★泥濘★

太陽の光が注いでいる花畑を、フリオニールはいつものように歩いていた。
すべてが美しいのは、それがまやかしだから。
フリオニールは心に言い聞かせていた。
先日見つけた井戸も、おそらく自分自身が作り出してしまった幻に過ぎないのだろう。

無意識のうちにミンウを求めてしまう。
戦い方すら知らなかったフリオニールを導いたのはミンウだ。
きっと、彼を見つければ、この空虚な戦いの世界から抜け出し、元の場所へ戻れるように思う。
地に足のつかない自分を叱ってほしい。
そして行くべき場所を教えてほしい。
そう願ってしまう自分の心はなんて弱いのだろうとフリオニールは思っていた。

宛てもなく歩く。
すると、目の前に白いローブの人影が見える。
―また、呼び寄せてしまった―
フリオニールは考える。

あれは、ミンウの幻だ。
いつも一歩先を歩いていたミンウ。
追いつこうとして速足になる。
のばらを踏みしめる。
踏みつけられたにも関わらず、その花弁はちぎれることがない。
いばらが脚を傷つける。

徐々にのばらが湿り気を持っていくようだ。
フリオニールの靴は泥濘に沈み込む。
靴底には泥が糸を引いているようだ。
構わず進んでいく。
風にふわりと広がるローブに手をのばす。
フリオニールの体は泥の中に沈んでいくのに、ミンウの体は宙に浮いたようにその場から動かない。
フリオニールの気配にミンウは振り返る。
幻でも構わない。一目だけでも。
その時、ミンウの影は消えてしまった。
―やはり―
分かってはいたが、フリオニールはひどく落胆した。

ミンウに触れかかった指先を見つめていたフリオニールがふと視線を落とす。
泥濘は赤みがかった色をしている。
ねとねとと靴に纏わりつくものが何か、確かめてみる。

ねばついた肉。腐った死体。
肉を苗床にして、いばらが生い茂る。
茎と葉の間で、何者かと目が合った。
「はやくしろ」
声が聞こえる。
肉の泥濘におぼれるように、その肢体はうめき声をあげている。
フリオニールは近づいて行く。
いばらを掻き分ける。

「お前がもたもたしているせいで、俺は死んだんだ」
鋭い目つきの男が現れる。
「!・・・ヨーゼフ」
泥の中から助け出そうと手を伸ばすと、いばらが襲い掛かってくる。
手で払いのけようとする。
いばらの隙間に、おびただしい人間の死体が見える。
フリオニールが交戦しようともがくと、死体は一斉にこちらを向く。
「みんな死んじゃったよ」
どこからともなく少年の声が聞こえる。
剣を抜こうとしたとき、フリオニールの意識は覚醒した。


まだ辺りは暗い。繰り返し見る悪夢。
フリオニールは混乱の中から、現実に戻ってきた。
昨夜眠りに就いた時と同じ場所。
隣を見る。
セシルが安らかに眠っている。
腕に巻かれた包帯。
戦いで傷を負ったセシルにケアルをかけた。

この幻のような世界は、なぜかフリオニールの意識とつながりがあるらしい。
元の世界を恐れているのか。
この世界だったら死んだミンウに会えると期待しているのか。
いずれにせよ、ばかげた考えに憑りつかれていると思う。
セシルに笑われてしまう。
笑い飛ばしてほしいとも思う。
じっと見つめていると、セシルは目を覚ました。
ぼんやりした顔でフリオニールを見つめる。

「・・・また・・・怖い夢を見たの・・・?」
怒っているような、厳しい表情でこちらを睨みつけているフリオニールにセシルが言う。
「・・・おいで・・・」
寝ぼけた声でセシルが言う。
こちらに延ばされた白い腕。
なめらかな肌をした腕を素直にとる。
切実な顔をして腕を取られても、フリオニールが本当に求めているのはこの腕ではないことをセシルは知っている。

「まだ朝まで時間があるよ」
セシルの腕の中に納まったフリオニール。
子供をあやすようにセシルに撫でられる。
聖母のような顔をして、額に口づけを落としてくる。
「おまじないだよ」
ふふっとセシルが笑う。
「おやすみ、怖い夢を見ないように」
そういうと、セシルは再び眠りに国へ行ってしまった。
フリオニールはしばらくセシルの腕の中にいた。
なんとなしにうずくまっていると、セシルの心音が聞こえてくる。
規則正しい、そのゆっくりとした音を聞いていると、フリオニールにも眠りが訪れた。

今度は何の夢も見なかった。

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