「……どーしてこの女(ひと)って、」

僕は呆れた様につぶやいた。
初冬にしては暖かな小春日和の午後の公園の一角。
見下ろすその先に芝生に座り木に背中を預けて、お腹に読みかけの単行本を開いたまま気持ち良さそうに眠っている女が1人。
兄貴に言われてこうして、捜しに来たっていうのに。
この女(ひと)は無防備に眠っちゃってて。
僕がすぐそばであどけない寝顔を見ているのにも気づかない。腰を下ろすと、しばしその寝顔を眺め。

「襲っちゃうよ?」

ふわりと風にのって甘いシャンプーの香りが微かに鼻をくすぐるから僕はそう囁いてみる。
それでも彼女は夢見ているようだから。
僕は吐息をついて隣りに背中を預けた。
すぐそばで彼女の息遣いと暖かな気配を感じる。
それだけで。また騒ぎ出す、心。

「あぁ〜ぁ……バカじゃん。」

苦笑いをして僕はそっと左胸を抑える。

僕は彼女に恋をしていた。
彼女は2つ上の幼馴染み。気がついたら、もう僕のそばにいたって感じ。
小さいガキの頃からの付き合いだから、まさかそんな感情を彼女に抱くなんて自分でも信じられない。
"いつから"なんてわからない。
気づいたらそうなっていたんだから、仕方ない。
でも、僕は彼女にとって"幼馴染み"だった。
僕のことはやんちゃな弟って感じで接していたけど同い年の兄貴だけは、違ってた。
彼女も僕と同じ"想い"を兄貴に抱いてたし兄貴も同じだった。
だから2人は両想い。
どうあがいたって、僕に勝ち目は絶対ないわけで諦めようと思った。
けど、どうだ?
カッコつけたこと考えても、こうしてまだ心が騒ぐ。騒いでいる。
"幼馴染み"という枠組みの中にいても。
遠くに、あっても・・・・・・この気持ちはずっと消えない。

僕はもう一度、彼女を見た。
木漏れ日の光がその寝顔に影を落としている。
微かな風に髪を揺らして気持ち良さそうにまだ眠っている。
あぁ、思い出した。
ガキの頃、僕はそっと彼女の寝顔をこうして見つめたことがある。
いつか読んだ童話のお姫様みたいだって思ったっけ。
あの童話みたいに眠りから目覚ざめさすためにキスをしていたら、今頃どうなっていたんだろう?

気がつけば手を差し伸べて、その頬に触れてみた。
小春日和とはいえ風に吹かれ続けたせいで冷たくなった肌が、指先に伝わってくるから。

「好きだよ」

僕は思わずそうつぶやいていた。
ずっといえなかった言葉。これから先もいえない言葉。
ずっと、もう言わないから、今だけ言わせて?

「好きだよ」

ゆっくりと刻み込む様に。
僕の心(なか)に閉じ込めるから。



遠くで聞こえてくる子供の笑い声と、微かな風に木々の葉が揺れる音。
彼女はまだ目覚めない。
彼女の息遣いと、暖かな気配を感じながら僕はゆっくりと空を見上げた。
頬を撫でる微かな風に吹かれながら。

fin.
2012 1201 加筆・修正
"冷たい頬" SPITZ
音楽をお題に小説を書く企画に参加しました。
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