言ったことを覚えていたのです。王様の腰は曲がり、髪は白く染まり、杖なしでは歩けない程老いていました。それでも、戻ってきたのでした。

 「何ということだ…」

 彼は驚きの声をあげました。かつて荒廃していた畑は、一面色とりどりの花で埋め尽くされていたのです。

 「貴方をずっとお待ちしておりました」

 一人の少年が現れて、彼に深々とお辞儀をしました。

 「君は…?」

 「道化の弟子を名乗っています」

 少年はそう言うと、老人の手を引いて花畑の真ん中へと連れて行きました。

 「これは…」

 花に埋もれるようにして、彼女は眠っていました。

 ぴかぴかに磨かれた墓石に、老人の涙が落ちました。

 彼女の心を知った彼は、ようやく本当の笑顔になりました。そこに悲しみや寂しさはありません。





 彼はかつて自分が治めた国で、道化と一緒に、死ぬまで幸せに暮らしました。




TOP







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -